「不意打ちのキス」 


「え、なになに?どこ!?」

なんてチョロイヤツだと、少々腹立たしさすら感じる。
オレの前だけだとはとても思えないからだ、困ったことに。
惚れた男の前でだけ演じる女が悪いとは思っていない。
けれどほのかの場合は鼻で笑えるほどマイペースな天然だ。
まぁ、今はオレといるんだから何も咎める必要はないのだが。

「ん?あれ、今・・なっつん触った?」
「いや?乗っかってんのはオマエだろ。」
「そうだけど・・気のせいかな?あ、それより見えないよ、どこ!?」
「もう行っちまった。当たり前だろ、鳥なんだからな。」
「ちぇ〜!見たかったな、ツバメ。そだ、なっつんの家のどこかに巣があるんじゃない?!」
「あぁ・・そうかもな。」
「探してみようよ、きっと可愛いヒナがいっぱい居るよ!」
「そんでオマエみたいにデカイ口開けて”腹減った!”ってピーピー言ってるんだな。」
「当たり前じゃん、そんなの。ご飯もらわないでどうすんのさ!?」
「・・・言っておくがオレは親鳥じゃないからな。」
「ははっ!ピー、ピー、お腹空いた〜!」
「色気ねぇな・・」
「有り過ぎても困るでしょ?お出かけ前に巣を探そうね!」
「ハイハイ・・」
「返事は一回!!」
「へそ出したままならどっこも連れてかねぇからな。」
「え、だって今日あったかいじゃないか。」
「まだ春だ、飛び越えてるだろ!?オマエのは夏の格好だ!」
「えー・・ちゃんと上に着てきたし。」
「当たり前だ!」
「あ、もしかして誘惑しちゃった?なっつんてば〜!」
「アホか、そんな気ゼロのくせして・・とっとと出かけるぞ。」
「ゼロってこともないけどさぁ・・何怒ってるのかね?」
「怒ってねぇ、ほらさっさと退けよ!」

座っていたオレの上に乗せられたほのかの両手を外して立ち上がる。
真夏みたいな服で勢いよく乗ってくるから、どうなんだよ!?と突っ込みたくもなる。
オレだってしょっちゅうそんな気を起こしてるわけなないが、それでも・・
だから不意を突いて掠めてみた頬だったが、本人はツバメに気を取られてそっちのけだ。
虚しいことをした、と反省しているとほのかが後ろからまた抱き付いてきた。

「なんだよ、触んなよ。」
「だってなんかなっつんが冷たい〜!ねぇねぇほのかなんかした?」
「なんもしてねぇし。怒ってねぇって言ったぞ?怒らせたいのか。」
「イライラしちゃって・・欲求不満かい?」

ぶちっときた。”ああそうだよ!”と言ったらどうすんだよ、コイツは!
じろっと睨んでやったが、ちょっと首を竦めたものの、堪えてはいない。

「あ、そうだ!なっつん思い出した。ちょっと耳貸して!」
「・・なんなんだよ・・めんどくせー・・」

オレがほのかの方に屈むと同時に首を掴まれ、頬にキスのお返しをされた。
一、二秒固まった程度だったが、そのオレに向かってほのかがにかりと笑う。

「やーい、ひっかかったーvなっつんてばチョローイ!」
「・・そういうオマエはさっきのに気がついてたのか?」
「あ、やっぱりそうなのか。ちょびっと自信なかったんだけど。」
「・・・不意打ちが得意だな?」
「いやいやなっつんほどでは。でも結構上手くなったでしょ?」
「フン・・オレの場合はオマエが正面切ったらビビるから仕方なくだよ。」
「えー?だって・・なっつんの正面攻撃は心臓に悪いんだもん。」
「ホントは嫌なんじゃねぇのか!?」
「イヤなわけないじゃん・・恥ずかしいんだもん・・」
「・・・それは・・」
「ふふ・・なっつんもそうなんでしょお!?」

得意げにオレを見上げるほのかの頬は赤く染まっていて憎らしい。
だから柔らかな頬をぎゅっと抓って悲鳴を上げさせた。ザマミロ。

「なっつん!大人気ないぞ、図星だったからって!」
「うるせー!怒らせたいんだな、よくわかった。」
「えっまさかお出かけは!?ツバメの巣は!?オヤツだけはカンベンしてー!!」
「・・どうするかなぁ?」
「夏さんたら意地悪しないで、んねっ!好きだよ、アイシテル!」
「そんなら・・正面からキスできたら許してやる。」
「げっ!?」
「げってなんだよ!?むかつく!オマエマジで怒るぞ!?」
「ゴメンゴメン!だって・・なっつんだって恥ずかしいでしょ?」
「本当はイヤなんだろ?!違うか?正直に言えよ。」
「・・・うー・・・ちょっとだけ・・」
「はー・・・そうかよ・・悪かったな。もうしねぇから・・」
「だっダメダメ!そんなこと言わないで。だってね、だってそういうキスしたら・・」

ほのかがしゅんと顔を伏せた。かわいそうだが確かめたかったんだ。
このところ嫌がってる気がしてたのと、あんまりオレががっついてんのかと反省もある。

「・・たっ足りなくなるし・・お出かけなんてどうでもよくなっちゃうし・・」
「・・・ナニ?」
「もっもっとって思っちゃうから、その・・えっと・・うえーん・・ごめんなさぁーい!」
「おっおい・・」

ほのかが泣きべそのままオレの胸に飛び込んでくるから慌てた。
仕方なくよしよしと頭を撫でてやるが内心はかなり動揺していた。

「泣くことないだろうが、阿呆。」
「なっつんに嫌われらイヤだぁ・・!」
「はぁ・・つまりおんなじ心配してたってわけだな。」
「!?・・そう・・なの?」
「そういうことだから、泣くな。オレはどっちだっていい。」
「あのね、じゃあツバメの巣見て、お出かけしたい。」
「・・わかった。」
「でね、そんで帰ったら・・キスしよう!?」
「・・・正面からでも大丈夫か?」
「ウン・・どきどきするけどガンバル!」
「じゃあ今はこんくらいにしとくか。」
「ん・・」

前髪を上げて、今度は額に口付けた。さっきよりも丁寧にだ。
すっと手を離すとほのかの額にふわりと髪が落ちてそこを隠した。
オレだけが知ってる、そんな風に思えるこの場所が好きだ。
ほのかがまだ少し潤んだ瞳でぼんやりとオレを見つめるこんな瞬間も。

「・・なんか・・やっぱり・・ほのか・・」
「さてと、行くぞ。早く腹しまわないと狼が出るぞ。」
「なっつん!」
「んだよ?」
「すきだよう・・」
「・・・オマエの正面攻撃の方がよっぽどタチがわりィ・・・」



結局予定より随分遅くなって出かけた。それとツバメの巣は簡単に見つかった。
喜んでヒナのぎっしりと詰まった巣を見上げ、ほのかは嬉しそうだった。
親鳥じゃないが、オレもほのかが泣くならいくらでも慰めてやりたいと思う。
”もっと”と求めてくれるなら、キスくらいいくらでもしてやるよ。
けれどまだ二人とも巣立つ一歩手前みたいに尻込みもしてしまう、だから
正面から自然に求め合えるようになるまで、不意を突くのを許してほしい。
オマエのほんの少しのつもりの誘惑にまだフラフラと心が揺れるから。

「皆可愛いね!大人になってもまたここに戻ってくるんでしょう?!」
「あぁ、そうかもな。」
「毎年の楽しみがまた一つ増えたね!?」
「そのうち一年が埋まっちまうんじゃねぇか?」
「毎日楽しいからいいじゃないか。」
「オマエ毎日来る気満々だな。」
「へへ・・毎日で毎年でいつまでもなの。」
「そりゃ・・タイヘンだな。」
「そうだよ。」
「覚悟がいるな。」
「ウソばっかり。」
「なんでウソだよ?」
「そんなに嬉しそうな顔して何言ってんの!?」

マジでそんな顔してたか?・・・まぁ仕方ねぇか。
慌てて表情を絞めるとほのかが片腕につかまったままで笑った。
オマエこそ、そんなに幸せそうな顔してどんだけ人を喜ばせるつもりだ。
憎らしくてたまらないほのかを睨み付けてやった、愛しさを込めて。