FIRST DAY  


「久しぶりだね〜!ここ。」
「・・・そうだな。」
「ちょっと混んでるかな?前に来たときより。」
「そうか?前もこんなもんだったぞ。」
「よく覚えてるんだ。」
「・・・そんなでも・・ねぇけど。」

以前に来たことのある、少し家からは遠い遊園地。
二人で最初に訪れたときから、もう5年くらいになる。
少しも変わらない雰囲気。お天気もこんな風に快晴。
その5年ほど前の私たちは、色んな場所へと二人で出かけた。
オセロ勝負に勝って私が連れ出したのがきっかけだった。

何処であろうと嫌々なのは口だけで、優しい行動をとってくれた。
大事にしていた妹さんを思い出していたのかもしれない。
昔のことが偲ばれるのか、寂しい目を見かけることもよくあった。
そんな目に気付くと、使命感のようなものを感じて努めて明るくした。
本当の兄と妹じゃないけれど、二人はよくそんな関係だと間違われた。
仕方ないことだったかもしれない。私の外見のことを除いたとしても、
一緒にいる私の向こうに、彼の妹を見ていたのだとしたら。

今はどうだろう?どういう二人に見えているのかな。
あのときと、気持ちは随分変わってしまった。・・少なくとも私はそう。
少し遠くを見る仕草は昔と似ているけれど、彼は以前より余所余所しい。
そういえば昔はよく腕を組んだりして、私はいつだって引っ付いてた。
怒りもせずに、歩きにくいことに文句も言わずに私を連れて歩いてくれた。
同じ場所にやって来たことよりも、気持ちの違いが大きくて意外だった。

「で、どうすんだ、やっぱ何か乗るのか?」
「そりゃあせっかく来たんだもん。昔みたいに全部とは言わないけど。」
「なんでまた、ここなんだ?」
「え、えっと・・来たくなったんだ、なんとなく。」

不思議そうな顔をされた。なんとなく、”初めてのデート”って気がするから・・
そう思ったままを口にはできなかった。私だけそう思ってるのかもだし。
実を言うと確かに私は以前と違って緊張している。足が浮きそうなくらい。
まさかこんな風になるなんて。今でもなんだか信じられない。
証拠のように胸はとくとくと時を刻んで”現実”を知らせている。
ちらりとうかがった顔は、明後日の方を向いていて少し寂しい。

「よしっ!まずはあれに乗ろう!?」
「あれは・・さすがに恥ずかしくないか?」
「年齢制限なんかないよ、こういうのは。いけるいける。」
「いやしかし・・オマエだけ乗ってこいよ。待ってるから。」
「なんでよ!?せっかくのデートなのに。」
「デートって・・オマエ・・」
「違うっていうの?ふーんだ。」

呆れたような表情に少なからず落胆した。やっぱりそうは思ってないんだ。
”私だけかぁ・・ちぇっ・・!”心の中で舌打ちをした。顔には出さずに。
メリーゴーランドはさすがに子供連ればかりだったから仕方ないかもしれない。
高校生くらいのカップルなら2組いたけれど、拒まれた相手は居心地悪そうだった。
そんなに周囲を気にする人じゃなかったのに、そんなこともふと思った。
結局私だけが乗って手を振った。顔を横に向けたまま、手だけでこっそりと応えてくれた。

「変なの。誰も気にしてなんかいないのにさ・・」

回る馬の上で私は呟いた。賑やかな音楽にかき消され、自分の耳にも聞こえ辛い声で。
休憩でお茶を飲んでいるときも、なんだか心ここにあらずといった感じだった。

「ちっとも楽しくなさそうだね。昔はもっと付き合いよかったよ?」
「あんときは・・・こんなとこでも違和感なかったし。」
「どういう意味?今のほのかに文句があるっていうの!?」
「・・・まだ遊ぶのか?」
「やだね、おじさんみたいに。」
「オマエほど若くないんだ。」
「・・渋々な顔するのってさ、失礼だよ。」

あからさまに不満顔を浮かべてみた。すると困ったような顔になった。
私は昔からわがままで、好き勝手して困らせていた。・・今も同じかな・・?
でもね、違うんだよ。私今もどきどきしてる。あなたの腕につかまれないほど。
こんなに違うのに、気付かないの?どうしてそんなに余所余所しいの?

暗くなるまで、ずっと彼は落ち着かない様子で・・終いに悲しくなった。
”早く帰りたい”とさえ感じられる背中にそっと溜息を吐いて、舌を出した。

「じゃあさ、観覧車。それで終わりにする。」

少し並んでいる間も二人は黙ったまま。乗り込んだときもしばらくはそのまま。
暗くなり灯りが点ったので、他の箱でカップルが肩を組んでいるのが見えた。
”いいな”私はぼんやりと思った。寂しいと顔にも出ていたかもしれない。
狭い空間に向き合った二人はやっぱりお互いに何も話さなかった。
このまま地上へ戻り、ここを後にして別れ、二人とも家路に着くの・・?
そう思うと泣きたくなった。私といるのがそんなに苦痛なのだろうか。
わざと目を合わさないでいることに、とっくに気付いていた私は切なかった。

「ねぇ、恋人同士ならここはキスするとこじゃない?」

半ば自棄気味に私は言ってみた。明るく言ったつもりだけど少し語尾が震えた。
答えが返る前、その日初めて目をあわせてくれた。どきんと大きく胸が鳴った。

「・・・恋人同士ならな。」

答えは・・”違うだろ”とダメ押しをされたみたいで私は固まってしまった。
そのまま箱は地上に着いた。出口へ向かう背中を見つめながらとぼとぼと歩く。
”私はあなたの恋人にはなれないんだ?”そうはっきりと尋ねることが出来ず、
黙ったままで出口のゲートをくぐると、涙が堪え切れなくなって俯いた。
こっそりと涙を拭いたい。なのにハンカチを取り出すことさえ億劫で体が重い。
私の様子に気付いたみたいで、止まって私の方に向き直ったのを足元だけ見ていた。
俯いたままだったから、顔を見ずにそのまま呟いた。

「・・・帰るの・・やだ。」
「・・前に来たときは”もっと遊ぶ!”って言って泣いたよな。」
「どうせ・・成長してないよ、ほのかは。」
「遊び足りなくて泣いてんじゃないんだろ?」
「そうだよ。なっちが・・悪いんだよ。」
「すまん・・どうにも顔が見れなくて・・」
「なんでよ?!」
「緊張・・?してんのかな。普段しないからわかんねぇ。」
「緊張?」

私はそのときようやく顔を上げた。まだ涙で頬は濡れたままだったけれど。
私のことを真直ぐに見ていたから意外だった。途惑うような表情は悲しそうにも見える。
そこは少し通りから外れた薄暗い歩道で、彼の向こうに自動販売機がぽつんと見えた。
街灯しかないので視界は良くない。それでも目を反らしていないのは間違いなかった。

「どうして緊張なんてするの?」
「・・オマエがデートなんて言うから・・」
「デートだと思ってたのほのかだけなんじゃなかったの?」
「・・・そういやそういうのはしたことないな、と思ったら・・緊張した。」

また視線を外してそう言った。どういう意味かなと首を傾げた。

「・・帰りたくないなら・・ウチ来るか?」
「・・行っていいの?」
「きくのはオレの方だ。いいのかって・・」
「・・・?」
「さっきの・・わかってないのに言ったのか?昔みたいに。」
「もう昔みたいに遊んでくれないの?ほのかといてもつまらない?」
「じゃなくて・・いや・・そうだな、昔みたいにはできない。」
「ほのかね、今日ずっとどきどきしてた。腕を組みたかった。キスもしたかった。のに・・」

また込み上げてきて零れた私の涙を指ですくわれた。

「・・悪かった。」

呟きの後、唇に感じた温もりは柔らかさだけ残してすぐに離れた。

「・・・なんで今頃!?」

「だから・・初めてでどうすりゃいいのかわかんなかったんだよ!デートなんてもんは。」

開き直ったように声を荒げる顔は暗くてわかりにくかったけれど・・
ものすごく恥ずかしそうに思えた。もしかしてずっと照れて目を反らしてたのだろうか。
その顔を見てそう思った途端、ほっとしたように涙とともに文句の声が溢れた。

「なっちのバカ!意地悪!ツマンナイのかと思った。寂しかった!」
「っ・・だから・・謝っただろ!?泣くなよっ!?」
「ほのかだって初めてで・・昔と全然違ってて・・なんだよう!!!?」

泣き喚きだした私を困ったように抱き寄せた。熱い頬が濡れた頬に触れて胸が痛んだ。

「さっきのは・・違うのか?帰るの嫌だと言ったろ?」
「帰りたくない。違うって何が?」
「昔みたいに・・できないぞ?」
「うん・・同じじゃなくていい。」

熱いのは頬だけじゃなくて、吐息も舌も火傷しそうなほど熱かった。
そんなキスをしたのも初めてで、覚束ない足が震えて更に抱きしめられた。
くらくらする頭と体全体が波打つほどの鼓動で必死に息をした。

「・・オマエも昔とは違ってて・・だから余計に困っちまった。」
「ほのか・・変わった?気持ちなら・・変わったよ、ものすごく。」
「オレもそうだ。それにこんな風に抑えきれないのも・・初めてだ。」
「キスしたかったのって、ほのかだけじゃなかったの?」
「ああ。だから・・いいのか?帰らないとか言って・・」

ほのかの目の前に燃えるような瞳があって、頷くことしかできなかった。
嫌じゃない。だけどそれ以上にその瞳と腕は離してくれそうにないと感じた。
ほんの少し怖いとも思った。だけど、嬉しさの大きさには隠れてしまう。
胸の奥に予感が興る。目を閉じてもう一度頷くと”帰る”という選択を頭から消した。
涙が治まるまでそこにいて、二人で帰った。帰り道、二人はまた黙っていた。
だけど昼間のときのような寂しさや切なさは感じなかった。私も照れていたのかな。

どちらも言葉を忘れてしまったみたいに思えた。その夜も。
二人一緒に迎えた朝になっても、まだ二人して顔を反らしたりして。
お昼に近くなる頃、ようやくいつもの調子に戻ったみたいだった。
それでもどこかに気恥ずかしさは残ったままで、胸もざわめいたまま。
そして今度もまたあそこへ行く約束をした。

「今度は観覧車に乗ったらキスしてね!?」
「遊園地はもう卒業しろよ、それ以外なんもできないだろ!?」

・・そんなことで言い争ったりしたんだけどね。

その日は新しい始まり。
たくさんの初めての日。
私の気持ちを何もかもハイと見せてしまったかわりに、
彼からもたくさん見せてもらえた、特別な日になった。






「曖昧な関係から脱出した日」