Father's Day  


他所の学校、それも校区外になる中学校の制服。
夏には見慣れたその制服も、この高校においては
異端でしかない。かれこれ五度目になるだろうか。
小柄で一見地味なほのかもここでは人目を引いた。

一番最初の訪問時、ほのかは校門で待ち伏せしていた。
わっと驚かそうとしたほのかだが少し手前で気付いた夏に
「何してんだ」と告げられてしまい、落胆したのだった。
二度目は同校に通う兄に用だとかで「なっちに用は無い」
などと言うので夏が落胆した。しかし用は呆気なく済み、
帰りそびれていた夏の腕を取ったほのかと一緒に下校した。
三度目は新白の新島にお茶に誘われてほいほいやってきた。
茶菓子やらにご満悦の態で、連合メンバーと和やかにしていた。
呆れる夏にほのかは「なっちも混ざればいいのに」と首を傾げた。
四度目は少しばかりややこしい事態に陥った。数名の女子に
どういう関係か説明を求められた。事実ありのままを述べた夏に
ほのかは思い切り機嫌を悪くし、その後のご機嫌取りに苦労した。

そんなこんなで五度目の訪問になるほのかは堂々と門をくぐり、
中学のセーラー服をひらめかせて夏の元へ真直ぐやって来た。

「なっちー!みーつけた。お迎えにきてあげたじょ〜っ!」

人懐こい笑顔で見つけるなり手を振り嬉しそうに駆けて来る。
遠慮のない様子はいつも通りだ。元気な様子に無意識に安堵する。
ぴょんと飛びついたほのかは定位置の夏の腕にしがみついたまま
早く買物に行こうと誘う。約束は”父の日の贈り物に付き合う”だ。
普段なら振り解いたり、乱暴な言葉で止めろと窘める夏なのだが
そこは夏の高校。仮面とはいえ優等生を気取る彼は邪険にしない。

「ほのかちゃん、お迎えは僕が行くからって言ってたでしょ!?」
「うげっ!?・・だって遅くなるじゃないか。早く行きたいもん。」

うげっという悲鳴と共にほのかの可愛らしい顔は酷く顰められた。
知ってはいても夏の優等生バージョンにほのかが慣れることはない。
生理的に受け付けないとはほのかの弁だ。であるからして悲鳴も出る。

「困ったな・・少し待ってて。職員室に用があるから。」
「らじゃっ!とっとと任務を果たしてきたまえ!」

夏は怒らなかった。笑顔は若干引き攣り気味だが無理からぬこと。
ほのかの額を軽く指で小突くに留めた夏にほのかはむっとしたが。
けれど直ぐに気を取り直し、夏が行こうとする方向へ自分も進む。
すると振り向いた夏がほのかに付いて来るな、ここで待てと命じた。

「え〜っ!なんで!?付いてったげるよ。迷子になるじょ。」
「ここでじっとしてればならないよ。すぐに戻るから。ね?」

夏の柔らかな口調にむずむずしながらもほのかは渋々頷いて見せた。
しかし頷いたものの、周囲には何も無いただの廊下で忽ち退屈になる。
何か面白いものはないかときょろきょろ辺りを見回すほのかだった。
すると遠巻きにしていた女子生徒達の一人が近付いてくるのが見えた。

「コンニチハ、あなた白浜君の妹さんよね?」
「うん、そうだよ。あなた誰?同じクラスのひと?!」
「そうよ。谷本王子・・じゃない谷本君によく面倒見てもらってるのよね。」
「違うよ、ほのかが面倒見てあげてるの。なっちは手の掛かる子だからね。」
「まあ!?・・・そうなの〜!?ふーん・・○○中学よね、この制服って。」
「それがどしたの?同中なのかい?」
「えっいいえ。それよりあなたね、こんなとこまで来るのは良くないわよ?」
「・・・どうしてさ。」
「谷本君は迷惑じゃないって言ってもね、やっぱりその・・わからない!?」
「わかんない。」

ほのかはこの奥歯に物の挟まった会話で以前とは別の意味で機嫌を損ねた。
前回はあまりにも妹扱いに腹を立てたのだが、今回はそうではなく、
親切めいたことを言って谷本夏に近づくなという警告だと受け取ったためだ。
びしっと言い返してやろうかどうしようかとほのかが思案しているうちに
用を済ませた夏が帰ってくるのが廊下の端に見えると、女子生徒は逃げようと
ほのかの前で踵を返した。が、ほのかはそれを腕を掴んでを引き留めた。
怪訝な表情で近付く夏に女子生徒は慌てだした。明らかに顔も上気している。
あ、やっぱり王子って言っていたからファンの子なんだなとほのかは確かめた。

「お待たせ。話相手になってくれてたのかな?ありがとう。」
「えっええ!?あの・・そんな。たいしたことじゃ・・」

至近距離で微笑まれたせいだろう、女子生徒は舞い上がり狼狽が見て取れる。
ほのかが掴んだ腕を弛めても動かない。要は逃げるタイミングを逸したのだ。

「なっちー!ほのかここへ来ちゃダメなの!?どうして迷惑になるのさ!」
「え!?ああ・・妙な誤解する人があったらほのかちゃんが困るからだよ。」
「そっそうですよね!?可愛らしいから余計悪く言う人もあるよ、きっと!」
「なにそれ。ちっともわかんない。妙な誤解ってなんなの!?」
「まぁそれは・・ともかく。買物に行かないとね、父の日の。」
「あぁ、父の日の!そうなの!?ほのかちゃん偉いのねえ!?」

眼の前のほのかが目に見えて不機嫌なことは戻った瞬間、夏にはわかった。
以前はオヤツで誤魔化せたが、今回はどうしたものかと余計な茶々に内心渋る。
なるだけ面倒のないようにしようとした夏と逃げ場を失った女子生徒を見ながら
ほのかはすうっと一息大きく吸うと、二人に向って宣言するように言った。

「誤解じゃないんだから!ヤキモチやかないでよね!?」

何を言い出すのかという表情は夏、女子はそれ以上にびっくりしている。

「お父さんにもお母さんにも公認なんだぞ!言いふらしたらいいよ!」
「たっ谷本王子・・!?このこったらもしかして・・いえそんなことは」
「いやその・・そういうんじゃないんだけど・・」
「なっちがはっきりしないからいけないんだよ!言えばいいじゃんか!」
「ほのかちゃん!?」

放っておくとどんな爆弾を投下するかわからないと夏はほのかの口を手で覆い、
女子生徒に適当に挨拶しながらその場を立ち去ることにした。ほのかを抱えて。

「なにすんの?!はなしてよ、なっちー!ちゃんと言えってば!?」
「口を閉じてないと舌噛むよ、ほのかちゃん!」

荷物のように抱えられて遠ざかるほのかはまだやかましく吠えていたが
残された女子生徒は茫然自失だ。結局どうなのだろうかと悩むことだろう。
誤魔化されて更に憤慨したほのかは暴れて周囲から奇異な視線が向けられる。
しかし王子スマイルはかなりの沈静効果が(一部女子の間では)あるらしい。
何事もなかったように微笑まれて、呆気に取られたまま行過ぎる者も多い。
校門を出てしばらくしたところでようやく荷を下ろした夏は溜息を吐いた。

「だから来るなって言うんだ。わからんヤツだな。」
「女の子達にいい顔するためかい!?見損なっちゃうぞ!?」
「そうじゃねぇ。お前が嫌な思いするからだろ、アホゥめ。」
「それはなっちがほのかのこと妹扱いするからであってだね!」
「せめて高校にならないと男子高校生に誑かされた馬鹿な女子中学生だろ。」
「たぶ?・・よくないことだよね?」
「義務教育終わるまでは妹でいろってことだ。その方が世間は優しいから。」
「???わかんないよ・・ほのかがバカだから?」
「いいや。わからなくていいから。お前はバカじゃないし、間違ってない。」
「なっちってたまに・・お父さんみたいだね!?」
「どうしてそうなる!?それの方がわからねぇ。」
「ほのかはわかんなくていいってよく言われるんだじょ。」
「あぁ、そういうことか。父親の気持ちはよくわかるぜ。」
「でもそれじゃ嫌だ。ほのかはなっちの・・」
「待て。俺のじゃないしまだ誰の女にもなるな、そういう意味だ。わかるか?」
「へ・・?」
「白黒付けなくていいときもあるんだ。お前には選ぶ権利があるんだからな。」
「なっちじゃだめなの?決めるのが早いってこと?」
「そうだ。少なくとも俺はお前を今はまだ女扱いできない。」
「ええっ!?ほのか男じゃないもん!男がいいのとは違うよね!?」
「話をややこしくするなよ。そうじゃねぇ、どういやわかるんだかなぁ;」
「・・つまり彼氏彼女みたくいちゃいちゃできないってことじゃないの?」
「わかってんじゃねぇか!エライエライ。」

夏が芸をした犬にするように髪を撫でたのでほのかはその手を振り解く。
すまんと素直に手を引いた夏にほのかは憮然とした表情のままで問うた。

「・・でもほのか・・なっちが思ってるほど子供じゃないもん!」

唇を噛み、堪えるように呟いた。落ちた視線は痛々しく夏の胸に響く。

「・・だからあと少し・・待ってろよ。」
「ほのかが高校生になったら言わない?”まだ早い”って。」
「う・・言う、かもしれん。」
「じゃあね、こうしよ。ほのか待ちきれなくなったら言う。」
「!?そりゃあ・・名案だ。」
「その代わりなっちも待っててくれる?浮気しないって約束できるかい!?」
「あぁ、わかった。約束する。」
「よっしゃ、それならそれで手を打つじょ!」

ほのかは曇り空から覗く太陽のように笑うと夏に手を指し出した。
夏は眩しそうに目を眇め、小さな手を取ると少し力を込めて握る。

「んじゃあ、買物に行こう。お父さんに何がいいかなぁ!?」
「お前一々俺にダメ出しすんなよ!こないだだってなぁ!?」
「だってなっちの選ぶのってどっかおっさんくさいんだもん!」
「だったら一人で選べばいいだろ!勝手なこと言いやがって。」

日常に戻り、夏とほのかは互いに遠慮の無い言葉と態度でやり取りする。
まだどんな関係かと尋ねられても説明はしようがない。そんな時期だ。
友情のような、兄と妹のような、しかしどこかで未来を待っているような。

「学校に来られるとなぁ・・兄キの手前困るんだぞ。」
「どう困るのさ?お兄ちゃんよりなっちを優先してるじゃないか。」
「だからだよ。わっかんねぇかなぁ・・なんかこう・・恥ずかしいっつうか」
「ちみの照れポイントわかんない。ほのかはなっちが好きだから平気さー!」
「お前の好きってのも軽くて理解不能だ!平気なのはガキだからだろっ!?」
「失礼な。日々成長してるほのかに気付いておらんとは嘆かわしいじょっ!」
「知ってるっつの!実の兄キや父親よりよっぽどお前のこと見てるんだからな。」
「・・・・父の日のプレゼント、なっちもいる?」
「絶対に、要らん!!」

どういうわけか頬が熱いほのかは夏がそっぽ向いたことにほっとした。
なんだか色々と夏の本音を聞いた。一方的な片思いではなかったみたいだ。
父と母が公認なのは事実だが、夏の言う通りで男女の付き合いではない。
けれどほのかには予想できる。母親は案の定と泰然としているであろうこと。
そして慌てふためく父(と兄)。ほのかは静かに決意する。絶対綺麗になる。
父親じゃなくて良かったといつか夏に言わせる為に。ほんの数年のガマンだ。
それまで気が気ではないから、やっぱり時々学校まで釘を刺しにいこうかなどと
ほのかが思っているとも知らず、傍らには父親の苦労に同調している夏がいた。

とある父の日数日前のお話。







父の日ネタです。お父さんを実際に出せなくてちょっと残念。
ほのかのお父さん、好きなんですよ〜vお母さんも役者だよね!