Double face 


ほっこりと湧き上がる湯気の向こうに平和な顔があった。
幼い顔立ちに男らしい眉・・は前髪にほぼ隠れているのだが
兄が柔和な印象に対し、妹は意思の強さが前面に出ている。
こっくりとお茶を飲み干すと、ふうと満足気な息を吐いた。

「会長さん、美味しいよこのお茶。いいの使ってるんだね。」
「まぁな。主にジークとキサラの実家からの差し入れだ。」
「おかわりもらえる?お茶菓子がまだ残ってるんだじょ。」
「へぇへぇ・・谷本って偉いかもしれんな、毎日・・」
「それで、ほのかに何を訊きたいの?会長さん。」
「うむ、そうだな・・まずは最近の谷本の様子とか。」

そこは新白連合のアジトである。ほのかの前に座る男が立ち上げた。
彼の野望達成のための高校生や大学生を中心にした武道家集団だ。
ほのかはその新白の幹部の一人、白浜兼一の妹という立場になる。
なのだが、会長である新島春男から特別顧問的な役も任されていた。
その理由は谷本夏という幹部の一人と一番近しい人物であるが故だ。
幹部とはいえ、本人は新島に忠誠を誓ったわけではなく、所属も否定。
だが色々な経緯から時に彼らに助力するような動きを何度も見せている。
一方で最近彼らとは単純に言えば敵対勢力の門下へ与したとの事実もある。

学校ではアイドル的立場だがそれも隠れ蓑だということは新島も理解している。
要は人を操る能力に長けている新島にとっても谷本は面倒で厄介な男なのだ。
そこでほのかの出番である。彼女だけは容易く谷本に接触を赦されているのだ。

「別にいつもと変わりないけど?」
「しかしオマエの兄、兼一に一時期奴の様子がおかしいと言っただろう?」
「あー・・確かにそんなときもあったじょ。でも戻ってきたし。」
「ん〜・・オマエのカンは今のところ働いてないということか。」
「元々打ち明け話とかしない人だからね。内緒もあるのかもね。」
「それでオマエは不満に思ったりせんのか?」
「不満・・ってなんで?」
「一応オマエはあの谷本の一番親しい存在だ、今のところはな。」
「ふんふん、それで?」
「アイツがオマエに見せる以外の顔に全く興味は無いって言うのか?」
「・・・・だって、なっちはなっちだよ。ほのかの知ってるなっち。」
「けどアイツが学校ではまるで別人だと知ってるんだろ?!」
「あれ気持ち悪いよね。ほのかアレはキライだじょ!」
「その他にも・・奴は隠してる。そうは思わんか?!」
「知らないとダメってことないでしょ。」
「知りたくない、か・・」
「そうは言ってないじょ!なっちはイイ奴だって知ってるだけ。」
「ふ〜・・・すっきりせんな。オマエほんとに谷本に惚れてはいないのか?」
「なっちはともだちだよ。」
「もしも奴がオマエの全く知らない、別の顔を見せたとしたら・・どうする!?」
「なっちが?見せたくないなら見せないんじゃない?」
「そうかもしれん。奴がオマエをどう思ってるかでも変わってくるな。」
「・・ごちそうさま。美味しかったよ!会長さん。」
「おう、また遊びに来いよ。新しい菓子が入ったら知らせてやるから。」
「ありがとっ!じゃあまたねっ!ばいばい。」
「あばよ。谷本には黙っといた方がいいぞ?一応言っとく。」
「ありがたき大きなお世話なのだ。べーっ!」
「やれやれ・・子供なんだかどうだか・・ま、ともかく侮れん。」

新島は短い会見の後、そんな独り事を呟いた。彼はほのかを買っている。
中々の人物だと見ているのだ。谷本の今後の行動に関して予想したとき
彼女は何らかの鍵になる可能性があるということも密かに胸に抱いていた。


新白のアジトから出るとほのかは谷本の家を目指した。日課のように通っている。
誰に命令されたわけでもなく、ただ会いにいく。寂しい顔をしていないかと案じて。

”どうしてなっちのこと皆あんな風に言うんだろう?違う顔・・って何?”
”なっちがどうしたいかは自分で決めるよ。ただ・・一人になって欲しくない”
”そんだけさ。ほのかが嫌だから。寂しいのはダメだよ、なっち。”

ほのかはそんなことを思いながら足を速めた。早く行かないと夏が拗ねてしまう。
来るなとか、うざいとか、やかましいとか、出てくる単語とは裏腹な夏の行動。
お茶を用意してくれてたり、クッションを干しておいてくれたり、それに・・
ほのかが来ると嬉しそうだと思う。それが嬉しいから行く、というのも理由だ。
二度と会えなくなったら・・それを怖れているのは自分だろうか、それとも?
無意識なのかどうかわからない。夏はほのかに時々優しくて堪らない眼差しを注ぐ。
そんな顔を見たくて通っているとも言える。少しずつ知る子供らしい部分も好きだ。
年は3っつほど上だが、ほのかは少しも年齢差を感じない。寧ろ幼さまでも感じる。
いつもお兄ちゃんでいたからだろうか、今もその傾向は強いが実は甘えっこだと思う。
少しお姉さんになった気分になる。頼って欲しいとも。ほのかは相当夏が好きだ。

”ほれてないのか?ってきかれるけどほれるって何?恋をしてるかってこと?”

毎日顔が見たくて、会うと嬉しい。それも恋というのだろうか。
笑顔がステキなのに笑うのが苦手。だから笑って欲しいとかも。
理由なんかどうでもいい。呼ばれるように体が引っ張られるのだ。
だから会いに行く。それだけだ。好きかときかれれば大好きだと答える。
夏が自分をどう思っているかもわりと気にならない。大事にされてるから。
心配症だから習慣のようになってる部分も多いが、基本的にほのかのことを
軽んじてはいない。甘やかしなくらいだと感じる。妙な優越感を覚える。

はぁふぅと息を切らして谷本の豪邸に到着する。ピンポンは3回。
1回めと2回目の間は短く鳴らす。合図なのだ。ほのかだよという。
そして門を開ける。この頃は開けてくれている。玄関の扉は施錠されているが。
ほのかがゆっくりと扉の前に立つと開く。まるで待ってたようなタイミングだ。
むすっとした表情だったり、無表情を作っている。多分作っているんだろう。
何故なら「来たのか」と呟く声には期待を感じさせ、温かい室内は暖め済み。
夏場なら冷やしてくれている。歓迎されていると思ってしまう。

「なっち、ほのか手が冷たい!今日風が強かったんだ。あっためて!」
「はぁ!?手袋して来い。出掛けに気付けよ、そんなこと。」
「出掛けは寒くなかったもん。あっためてってば。」
「今お茶淹れるから、居間で暖まっとけ。」
「その前に〜!」
「どうしろってんだよ!?」

ほのかは夏に飛びついて両頬を手で包んだ。察したのかどうか屈んでくれた。

「ホラ!冷たい!?」
「ああ、そうだな・・」

夏の頬に触れた手は温かだった。その手をどけるどころか、
夏は自分の大きな手でほのかの小さな手を覆い隠すようにして重ねた。
ほんの少し両手を両手で握られたような格好で、ほのかの胸がどきりと鳴る。
しかしゆっくりと手を頬から退かされた。緩慢な動作だから不快ではない。

「なっちの手、あったかい!」
「フン・・心が冷たいからな。」
「ひゃははっ・・ウソばっか!」
「嘘なもんか。」
「ウソだもん。」

ほのかが疑いの微塵も混ざらない笑顔でそう言うと夏は目を細めた。
何かを堪えるように眉間に僅かに皺が寄る。しかしすぐに無表情になった。
恥ずかしがりやの彼は素直な感情を隠す癖がある。ほのかは残念がる。
けれどすぐ気を取り直し、夏の腕にぶら下がって「お茶飲むー!」と甘えた。
そんなほのかにダメ出しも忘れて「ココアにするか?寒いんだろ?」
「わ、それもいいね!?」
「沸かすから待ってろ。」
「ウン!へへ・・」

嬉しくて頬を擦り付けると夏はようやく「やめろ」と小言を吐いた。
ちっともやめて欲しそうに無い、小さな声だったのでほのかはくすりと笑う。

「やっぱりこのなっちが好きだな。」
「は?何言ってんだ。」
「なっちがどんな顔しててもいいよ。ほのか知ってるから。」
「何のことだよ?」
「こっちの話。ふっふっ・・ほのかにはね、別の顔があるんだよ!?」
「へぇ・・確かにオマエは百面相だから一つや二つって話じゃないな。」
「おやっちみワカッてるね!そうなのだよ。秘密がたくさんあるの。」
「ふ〜ん・・オレは・・オレもあるって言ったら?」
「秘密にしておいていいよ。ほのか自分で見つけるからね。」
「・・・生意気。」

ほのかが背の高い夏を見上げてそういうと額が小突かれた。
痛がるほのかの額を乱暴に撫でる手に、自然と笑顔が零れた。

「お兄さん、今すごくいい顔してるよ!」
「黙れ。いつもえらそうに。」

ほのかは夏の撫でた手を掴むと握り締め、台所まで手を繋ぐと言い出す。
バカじゃねぇの?!と呆れながら握った手を離さない。また嬉しくなった。

いつか知らない顔を見つけるだろうか?怖いかな、知らない方がいいのかな。
だけどきっと好きでいるに違いない。もっと好きになるかもしれない・・・
ほのかはそう思った。何も言わずに目を反らした夏の今の顔はとてもいい。
忘れないようにしようと笑顔を今日も胸に仕舞った。大切な宝物のように。








うまく書いてあげられないけど、一番書きたい二人の日常。