Elfin doll 


特にどうしたかったわけでもないんだが、
なんとなくふいに持ち上げてみたのだった。
人形のように大人しく持ち上げられたまま
くいと小首を傾げ、不思議そうに丸い目を向けた。
口が聞けないはずもないのに”なぁに?”ともの言わぬ問い。
オレもなんだか言葉が出てこずに”なんだかなぁ・・”と思う。

気付くとテリトリーにちょこんと居座っていて。
図々しく当たり前で極自然に、極めて和やかに。
ちょっかいかけてくるばかりでもなく、大人しいときもある。
それこそ居るのか居ないのか気にならないほど静かなときも。
くぅすぅと暢気に寝息を立てている場合もそうだ。
生きている人間の少女だとわかっているはずなのに
時折、そうでもないような気がして疑わしくなる。

それを確かめたかったのかと自分に尋ねてみた。
暇なのか持ち上げたヤツが足をぷらぷらと揺らし始める。
オレのしていることに珍しく疑問も文句も唱えない。
不可思議の塊、この生き物は一体全体なんだろう。
温かい血の通ったものであることは容易に理解できる。
どういうつもりかこのオレを気に入って傍を離れない。
女と呼ぶにはあまりに幼い姿と、意外に侮れない言動。
子供と決め付けるには優しすぎる母性としたたかさ。

「ねぇ、なっつん・・・なんかだるくなっってきちゃった・・」
「あ、スマン・・」

持ち上げたままでいたからとうとう口を利いた。遅いくらいだ。
オレも少しどうかしてるなと思いながら、ソイツをそっと下ろした。
「ヘンななっつん。」と言いながら微笑むのが妙に憎らしい。
「・・オマエちょっと縮んでねぇか?」と悔し紛れに訊いた。
「ウウン?気のせいじゃない?・・それかなっつんの背が伸びたかだ。」
「そうか。」
「ウン。ほのか残念ながらまだまだだよね?」
「・・・ナニがまだまだだって?」
「むちぷり。」
「そんなの・・なる必要ねぇんじゃねぇ?」
「どして?・・今のほのかがいいの?」
「オマエが・・・いつまで経ってもこのまんまだったら・・おかしいよな?」
「そりゃ・・ほのかだってもっと大人になるはずだよ?」
「それがどうしても想像つかねぇんだよ。ずっとこのまんまな気がする。」
「それがいいとかじゃなくて?」
「あぁ。そうじゃない。」
「ちょびっと胸育ったんだけどな・・触ってみる?」
「は?・・・あ・アホなこと言うんじゃねぇ!」
「ちょびっとだけどね。あんまり変わんないか・・」
「ふーん・・・」
「全然わかんないくらいならがっかりだね。」
「誰もがっかりとかしてないだろ?」
「ほのかの成長が目に入ってないならほのかがっかり。」
「・・・そうか。オマエだって成長してるんだよなぁ。」
「ウン、なっつんが思い込んでるんじゃないの?ほのかは変らないって。」
「・・・そんなわけない・・・よな?」
「前よりずっとなっつんのこと好きだし。変ってるよ、ほのかだって。」
「・・そうか・・・悪かった。オレは・・そうだな、気付いてなかった。」
「あれ、素直だね?やっぱちょっと今日はヘンだね、なっつんてば・・」
「変って欲しくないわけじゃないんだ。ただ・・・」
「ただ?」
「いつまでこんな風に傍に居るんだろうって・・・」
「心配いらないよ。ずっと傍に居るから。」
「や、居て欲しいって言ってんじゃなくてだな?」
「今のままでいいよ。ほのかのこと好きになって、なんて言わないから。」
「・・・オマエ・・・」
「知ってるよ、なっつんがほのかのこと女だなんて思わないようにしてること。」
「・・・・」
「いいよ、なんでも。傍に居られたらほのかは満足さ。」
「・・・・」
「なっつんの都合のいいように思ってて。」
「・・・そんなこと・・思ってねぇ・・・」

オレの胸がずきりと大物のナイフを受け止めたように痛んだ。
昔、ほのかが人質に取られたときのことを思い出した。
オレはどうしても『拳聖』という名の呪縛が解けずにいた。
ほのかを縛り付ける縛めをすぐにでもほどきたくて堪らなかったのに。
ナイフで脅されてもほのかは怯まなかった。ひたすら兄を呼んでいた。
小さな傷であったかもしれない、だがその刃がほのかの血を流させた。
そのときの痛みを今も覚えている。それでもほのかは兄を信じた。
オレの呪縛を断ち切ってくれた”負けないで”という叫び。
そう、それで思い出したのだ。どうしてこんなことをしているんだと。
身体は解放され、すぐにほのかを傷つけたナイフをへし折ることができた。
あのとき、オレは自らを刺した。そのナイフを己に突き立てて。
痛みなどさっきまでの痛さに比べれば感じないほどの軽さだった。
それくらいの傷ではほのかやその身を案ずる者たちへの侘びにもならない。
しかしそうする他に詫びる方法がなかった。流れた血を見てオレはほっとした。
オレはまだ生きている。そしてほのかも。安堵がオレを奮い立たせた。
解放したほのかを兄の元へかえし、新たな闘いを挑むために。

その後、ほのかとは逢わないつもりだった。
傷つくところを見たくなかった、もう二度と。
なのに・・・今のオレの傍には・・ほのかがいる。
いてくれる。オレがどんな風に思っているのかなどお構いなしに。
何故そんなにまでして?・・妹のように、おもちゃみたいに扱ってもいいと?
わからない。ほのかは可愛い顔をした人形などではない。
血の通った人間だ。不思議でならない、この愛しい存在が。
ほのかの言う通り、オレこそが・・・都合良く扱ってきたのだ。
死んだ妹への代償のように、寂しさを癒す玩具みたいに。
そのうえオレは最低なことを考えている、それでも傍にいて欲しいなんてことを。

「なっつん、大丈夫?」

そんな最低な男を気遣い、惜しみない優しさを曝け出す。
ほのかは・・・一体どうしてオレの前に現れたんだろう?不思議でならない。

「ほのかなっつんの傍がいいんだ。ただそれだけだよ。」
「・・・ばっかじゃ・・ねぇ・・?」

不覚にも涙が出そうなほど込み上げた。必死に耐えようと虚勢を張る。
また笑う・・オレはこの笑顔を握りつぶしたいと思うのに。
握りつぶして・・・しまいたい。そんなことできるわけもないのに。
できないかわりにほのかの小さな身体を抱き寄せた。
ほのかは今度はだらんと力を抜かずに、オレの首に手を伸ばして巻きつけた。
細い腕で抱き返す。”大丈夫だよ”と言うかのように。
抱きしめて、顔を肩に埋めた。柔らかくて小さな身体を大きく感じる。

「どんどんわがまま言いなよ、ほのかに。」
「・・オマエ・・母親気取りだな・・・」
「お母さんでも妹でもなんでもいいよ。ほのかちゃんにお任せ。」
「オマエはオマエだ。他の誰でもねぇよ。」
「そうなの?そりゃ・・嬉しいね。」
「オマエがいい。オマエじゃないとダメだ・・」
「・・スゴイ殺し文句。なっつんてばどうしちゃったの?!」
「うるせぇ・・わがまま言えっつっただろ!?」
「ウン。嬉しい。なっつんがいいの。ほのかも。」

なんだろう?女でもない、母親でもない、妹でもない、それは事実だ。
なのにあふれてくるのは愛しさばかりだ。他に例えようもない。
抱きしめて閉じ込めるようにオレの胸に押し付けていると感じる安らぎ。
オレを抱き返す力に感じる喜びは、なんなんだろう?
こんなことってあるんだな、と思う。在り得ないほどの幸福が。
抱きしめる腕が二本ちゃんとあることにほっとする。
伝える言葉があることも。そう、生きていることに・・たまらなく感謝した。


長いこと抱き合ったままでいて、ほのかがぽつりと呟いた。
「なんだか眠くなってきちゃった・・・」
「・・んだよ、色気ねぇな。」
「いいじゃん。なっつんだってそんなに期待してないくせに。」
「・・・寝るか、ちょっとだけ・・」
「ウン・・・一緒にお昼寝しよう。」
蕩けるような微笑を浮かべてほのかはオレの胸に顔を落とした。
やがて聞えてくる安らかな吐息。どうしたことだろう、オレは逆に目が冴えてきた。
さっきの微笑みのせいだろうか、以前より柔らかさを増したと気付いたほのかの胸のせいか?
それとも抱いているほのかの温かさなのかもしれない。放せなくてただ只管触れていたい。
髪を梳いてみたり、寝顔を見て過ごした。この不思議な生き物を抱きながら。
そうっと額の髪を上げて唇を乗せてもほのかはぐっすりと眠ったまま呼吸を乱すこともなかった。
指でそっと唇をなぞってみた。ほんの少し煩そうな顔をしてまだ眠っている。
今までと違う初めての感情が湧いてくる。そう、この少女はまだ女じゃない。
でも女になるんなら・・やっぱり他の誰にもやれない。こんな大切なものを・・
もしかしたら、どんな名前をつけようと同じことなのかもしれないと思った。
オレはオマエでオマエはオレでなければならない。ただそれだけがすべてで。
どんな関係であろうと、それは変ることなどないのだ。
そう思うと途端に安心したのかオレは眠気を覚えた。
ほのかを抱えたまま目を閉じる。夢の中でもこの温もりは消えないだろう。
目覚めた後、口付けたらどんな顔するだろう?と想像すると楽しかった。
オレはオマエが何ものでもいい。答えは要らなくなったからもう探さない。








タイトルの”elfin”は妖精のような、という意味のはず、です;
ちなみに”doll”はお人形じゃなくて、『可愛い子』の意です。