「フィルター」 


「一度訊いてみたいと思ってたんだ。」

藪から棒の問い。兼一とほのかの兄妹はそんなところがよく似ている。
おまけに人が訊きにくいことを平気で空気を読まずに突っ込んでくる。
慣れもあるが、オレはいつも通り無表情のまま受け流す準備を整えた。

「美羽さんのことだけど・・ちゃんと認識してる?夏クン。」
「アイツの実力なら認めてる。」
「違うよ、そっちじゃなくて。彼女って相当の美女でしょ!?」
「・・惚気なら他所でやれ。」
「そうじゃなくて、君って審美眼というかきちんと見えてるのかと前から疑問でさ。」
「わりと整ってる方じゃないのか。で、それがどうしたってんだよ。」
「あのさ、男として何も感じない?」
「全く。」
「全く!?全然!皆無かい!?」
「兄妹してなんなんだ・・オレは風林寺を生物学上女ってくらいにしか思ってねぇ。」
「いや君に好きだとか言われても慌てるけどさ!それにしても・・;」
「くだらねぇ話ならそういうのが好きなヤツに振れよ。」
「じゃあさ、ほのかは?」
「は?」
「まさかと思うけど・・美羽さんに比べたら・・その、ねえ?」
「オマエ・・妹が可愛くないとでも言うつもりか?!」
「可愛いよ!けどそれは身内だし、良い子だしね。でも見た目だけならさ?」
「見た目のどこに問題があるんだ?」
「うわ〜・・相当これは・・フィルターかかってるみたいだね・・」
「オレは見たままで判断してる。妙なこと言うな。」
「僕さ、よくほのかと似てるって言われるんだけど・・」
「オマエなんぞ可愛いと思う訳があるか!ボケも大概にしろ。」
「えぇ〜!?そ、そりゃね、可愛いなんて思われたくないけどもさぁ!!」
「さっきからなんなんだ。ほっとけよ!」
「ほのかが絶世の美女にでも見えてる?」
「はあ!?んなことあるか。バカかオマエ・・」
「あ、そこはそうなんだ。へえ・・?!」
「美形だの美男美女だの・・鬱陶しい。そういうんじゃないだろ、ほのかは。」
「美女がうっとうしい!?って、どういう感覚?!僕には理解できないよ!?」
「オレも小さい頃からよく言われたぜ。”役に立つ”とか”使える”とかな・・」
「・・そうか、トラウマだったのか。悪かったよ、ごめん。」
「けどアイツもこのところ・・見た目も整ってきたかもしれんな・・」
「えっ!?そう・・かい?」
「心配事が増える。オマエだってそうだろ!男はやたらそういうのが好きだからな。」
「・・君は男じゃないの?っていうかほのかのことやっぱり妹みたいに思って・・?」
「もっと警戒するように言っとけよ。」
「う、うん・・そうだね。」
「困ったもんだ。」
「完全に保護者モードだ・・う〜ん・・それはそれでほのかが不憫かもだなぁ・・」
「ほのかがどうして不憫なんだよ?」
「だってアイツ昔と違って今は君のこと・・いやいや僕が言うことじゃないな。」
「オレのことをなんだと!?おい、言えよ。」
「ちょっ・・首っ!締まる締まる!!」
「まさかアイツ・・オレに何か隠し事してるのか!?」
「えっ!いやいや・・落ち着いて、夏くん!」
「おかしいと思ってたんだ!やたら最近溜息吐いたり・・何か悩んでる様子で。」
「・・・それって・・う〜ん・・どう説明すればいいのかな・・」
「もういい。帰る。」
「あっちょっと夏くん!逸らないで・・って行っちゃった。ほのか、スマン;」


なんだか何もかもが嫌になって帰宅すると、重苦しいオレとは正反対の声が出迎えた。

「どこ行ってたの?ねぇなっち・・どうかしたの?その顔!」
「・・・・言えよ。」
「何を?」
「オレに隠してることをだ。気付いてないとでも思ったか!」
「怒ってるみたいだけど、ほのか何のことだかわかんない。」
「とぼけるな!どこのどいつだ、オマエのことたぶらかしやがったのは!?」
「・・・はい?ほのか・・たぶらかされてたの!?」
「最近妙に女っぽくなったし・・兼一と違ってオレは他人だから言えないってのか!」
「たぶらかされてるとしたらさ、一人しか心当たりないんだけど・・」
「オレの知ってる男か?!」

「・・・なに人のことを指差してんだ。」
「だからさぁ・・この人だってば。」
「・・・オレ?」
「一体お兄ちゃんからどんなこと聞いてきたの?」
「オレに・・言えないことがオマエにあるとか・・」
「それでなんで誰か他の人を好きになったみたいに思っちゃうかな?」
「・・違うのか?」
「他に好きな人ねぇ・・あーでもホントにそうなら確かに悩むかもね。」
「そうかそうかと喜ぶ訳ねぇだろ!」
「喜ばれたらほのか困るよ。」
「んじゃなんで・・何を悩んでるんだよ、このところおかしいだろ!」
「ちっともなっちがわかってくれないんだもん。色々とあぴーるしてるのに・・」
「アピールだ?」
「そお。なっちがニブイのかほのかがヘタなのかどっちかなと悩んだことは悩んだよ。」
「オレに?オレに何を訴えたかったって?」
「わー・・もしかするとほのかもヘタかもだけどなっちだって問題あると思うな。」
「イラつくからはっきりと言え!!」
「前から何度も言ってます。だから行動で示してみたんです!」
「急に丁寧語なんて使うなよ、気持ち悪い。」
「なっちだって時々するじゃない。真似したんだよーだ。」
「だから何・・」

オレは少し頭に血がのぼっていたのかもしれない。確かに少々鈍かったとその後で感じた。
ほのかが突然背伸びをしてオレの顔を両手で掴むと唇を押し付けたので目を丸くしてしまった。
今までだって齧られたり、頬とかにされたことはあったが、マウスtoマウスは・・

「・・・・わかった?」
「・・・・ちょっと待て。」
「待たない。何を待てっての!?」
「オマエこそわかってなかったのか!?」
「え、ほのか?!」
「オレがずっとアニキ代わりに面倒見てると兼一と同じように思ってたのかよ!」
「そっそんなこと!・・言うけどね、なっちなんて好きだと一言も言ったことないよ!」
「オマエだって無邪気に好きだ好きだと連発して本気かどうかなんてわかるかよ!」
「んなっ・・ほのかはちゃんと言ってたよっ!本気かどうかわかんないなんておかしい!」
「おかしいのはオマエだ!オレだって本気も何もオマエしかいないのに気付けよ、バカ!」
「気付けって傲慢な!そりゃあ優しくしてくれて大事にしてくれてるって思ってるけど!」
「いつになったら大人になるんだと思ってたら急に綺麗になったりするし!」
「そっちこそ!やたらとかっこよくなってほのかをドキドキさせるくせに!」
「こっちの台詞だ。どんだけ心配させりゃ気が済むんだ。」
「それだってほのかの言いたいことだよ。なっちなんて元からモテモテじゃないか!」
「オレが他の女にまるで興味ないくらい、傍に居ればわかるだろ!?」
「わかんないよ!綺麗だとか可愛いなんていつもは言わないじゃない・・」
「言って・・なかったか?・・おかしいな;」
「言ってないよ・・だから無理矢理”可愛い?”って訊いてた。」
「その度にそうだと言ってたじゃねぇか。」
「そんなの・・否定しなかっただけだし!」
「可愛いなんて誰からでも言われてるだろうと・・思うと言えなかったんだよ・・」
「なっちに言って欲しいんじゃないか。他の誰よりもさぁ!?」
「そ・・そう・・か。スマン・・」
「もお・・いいよ、なんだい・・」
「オマエより可愛いヤツなんかいない。」
「ぷぷ・・それは言い過ぎ。」
「事実だ。」
「・・なっちにとっては?・・そういうことだと思っていいの?」
「あんまり当たり前過ぎて言えなかった。」
「うわわ・・ちょっと・・やっぱり言い過ぎだよぉ・・!」

恥ずかしそうに頬を染めるほのかを抱きしめた。少し怯えたようだったがすぐ緊張は解れた。
本当のことだし、あからさまな事だと思ってたんだが・・違ったんだろうか?ほのかは可愛い。
比べようもない。オレにとってたった一人で。誰にも譲れない女で。

「なっち・・うれしい・・!」
「疑って悪かった。あんまり綺麗になったから変だと思ってたんだ。」
「・・・・ほのかそんなに綺麗じゃないよ。けど・・なっちが言ってくれたらそうなれそう。」
「だからなってる。もっと警戒しろって兼一からも言っとけって頼んだ。」
「そうなの!?ふふ・・おかし・・なっちってば本気だあ!」
「そうだと言ってるだろ。何笑ってんだ。」
「ほのかもニブかったんだね。ごめんね?」
「謝ることもないだろ。」
「じゃあ、ありがとう!なっち。」


オレの腕の中でにこにこと笑うからこのままずっと閉じ込めたいと思った。
叶わないならせめてと口付けを浴びせる。くすぐったがってほのかは身を捩った。

「なっちったらワンコみたい。」
「うるせぇ、じっとしてろ。」
「ええ〜!?もお・・相当フィルターかかってるよ。」
「なんだそれ。」
「ウウン。このままずっと可愛いって思ってて。」
「んなの、当然だろ?」
「約束してくれる?」
「ああ、絶対だ。」
「えへへ・・幸せだなぁ!」

幸せだと言うほのかがオレを心底幸せにしてくれる。疑いようもない真実だ。
たどるようにして行き着いた唇をそっと啄ばむと、ほのかはフルっと震えた。
けれどそれは嫌がってのことじゃなく、甘くオレの胸を揺らすばかりだ。

「ほのかね、なっちといると自分のことものすごく可愛いと思えるよ。」
「そりゃ・・オレがそう思ってるからだろ。」
「だからほのかはなっちが好きってもっともっと想うよ。そしたらさ、」
「もうこんなに想ってるのに、もっと好きになれって?」
「ウン。ほのか欲張りなの。」
「そこはオレと意見が一致するな。」
「なっちも欲張りサンだったの?」
「オレのこともっと好きになれよ。」
「そしたらもっと可愛いって思う?」
「あぁ。そんで離れられなくなればいいんだ。」
「それはナイスアイデアだね!」

本気でその瞳が楽しそうに輝いたので、またうっかりと誘惑されて好きになる。
魔性だな、最早オレはほのかを離すつもりは毛頭なく、食ってやりたいくらいだ。
昔のほのかを真似て齧りついてやろうか。オレのものだとどうすればわからせることができる?

「もうなっちはほのかのものになるといいよ。」

オレが言おうと思ってた台詞が眼の前で宣告された。驚いて一瞬言葉が出なかった。

「じゃあオマエもオレのものになれよ。」
「いい?残したら承知しないからね。全部もらってよね!」
「台詞を取るなってんだよ・・わかってる。」

えらそうに上から命じるほのかが一段と愛しくて、ああこりゃもうオレって終わってると思う。
責任を取ってもらおう。オレはほのかのものだから。そして可愛すぎて腹が立つ分キスをするとしよう。







もうなんかね、どっかから・・えーかげんにせぇよ・・と聞こえてきそうです。