「DROP」 


・・・・なに? どうなって?
頭が働かない・・えっと・・ええと?
零したアイスティーが・・テーブルに広がっていく
液体はテーブルだけでなくて私の身体の中にも広がっている
冷たいのか熱いのかよくわからないけれどじわじわって・・
ほんの一瞬だった? もしかしたら
でも・・確かに・・今突然に・・どうして?
だって普通にしゃべってた
何かがきっかけで零れたはずのグラス
ぱしゃんと軽い音を立てて倒れた
ぼんやりと見えたのはそれだけ
あとはわからない真っ白になって

髪を除ける手が頬に触れて我に帰る
私もしかして変な顔してる?
声ってどうやって出してたっけ・・
ほんの少し眉を顰めてじっと見ている瞳
木偶の棒みたいになってる自分がもどかしい
何て言えばいいんだろ?出てこないの
出てこない言葉の代わりに零れ落ちた雫
ああ、どうしてこんなときに出てくるんだろ
きっと誤解される ほら顔が曇っていくのがわかる
違うんだよ、これは・・ちゃんと言わないと
辛そうにしないで 顔を背けたりしないで
ごめんなさい、私なんの準備もなくて
まださっきの余韻で身体中がどくどくいってる
だから言葉をもう少し待って、お願い
手を伸ばそうとするのに指一本動かないのは何故?

「・・悪かった・・」

搾り出されたような声に驚く
謝らないで 待って 違うんだってば
もう二度と見てくれないんじゃないだろうか、
怖ろしいほどの不安が私を襲ってくる
ソレはダメ、どうかどうか・・私を・・
泣いてる場合じゃないってイライラしてくる
なのに・・

「・・ひぃっく・・」

「そんなに・・泣くなよ・・」

みっともない 情けない 自分が嫌になる
優しいひとを傷つけた 取り返しがつかない
こんな自分で申し訳ないと思うと余計に涙が溢れた
どうすればいいかと迷っている優しい指先
なんとかして私を慰めようとして・・傷ついているのに
なんでこんなに馬鹿なんだろう、言葉をどこに忘れたの
嫌いになっても見放されても文句が言えない・・なのに
どんなにみっともなくても 馬鹿でも 離したくない
私は喉が潰れても構わないからと力を振り絞る

「・・なっつん!」

声が金縛りのように動かなかった身体を動かしてくれた
途惑うアナタにがむしゃらに突っ込んでしがみつく
絶対離さない 離さないで欲しい どうかもう一度
祈りでいっぱいになって私は泣きながら叫んだ

「なっつんのばかぁ!すきだよおおーーーーーーーっ!」
「な!?」

叫び声は泣き声にすりかわってしまってやっぱりみっともない
それでも必死で縋りついた 愛しさで壊れそうな胸を押し付けて
驚いた顔が一瞬見えたけどあとは知らない 泣いてたから
悔しいとか恥ずかしいとかもうどうでもいいと半ばヤケになって
えんえんと駄々を捏ねる子供みたく押し付ける感情の束に
呆れられても それでもどうしようもなく
私がもうどうにでもなれと泣いていると身体をきつく抱かれた
苦しいくらいしっかりと まるで隙間を埋めるみたいにぴったりと
嬉しくて苦しさも忘れそうになった 泣き声まで埋められた
小さな声が耳元でした さっきとは少し違う泣きそうな声で

「誰がだ、この莫迦・・」

すぐにわからなかったけどさっき私が叫んだ言葉の返事らしかった
私は「ウン」とだけ頷くと力をすっかり抜いて身を任せた
ぎゅうぎゅうと抱きしめられてホントに苦しいけど嬉しさが勝る
やっと少し緩めてくれたと思ったらもう一度口を塞がれた
今度はさっきと全然違っていて私はまたもやパニックだ
さっきの感触を返して?と言いたくなった
こんなのは・・・知らないから対応のしようがない
ぞくりとした感覚が背筋を通して全身を駆け抜けた
苦しい息の下でもがく私の喉から聞いたことも無い声が零れた
腰の辺りから寒気のようなものがして力が抜けていく
息をさせて欲しい でないと死んでしまうかもしれない
しがみついていた指先が食い込んでも解放されなかった
耐え切れずにまた喉が鳴る もう許してと身体で叫んだ
さっき私のしでかした失態に罰が与えられているのかと思う
やっと解放されたときの荒い呼吸は100M走より酷いかもしれなかった
助かったと思ったのも束の間で私の身体がソファに押し付けられる

「ぃ・嫌だぁ!待って!なっつん止まって!!」
なっつんの身体に押し込められそうになりながら懇願した
「待ってくれないと・・また泣いちゃうよ・・」

まだ呼吸の整わない私は必死で訴えた これ以上耐えられない
ようやく互いの目が合った 知っているはずの瞳が紅いと感じた
燃えているようだとぼんやり思いながら見ていると身体が急に軽くなった
なっつんがゆっくりと抱き起こして座らせてくれてほっとする
私は身体から力が抜けてふにゃふにゃになっていた
ふと気付くと悪いことをしたのが見つかったみたいな顔

「ごめんね・・?なっつん・・ほのかびっくりして・・それに」
「・・・」
「息と胸が苦しくてもう・・・死にそうだったからどうしようかと・・」
「・・・・すまん・・」

小さな謝罪の声にずきりと胸が痛んだ また謝らせてしまった
どうしたら傷つけた心を癒してあげられるのかがわからない
「あ・あの・・その・・嫌って言ったけど・・ちがくて・・えっと・・」
自分の貧弱な脳みそが恨めしかった どう言えばわかってもらえるのか
頭がぐるぐると回りだしたようだった とても伝えられそうもない
また言葉が引っ込んでしまい、涙が出そうになったのを堪えた

「・・・抑えきれなくなって・・」
「え・・?」
「止められなかった・・泣かせて・・」
「あやまっちゃだめ!違うんだよ、ほのかが泣いたのは・・」
「驚いたんだろ?」
「そ、そうだけどそうじゃなくて・・うまく言えなくってそれで・・」
「・・?何を」
「なっつんが・・嫌がってると思ったんじゃないかって心配で・・」
「・・・・」
「頭真っ白になってどきどきして・・う・・ぅえ・・」
「な、泣くな!」
「なっつんがほのかのこと嫌いになったらイヤだよぅ!」
「ならねぇから泣くな。」
「ひっく・・泣いても?・・呆れない?・・」
「呆れない。オマエこそ・・オレのこと怖くないか?」
「怖いわけないよ!だいだいだいだいだいすきだもん・・・」

泣きべそで変な顔してそう言ったらなっつんは顔を紅くして黙り込んだ
バツの悪そうな表情で横を向いてしまうのは・・照れてるの?
零れたのはやっぱりアイスティーだけじゃなかったんだ・・・
ほのかの気持ちとなっつんの想いと・・色んなものが溢れたの?
いっぱいになって零れてしまっても仕方なかったのかもしれない
ねぇ、そうなんでしょう? そうだと思っていいかな
口のなかが甘酸っぱい・・・アナタと私の混ざった想い
もう一度零して欲しいなんて・・・思っても・・・いい?


「あのねほのかなっつんに好きになって欲しかったの」
「・・・」
「好き過ぎて困ってたんだ だから」
「・・なら?あとどうしたいんだよ?」
「えっと・・・もいっかい・・ぎゅって・・して?」

叶えてもらった腕の中でちょっと睨むようにしてあなたが言った
「・・前からオレの方が・・よっぽど困ってるんだぞ・・・」
今、心の中にあなたの想いが染み込んでいくのがわかる
こんなに幸せな想いならどんどん溢れて構わないね







一度は書いてみたい「キスから始まる話」に挑戦してみた・・んですけど;
上手くいった気がしませんので、また似たようなの書くかもしれません。