「どこまで?」 


両手で挟まれるって結構キツイものがある、と夏は眉を顰めた。
そのうえじっとしろとまで命令された。あまりにも乱暴じゃないか?
女に対してそんな態度は取ったことのない夏だがこれはイカンなと感じる。
ほのかの言うなりになっている身で考えるには少し外れた意見ではあった。

ふと気付くとほのかが至近距離で睨みつけていた。怒っているようだ。

「なっち、なんなのその態度・・」
「早く開放してくれると助かる。」

鼻の頭に皺まで寄せてむっとした風にほのかは夏をぽいと手放した。
まるで子供がこんなおもちゃには飽きたと放り投げたような様子だ。
がっくりしたが気を落とさずに夏はなるだけ冷静に尋ねた。

「なんだよ、言われた通りじっとしててやったのに。」
「ツマンナイ。ほのかがナニしたってなっちは感じないんだ!」
「どうしてまたそんなこと気になり出したんだ?」
「だって・・なっちがちっとも・・どきどきしてくれないと思って。」
「そんなこともないって・・確かめただろ?」
「それでもやっぱりほのかの方が困ってる!悔しい。」

キスの話である。突然ほのかがなんで夏はそんなに平然としているのかと言い出した。
そう見えるだけだと伝えて、胸に耳を当てさせてもほのかは納得してくれなかった。
そして突然「ほのかからする!」と宣告すると、夏の顔を両手で挟んだのが始まりだ。
で、夏は多少決まり悪そうではあったものの、抵抗なくされるがままだったのだが、
どうやらそれがお気に召さなかったらしい。夏は今なら困ってるぞと思いつつ溜息を漏らした。
拗ねて背を向けた小さな恋人を後ろからそっと抱き寄せる。ほのかはぴくりとしたが無抵抗だ。

「オレだって平気なわけねぇだろ・・なんでだ?急に怖くなったのか?」
「・・・ん・・ちょびっと。だけどそれはいいの。」

後ろから覗き込むようにほのかを窺うと赤い頬と下がった眉、尖らせた唇も見えた。
可愛くてつい頬に唇を当てるとイヤイヤと首を左右に振って仰け反られてしまった。

「なにがダメなのか教えてくれよ。」
「ダメじゃないよ、そうじゃなくて・・」
「そんな泣きそうになるほど、怖いか?」
「なっちが怖いんじゃないよ。なんだか・・止められなくてヤなの。」
「何を?止めたいっていうならオレはこれ以上は・・」
「うー・・違う違う・・もうイヤ説明できない!」
「わっ悪かった!泣くなよ、離す、ホラもうなんもしねぇから。」
「だからちがうってばぁ・・!!」

夏がほのかから身を剥がした途端、ほのかの方がしがみついた。夏は慌てて支える。
そうっと手をほのかの背に当てて撫でると、「これは大丈夫か?」と小声で尋ねた。
顔を伏せているが、ほのかは頷いたようで首が縦に揺れた。ほっとして撫で続けた。

「止めるなっていうなら止めないが、止められないってことは止めたいんだろ?」

今度は頷きはなかった。じっとして回答を待ったがほのかもわからないのかもしれない。
尋ね方もややこしかったなと苦笑交じりで夏も考えた。どうすればいいのかを。
何度目かわからなくなってきたほのかとのキス。その先を匂わせたのは他ならぬ夏だ。
だから怯えられたと思って夏は自制した。ほのかが怖いなら絶対無理はしない自信はあった。
というか、その自制が悪かったんだろうか?それはほのかに逆に気を遣わせたのか?
悩んでいるとほのかがゆっくりと首を持ち上げた。泣いているわけではなさそうだった。
しかし目を合せようとしない。いつも自信たっぷりのほのかが見せる気弱な部分だ。
その痛々しい姿に胸が痛む。さっきみたいに乱暴でもその方がずっといいなと夏は思った。

「・・なっちはさ、ほのかのこと誤解してるんだよ・・」
「誤解?なに言い出してんだ、オマエ・・」
「ほのか可愛くないとこもあるし、バカだしやきもち妬きだし、それに・・」
「別に今言ったのどれも嫌いになる要素ないんだが、それで?」
「甘い!なっちはほのかに甘すぎ!!ねぇもっと・・乱暴でもいいよ。」
「・・えっと・・それ・・」
「怖がらせてもいいよ。ほのかすごく・・やらしいの。なっちが呆れるくらいだよきっと。」
「そりゃ・・それも歓迎するけどな。そんなことで呆れるわけねぇし。」
「ウソだもん。ほのかがイヤがること絶対しないよ、なっちは・・」
「オマエこそオレを持ち上げてねぇ?そんな殊勝じゃないぞ、オレは。」
「あのね・・わかんなくなったの。ほのか自分に自信なくなって・・」
「どうかしたくて、できなくなったってことか?言ってみろ、どうしたかったのか。」
「なっちのこと護ってあげてなっちがよろこんでくれることいっぱいしたくて、それから・・」
「すげえ大サービスだな。」
「困った顔見たくなくて・・ねぇどうしてキスの続き止めるの?ほのかどうすればいい?!」
「じゃあ言ってやるよ。怖いって大声で言え。止めたいのかそうでないかわからないなら・・」
「・・わかんなくなったら?」
「わからんって怒ればいい。噛み付いたっていいし八つ当たりでもなんでもしろよ。」
「ほらまた甘やかす〜!ほのかがなっちを甘やかしたいのにできないよ、悔しいー!!」
「なんだ、そういうことか・・・ばっかだな・・」
「オマエだってめちゃめちゃ甘やかしてるって。手遅れなくらいだ。」
「・・うそ・・だぁ・・!」
「しょうがねぇな、オマエとオレって似てるかもな、そういうとこ。」
「・・なっちは・・なんで困ってたの?ほのか間違ってた・・?」
「好きで好きでたまんねぇなとか、可愛くて死にそうだなって思ってた。当たってたか?」
「・・・ええええっ・・・・ウソだもん。そんなの!」
「オレがそんなこと言ったら気持ち悪いって言うだろ、だから我慢してたんだ。」
「ほのかだってなっちが可愛いもん。好きだよっ!キスだけでさぁ・・死にそう・・になる」
「そんで困ってたのか、それは知らんかった。死なせねぇから。そんくらいで死なれたら困る。」
「うーもう・・・悔しい。くやしいいいいっ・・・!!!」
「オレもだ。悔しい。負けねぇぞ、そこは。」
「こんなに好きにさせるなんて悔しいよ・・バカぁ〜・・」
「うんバカだ。幸せすぎるバカだ。オマエもついでに幸せになれよバカ。」
「ウン・・キスして。それと続き・・」
「どこまで?」
「どこまでも。終わらないのがいい。」
「無茶振りだ。」
「いいの!」

ふふっとほのかがようやく笑った。涙が滲んでいたが、確かに嬉しそうに笑ったのだ。
夏も笑っていた。さっきから止められなくて締まりの無いだらしない顔をしたままだ。
一頻り二人で向かい合って笑った後、どちらからともなく目蓋を下ろした。

「名前、呼んでね。」
「口ふさがってるときは呼べねぇ。」
「そうでないとき!」
「了解・・」


「・・それからね?」
「まだあんのか、なんだ?」
「・・帰さないでよ、今日・・」
「やっぱアホだろ、オマエ。」
「なんでっ!?」
「終わらせるなっつったくせに。」
「ウン・・そうだよ。約束ね・・」







あれですね、ファーストインパクトってやつv(違)
こっから先は書くと裏行っちゃうのでここまで!
※3/24に裏に続きの「どこから?」をUPしました。