「独占」 


ひらりと身を翻すといつものようにオレを見て笑う。
揺れる制服の裾から伸びる健康的な脚は素肌のまま。
少し距離を置いて見ると益々以前との差異を感じた。

その自分にしかわからないような微妙な差異に悦に入る。
ほんの少し伸びた背丈、丸みを帯びた上半身、そして何よりも
相変らず一見無防備そうな両の瞳が伝えてくる真直ぐな想いの波。
山奥に自然と湧き出す清水のように、静かに切々と染みこんでくる。
その流れを受け止め浸ってしまうと身動きが取れなくなってしまう。
切なくそして苦しい。それでいて体中がその支配に快感を覚えるのだ。
そんな悦びを隠し、密かに己の芯へと刻み付ける。忘れぬように。
本人が一番知らない美しさやしなやかさ、温かみと生きる力、その総てを。
何者にも触れさせることなくこの手で護りたいと。



「なっち・・最近目が悪くなったんじゃない?!」
「・・なってない。正常だ。」
「じゃあとうとう花粉症デビューしちゃったとか!?」
「ないな。」
「変だなぁ・・目を細めるとこ、よく見るんだけど。」
「・・オマエが日の射す方にたまたま居るからじゃねぇ?」
「え、そう!?」


納得のいかない顔で唇を尖らせる。それはほのかがよくする仕草だ。
口付けをせがむように見える。それを打ち消す条件反射でオレの眉間は狭まる。
顔を顰めたり、目を細めてしまうことを先のようにたまに指摘される度に
内心はかなり焦ってしまうのだが、演技力でなんとかそれらを誤魔化す。
ほのかは単純ですぐに気を反らし、他の関心事へと気持ちを向けてしまう。
仕向けているのはオレだというのに、その執着の薄さに苛立ちを感じたりもする。
オレのことをもっと気にしろとか、気紛れでオレのこと見つめるなと勝手に思う。

今更すぎて口にしないが、オマエが”今”オレの傍にいるのはどうしてなんだ?
まだ”イイ奴”だとか思ってるのか。アニキの身代わりでないとは言ってるが、
それはほんとうなのか。”ともだち”だとも昔は言っていた。今は違うんだろ?
オマエにとって都合のイイ男。ただそれだけなんじゃないのかと問い質したくなる。
できないくせに。離れて行かれるのを怖れて、好きだとも簡単には伝えられない。


「なっち・・まただよ。こーら、見えてる!?」
「あ、わるい。聞いてなかった。」
「ぼけっとして!らしくないね?」
「ちょっと考え事してたんだよ。」
「しょうがないなぁ。そういうときは見惚れてたとでも言いなよ。」
「・・オマエでもそういうこと言われたいのか?」
「でもってなに?ぼけっとしてほのかと居るのが詰まらないみたいでしょ?!」
「オマエは他の女みたいにお世辞とか好きじゃないと思ってんだが・・」
「?・・そりゃなっちのお世辞なんて期待してないけど?」
「けど、言われたくないわけでもないのかよ。」
「お世辞は欲しくないよ。っていうか・・なんか今日は絡むねぇ!?」
「フン・・別にちょっと気になっただけだ。」
「まあ大抵の女の子は甘い言葉が好きなもんなんだよ。嫌なのかい?」
「上辺だけで本心なんかどうでもいいみたいで、そういうのは好きじゃない。」
「つまり・・ほのかはそうじゃないから好きだと。」
「そんなこと言ってないぞ、こら。」
「違うの?」
「妙なことに頭廻るなぁ、バカのくせして。」
「バカって言うな。何か言いたいことでもあるの?こないだからじろじろ見てさ・・」
「オレが本気で見惚れてたとでも言いたいのか?そんなに見てない。気のせいだ。」
「なぁんだ・・ほのかに見惚れてるんなら嬉しいって思ったのに・・」
「・・嬉しいって・・もしほんとにそうだったらどうすんだよ・・?」
「えっ!?ホントに見惚れてたの?」

その声に二の句を継げず、変な間が空いた。ほのかが大きな目をさらに広げて丸くしている。
オレの拗ねたような言葉は空廻った。オレはなんて女々しいのか。探るようなことまでして。
正直に見惚れてたと言えなかっただけだってのに誤魔化してばっかりの卑怯者だと気が滅入る。
そのままだと自己嫌悪に浸りそうになったので、こっそりと息を整えるとほのかに言ってみた。


「オマエのこと見てた。・・別に悪くないだろ。」

随分間の空いたその宣言をほのかは確かに聞いたはずなのに、落ちた沈黙が耳に痛かった。
大きな目でじっと見ていた。それも昔からよくする仕草。見透かされているような視線だ。

「そりゃ・・悪くないよ?けど見惚れてたんじゃあないんだ?!」

不思議そうにほのかは首を傾げた。どう捉えていいのか迷っているように。

「考え事してたって言ったよね。ほのかのこと見ながら何考えてたの?」
「それは・・たいしたことじゃ・・」
「この辺りの寝ぐせが気になったとか?」
「そんなもんいつもと大して変わんねーし。」
「じゃあ、言いたくないけど・・ほのかが太ったとか思ってないよね?」
「はずれ。けどオマエの場合もう少し太れ。あちこち細すぎる。」
「ええっ!?ヤダっ!不許可。太りたくないよう!!なんでなの!?」
「こっちが聞きたい。どうして痩せてるのがいいと思うんだ?」
「なんでと言われても・・う〜んなんでだろうね?」
「オマエはダイエットとかするなよ。いつもみたいに美味そうに食ってりゃいい。」
「なっちの腕は今じゃプロ顔負けだもんね。そりゃ食べるよ。もったいない。」
「よし。オレは食わない女は嫌いだ。オマエはその点は合格だな。」
「なんの採点してんの?なっちったらえらそうだよ?!」
「ほっとけ。」
「わかった!なっちはほのかのこと誉めてるんだね!?ややこしいなぁ!」
「!?」
「素直じゃない誉め方だなぁ・・!でも嬉しいよ。ありがと、なっちv」
「う・・いや、礼を言われることじゃ・・」
「えへへ。なっちってさ、結構ほのかのこと誉めてくれるよね!?」
「え?・・いつオレが・・?」
「ちょっとわかりにくいけどさ。」
「いや待て。誉めてるか?!オレ・・」
「ウン。ほのかが好き勝手しても何をしてもなっちは怒らないでそうしてろって言うし。」
「それは誉めてるのと違うだろ?!」
「なんでもそのまんまのほのかでいいって言ってくれるじゃないか。すごく嬉しいよ!?」
「えと・・それは・・」
「誉められたみたいに嬉しいからおんなじことだよ。」
「オマエの・・そういうバカみたいなとこ・・」
「バカ!?またバカって言うー!ちょっと控えてよ、なっち!」

「・・嫌いじゃない。」
「・・・好きって言えないなっちが好きだよ。ぷぷ・・」
「んだと!?好きだとは言ってないだろ!?嫌いじゃないって言ったんだ!」
「おんなじじゃんか!?」
「おなじじゃねーよ!?」
「意地っ張り。」
「うるせえっ。」
「大好き。ほらたまには真似して言ってごらん?」
「言わねぇ。」
「ふへへ・・好き。好きです!なっち。なっちのこと愛してる!」
「・・そういうこと安売りすんな。バカみたいだぞ!?」
「またバカって言った〜!安くなんかないよ。なっちのは高いの?」
「ああ、オレのはめちゃめちゃ高いんだよ。」
「ははっ!そうかあ・・ほのかじゃ買えないね。」
「オマエは・・買う必要ないだろ。」
「・・どおして?」
「・・聞くのか!?・・嫌なヤツだな。」
「どおしてですか?なつくん?わかんないから教えて?」
「だっだから!そのまんまじゃねーか。買わなくていいんだよ!」
「そうだよね。いつももらってるもん。ただでv」
「オマエ・・っとにイイ性格だなっ!?」
「わあ!?また誉められちゃった。」
「今のは全く誉めてないぞ!」
「じゃあ・・ほのか買えないから、いつもみたいにちょうだい?」
「・・いつもだと!?いつオレが・・・待てよ、どうしろって?」
「なっちの”好き”をください。言葉じゃなくていいからさ。」
「・・・要らないとか言うなよ。」
「いるいる。ものすごく欲しいです。」

一番変わったな、と思うことはこういう部分かもしれないとオレは思った。
ほのかもオレも素直になった。いや、素直な本音がわかるようになったんだ。
知られたくない、と怖れていたのに。ほのかはなんなくオレから引き出した。
呆れるくらいの想いと、怖がりな心と、独り占めしたい欲なんかひっくるめて。
オレはもう何から何までほのかに独占されていて、ぐうの音も出ないと知ってるんだ。
悔しいから、抱きしめた後で、オレのだという印を隠れた場所に付けておいてやる。
オマエもオレを欲しがってくれと願いを込めて。息をするくらいオレを必要としてほしい。
そんくらいオマエがいないとダメだと気付いてもいい。それが事実で、真実なのだから。
唇が再びオレの名と『すき』という形を示すのを間近で確かめる。なんという幸福か!

「オレはちっとも足りない。やっぱオマエはもっと安売りしていいぞ。」
「・・・好きってこんなに言ってても足りないって!?よくばりさんだねぇ・・」
「オレにだけ言えよ。もったいないからな。」
「なっちにしか言っちゃダメ?」
「もったいないから誰にも言うな。オレのだから、全部。」
「やれやれ・・しょうがないですねぇ!?なつくんたら。」
「えらそうだぞ。たまには”なつさん”とでも言ってみろよ。」
「いやです。”なつさん”はね、お嫁になってからなの。」
「・・じゃあ早く嫁になれ。」
「ええ〜!?どうしようかなぁ!?」

嬉しそうに頬を染めて、オマエだって素直じゃない!そう言って頬を摘んだ。
独り占めしてるほのかのそんな顔をこれからも手離さないと固く誓う。
想いを込めて口付けを贈る。返品は受け付けないと釘を刺しておこう。








お久しぶりです!!ああ、やっとできた。何日かかったんだろう。初めてですよ、
大抵一日で書き上がる小説なのに。(短編に限りますが)かなり長期戦でした。
イベントが終わったら、またどかどかっと書いていきたいと思います。(^^)v