不死身の男 


ほのかがこうまでしゅんとして反省を示すのは珍しかった。
だがここで甘い顔をしてはならない。夏は気を引き締めると
ほのかを真正面に見据えて向き直った。

「電気って怖いんだね・・・ビリビリ・・」
「そうだ。下手すりゃ感電死もあるぞ!?」
「ごめんなさい・・まだ足崩しちゃダメ?」
「もう少し正座してろ。」
「うええ〜・・・鬼め。」

目の前で堂々とそんなことが言えるあたり反省はポーズだけらしい。
洗濯機のどこをどうしたらこんな事態に陥るのか考えようによっては
ほのかは破壊工作の才能があるのやもしれないと埒もない想像をした。
しかしそんなことに感心している場合ではない。夏は眉間に皺寄せる。

そもそも出逢った当日、毒かもしれないレベルの食事を摂らされた。
今回の水周りの家電であれば感電が最も危険な部類だが、台所に至れば
包丁を飛ばす、コンロはガスを止めてIHに換える羽目になったボヤ騒ぎ、
水浸しもあったし、オーブンを爆発させかかったり食器類を壊したり・・

悪意がないにしても次から次へと谷本邸を荒らしてゆく様子を見ていると
先程の工作員の想像も全く根拠がないとは言い切れない。馬鹿馬鹿しいと
笑い飛ばしてはほのか本人にどんな危害が及ぶかもしれない。夏は何度も
こんな身の凍りそうな体験をさせられていて寿命も縮む想いであった。

「とにかくじっとしてるのが一番俺のためだと思ってくれ。」
「そんなぁ・・過保護過ぎってまた誰かから言われちゃうよ?!」
「お前が怪我したりするよかマシだ。ったく・・」

「うう;ごめんね、なっちぃ・・ゆるして?」

目に涙など溜めて上目遣いで赦しを請われるとつい絆されてしまう。
夏とて虐めたいのではない。ただただほのかのことが心配なのである。
ほのかだって態としでかしているのではない。わかってはいるのだが・・

「そのうち俺も殺されそうだと思うこともあるしな・・」
「えっ!?死なないで、なっちー!なんでだよう!?」
「お前って殺気の欠片もないんだからしょうがねえけど;」
「くすん・・なっちを怪我させたくないじょ、信じて!?」
「うん・・ストレスで胃に穴があくって方向もあるがな。」
「いやだあ!どうしてそんなに心配するの?!病気になるのもダメだよう!」
「俺だって御免だ。どうすりゃいいか考えてはいるんだが思い浮かばねえ。」
「そんなに!?ほのかってもしかしてものすごくなっちに迷惑掛けてるの?」
「否、その・・泣くな!俺の言い方がまずかった。そうじゃなくてだな・・」

ほのかがとうとう堪えきれないと涙を零すと夏は大いに慌ててしまう。
確かにいつか殺されそうだとか、命が幾つあっても足りないとはよく思う。
それはなんとか口に出さずに心に仕舞ってはいるのだが、つい愚痴となって
ほのかに余計な感情を抱かせてしまった。おろおろする夏は対処に困った。
元々慰めるのは得意ではない。自分にも他人にもどちらかというと厳しいので
こんな風に労わったり慰める対象はこれまで妹しか存在しなかったからだろう。

「うっうっ・・なっちがそんなに困ってたなんて・・ごめんよおおお!!?」

予想以上にショックを受けたらしいほのかは声を上げて泣き出してしまった。
夏は真っ青だ。別の意味で胃が痛む。いや心臓さえもが悲鳴を上げている。

「わかった!今だ。今が一番困ってる!だから泣き止め、ほのか!なっ!?」
「ふへ・・?いまがいちばん・・?!ぐす・・」
「俺を困らせたくないなら泣かないでくれ。頼む!」
「うん・・わかった。・・あれ、ハンカチどこだ?」

必死で願うと意外にも効果があった。泣き止んだほのかに夏が心底ほっとする。
ポケットを探るが見つからないようなので、ハンカチ代わりにと夏は手を伸ばす。
ほのかの濡れた頬を両手で包むと、左手は添えたまま、右手で涙粒を払い除けた。
思った以上に泣いていたことにほのか自身気付いていなかった。目をぱたぱたと
瞬くと追加された小さな雫が舞ったが、それも夏がぱっと拭い去ってしまった。

「ありがと・・もう泣いてないじょ。」
「そうだな、ふ〜・・助かったぜ・・」
「・・ほのかが泣くのがそんなに困ることなの?」
「ああ、なんつーか別次元だ。参るっつうかな?」
「・・・・なっちぃ・・あのね・・ちょっと耳貸してくれる?」
「?・・なんだよ!?わざわざ耳打ちするようなことなのか?」

夏は不思議そうな表情を浮かべながらほのかの頬を支えたまま顔を近づけた。
近づくとほのかの頬が熱いと感じた。見れば赤味も増しているのがわかった。
こくんと唾を飲む様子がほのかの細い首に見えた。耳を口元に寄せる間際だ。

「なっちぃ・・すき・・」

小さな声がぽつんと響いた。夏は一瞬その場がどこだかわからなくなる。
ほのかの頬が益々熱い。何故か自分の手が張り付いたように動かなくなった。
近づけていた顔がずれた。ほのかが恥ずかしそうにちょっとだけ俯いたのだ。
しかし夏の添えられた手のせいでほんの僅かだ。顔の距離が近いということに
今更気付いた夏がぼんやりした頭で”近いな”と思考したのだが直ぐに忘れた。

「・・だったら困る?」

数秒後に言葉が繋がれた。問われて夏は素直にどうだろうと思案してみた。
困っているだろうか?そんな気もするのだが、どうも違うようでもあった。
ほのかはからかっているわけでもなさそうで、どこか不安そうな顔をして
夏の返事を待っている。うっかり見惚れていた夏がようやく口を動かすと

「・・困らせたいのか?」
「え、ううん、違うよ。」
「・・よく、わからん。」
「わかんないならわかって。」
「んなこと・・言われてもな」
「でないとほのかまた泣いちゃうよ。」
「それは困る。どうすりゃいいんだ。」
「なっちもほのかをすきになってよ。」
「はぁ・・そしたらお前が困るだろ?」
「なんでよ、ちっとも困らないじょ!」
「困れよ、俺はいつも困ってんのに。」
「壊したり危ないことするから・・?」
「それもだが・・ずっと傍においとくわけにもいかねえだろ、だからかな。」
「・・それで困っていたのかあ・・!?」
「笑い事じゃねえ。言うつもりなかったが命が幾つあっても足りねえっての。」
「命!?そんなにタイヘンだったの?・・申し訳ないのだ・・」
「お前もちっとは困れ。俺ばっかりこんな想いするのって不公平だろ!?」
「でもほのかは困ることないもん。なっちのすることは嬉しいばっかりだよ?」
「・・俺が将来禿げたらお前のせいだ。」
「それは困るかも;なっちも困らなきゃいいよ。ちゃんと嬉しがってみて!?」
「うれしがる・・って、どうやるんだよ?」
「う〜んどうと言われても・・そうだ、ほのかをよしよしってしてみるのだ。」
「んな・・ガキくせえこと・・・こうかよ?!」
「うひゃひゃくすぐったい!ウレシイ!!」
「結局お前が嬉しいんじゃ・・あ・・れ?」
「どうしたの!?」
「なんか・・おかしいな。」
「え?!わっわっ!!?!」

夏が考え込んだ顔をしてほのかを再び撫でた。頬や髪をやや乱暴ではあったが。
ほのかが声を立てて笑うとそれが心地良い。なるほどこれは嬉しいかもしれない。
実験的にほのかを弄る。子供や犬猫をあやすのは案外あやされる立場同様に癒す
効果があるような気がする。ほのかの思いつきは的を得ていたのだなと感心した。
調子に乗って触っているとほのかが突然ストップを掛けた。夏は思わずむっとする。

「なんだよ、お前からしろって言ったくせに。」
「いったん休憩!ほのかどきどきしてきた・・」
「・・・撫でただけだ。俺は別に・・(否待てよ、これってセクハラか?)」

「ふーっ!だってあんまりされないもん、こんなこと。」
「確かに中学にもなってこんなことは親もしねえよな、普通・・」
「なっちは特別。それで嬉しくなった?もう困ってないかい?!」
「不思議と・・困ってねえな。」
「やったあ!大成功。これからは困ったときはほのかを触るといいよ!」
「・・・ああ、頭とかな・・いいのか?」
「さっきも言ったけどなっちはいいよ。今まではお兄ちゃんだけだったけど。」
「兼一・・あいつお前のことさっきみたく触るのかよ?」
「うんと小さい頃にね。今は・・ないね。」
「だよな。うんうん、それは正しい。」
「?そんなにおかしいことかなあ!?」
「俺は他人だ。お前の兄じゃねえし。」
「水臭いことを言うでないよ・・」
「実際他人だろうが。」
「なっちはちがうの!特別だってば!」
「はあ・・そうですか。」
「うん、そうなんだよ。」
「つまり殺されそうでも死にそうになっても・・お前がたすけてくれるんだな。」
「えっへん!そうじゃよ。ほのかスゴイでしょっ!」
「すげえすげえ。お前って・・そうだ、無敵だな。」
「なっちだって何度も復活するから・・えーと、不死身だよねっ!?」
「そうか・・・なるほど。」

夏は胸を張るほのかを眩しそうに見た。無敵で手強い最適手が誇らしい。
負けない約束のためにも、ほのかの提案は夏にとってありがいものだった。
だからどんな目にあっても死なないでおこう、夏はそう誓うことにした。

「死ねないのは確かだな、お前を一人で放ってはおけねえから。」
「でしょ、でしょ!?わかればよいのだ。ちみ、頼んだぞよ!?」

笑って擦り寄ったほのかの髪を抱き寄せると夏は頬刷りをしてみた。
日向の匂いのする少女の癒し効果を確かめると全力で満喫してみる。
するとほのかはくすぐったいと笑うのでやっぱり嬉しい気分だった。

「俺のためにも他所で怪我とかすんなよ、ほのか。」
「らじゃ!なるべく一緒にいるから安心してね!?」

そんなわけでお説教はどこへやらだ。谷本邸には日々危険がいっぱいだが
夏とほのかの無敵且つ不死身のパワーによって事無き毎日を送れるようだ。







イレギュラーで書いたケド間が空くとやっぱり甘かったです・・v
それにしたってこのこたち微妙にすれ違ってるのに気付きませんね。
まだどっちもどっち。無自覚な二人なのでありました。