Dear my sister  


僕には妹が一人いる。名はほのか。

自慢じゃないが妹は僕のことがかなり好きだ。
珍しいことじゃないよね。僕も普通に妹が可愛い。
僕とほのかはみっつほど年が離れている。
小さな頃から「お兄ちゃん」と頼られたり甘えられた。
うざいときもあったけど、誇らしい気もしていた。
「お兄ちゃんが世界一カッコイイ!」とか、
「お嫁さんになってあげる!」なんて言われると
口では「やめろよ」なんて言っても内心とても嬉しい。
そうやって月日を重ねるうちに、いつのまにか
兄は妹を徐々に可愛く思うようになっていくんだろう。

その可愛い妹が友達とはいえ、他の男に奪われたら
やはり喜べないものだ。慕われた記憶が多ければそれだけ。
奪われたなんていうのは少し言いすぎかもしれない。
今だって妹は僕の顔を見れば嬉しそうに寄ってくるし、
「兄離れしなさい」と親に注意されるほど懐いている。
だけど、やっぱり妹は変わってきたようなんだ。

妹はもう高校生。随分と心配したけど成長してきた。
相変わらず童顔で少しばかり発育の遅い部分はともかく
兄であっても時折はっとするように大人びてきたんだ。
見た目だけでなく、その真直ぐで素直な眼差しが
家族以外の男に向けられるのは正直に言って寂しい。
仕方ないことなんだと、頭ではわかっているんだけどね。

「ほのか、おまえまた夏くんのところへ行くのか?」
「うん。なんで?」
「・・今日は僕も行っていいかな?」
「えっ!?・・いいけど・・何か用事?」
「僕だって夏くんとは友達なんだからいいだろ、別に。」
「お兄ちゃんは学校で毎日会ってるでしょ?!」
「そうだけど・・・」

この頃夏くんと二人きりで会うのは心配になってきた。
両親は心配性なわりに夏くんのことを信用してるけど、
ほのかだって年頃になってきたんだし・・・心配なのは当然だろ?
それに以前なら僕が一緒に遊びに行くって言ったらほのかは喜んだ。
ところがどうだい!?最近はまるでお邪魔みたいに顔を顰めるとは
勘繰るなって方がおかしい。まさかとは思うんだけどさぁ・・

「ほのかはいつまで夏くんの『世話係』でいるつもり?」
「目を離すとなっちはすぐさぼるからしょうがないんだよ。」
「ふーん?家事は自分でできてるって新島が言ってたぞ?」
「ほのかはなっちのともだちだもん。いいじゃないか。」
「夏くんは実の妹みたいに親身にしてくれるけど・・違うでしょ?」
「妹扱いなら心配いらないでしょ!なんなのこの頃・・」
「兄離れするって言うなら、夏くんも解放してあげるべきじゃない?」
「なっちは違うって言ったじゃないか!イヤだよ!なっちは・・・」
「ほのかの、なんだい?」
「う〜・・・知らない。やっぱりお兄ちゃんは来ちゃダメッ!」
「あっほのか!待てよ。」

ほのかは困惑して逃げるように出て行った。夏くんちに行くんだ。
学校でも僕は彼に尋ねたことが何度かある。だけど彼の返事も曖昧だ。
元からオープンな性格じゃないから、察するしかないんだけれど。
新島からも聞いている通り、二人は昔と特に変わった様子はないらしい。
だからこれは兄のカンみたいなものかな。変わったんじゃないかって。
ほのかだけの片思いなのかどうか、まだそのへんはよくわからない。
夏くんの片思いってこともあるしね。やはり気になってしまうわけで。
僕は妹の後を追った。妹がどんなに急いでも行く先は明確なので・・・
あっという間に追い越してしまった。・・足遅いな、ほのか。

僕に気付かないまま夏くんの家の扉を開ける。驚いたことに鍵を持ってる。
どうも妹は出入り自由らしいのだ。新島に聞いたときは耳を疑ったけど。
玄関で「お邪魔します!」と僕が大声を出したのでほのかはぎょっとした。

「お兄ちゃん!来ちゃったの!?」
「そんなに夏くんと二人きりになりたいのか?ほのか・・」
「う〜・・・」

ここは一つ、現況を見極めねばと僕は気を引き締めた。
やがて現われたこの家の主、つまり夏くんは不機嫌な顔で僕を睨んだ。

「・・兄妹揃って何の用だ。」
「たまには僕もまぜてくれないかと思って。お茶僕が淹れるからさ。」
「要らん。帰れ。」
「まぁまぁ・・君だってほのかと二人きりよりいいんじゃない?」
「・・なっちぃ・・ダメって言ったけどついてきちゃったんだ。」
「・・・・・」

情けない表情のほのかを一瞥した夏くんは黙って中へ僕を入れてくれた。
言った通りお茶を淹れて三人でお茶会だ。夏くんはお茶菓子を出してくれた。

「・・やあ、やっぱり君んちのって上等なお茶だねぇ!」
「飲んだら帰れ。」
「訊く事聞いたらね。・・お邪魔だった?」
「何度探りを入れても同じことだ。別に妹とはなんでもないと言ってる。」
「今のところは、じゃないの?」

僕の問い掛けに夏くんは動揺しなかった。「なんのことだ。」とだけ返事した。

「例えばさ、ほのかが今のままじゃいやだと君にお願いしたとしたらどう?」
「どう答えて欲しいんだ?」
「なんでそんなこと・・お兄ちゃんもうやめてよ!ほっといて!?」
「ほのかはちょっと待ってなさい。大事な話なんだ、兄同士のね。」

涙目になりかけているほのかを制して僕は夏くんの答えを待った。
妹を想う気持ちなら、亡くした妹さんを今も大事に想う彼ならわかってくれる。

「・・ほのかが望まないことはしない。」
「それって妹として?!そうじゃないって意味?!どっちなの。」
「どっちでも同じだ。」
「ふぅん・・あくまでもほのか次第だってことか。ずるいなぁ。」
「お兄ちゃんのばかあっ!キライっ!ほのかのこと無視するなぁっ!」
「ほのか!?」

泣き出したほのかは夏くんの背中に隠れてしまった。う、僕が悪者かい!?
そうかいそうかい・・なんて損なんだ、兄なんて!僕は悲しいよ。

「兄妹喧嘩にオレを巻き込むなよ・・ったく・・おい兼一!」
「!・・なんだい?」
「まだ早いんだよ!とっとと帰れ。妹はまだオマエ離れの最中だ!」
「え・・?そうなの!?」
「おまえが余計な心配するからほのかはこの頃悩んでたんだ。このバカ!」
「ほのか・・・そうか・・そうだったのかー!?なんか安心しちゃった!」

夏くんに隠れたまま恥ずかしがっているほのかに僕は微笑んだ。

「悪かったな、ほのか。僕はもう帰るからおまえもあまり遅くなるなよ。」

ほんの少し顔を覗かせたほのかは「ばいばい」と手を小さく振ってくれた。
拗ねた顔は子供の頃と同じ。いつまでたっても変わらないとなんだか嬉しかった。
夏くんに「ほのかをよろしく」と挨拶して僕は腰を上げた。
さすがに夏くんはほのかのことを良くみているんだなと感心しつつ帰る間際、
玄関でふと思い出して二人のいる居間へ戻った。するとドアの隙間から声が漏れていた。

「・・いい加減機嫌直せよ、泣くことないだろ。」
「う〜・・・っなっちもお兄ちゃんもキライっ!」
「ほんとにブラコンだな、おまえ。」
「なっちだって人のこと言えないでしょっ!?」
「うっせぇな。おれはとっくに卒業したんだよ。」
「じゃあ証明して!」
「証明だぁ?」
「そうだよ。」
「しょうがねぇな・・」


「ちょっ・・ちょっとちょっと!待って夏くん!待ちなさい、ほのかっ!」

僕は立ち聞きするつもりはなかった。だけどなんだかざわっと悪寒がした。
二人の会話がどうしても男女のソレに聞えてしまって・・飛び出してしまった。
大慌ての僕を当然二人が振り返って見た。その場面はやはり・・!?
二人は至近距離で向かい合っていて、ほのかの手は夏くんの胸辺りを掴んでいた。
まるで恋人に・・キスでも求めるような格好に・・見えたんだからしょうがない。

「お兄ちゃん・・忘れ物・?」
「何言ってんだ、おまえ。帰ったんじゃなかったのかよ。」
「えっ・・あれ?あの・・なに・・何しようとして・・たの?」
「何って・・別に何も?」
「なっちとお話してただけだよ。」
「そう・・なの?あ・ごめ・・勘違いしちゃ・・って。」

僕は気まずくておどおどしてしまった。情けなく再び暇を告げて逃げ帰った。
おかしいなぁ!?てっきりそんな雰囲気だと思ったのに。僕は恥ずかしかった。
親友と可愛い妹を疑ったりして!反省したから許してくれと心の中で詫びた。
考えてみれば、夏くんはほのかのことを大事にしてくれてるのは間違いない。
ほのかだって後ろ暗いようなことをするような子じゃない。信じてあげなきゃ!

ごめんね、僕の大事な妹よ。だけど兄なんてものは皆きっとそうなんだ。
いくつになっても「お兄ちゃん」と言って慕っていて欲しいんだよ。ずっとね。
今は未だでも、いずれはほのかだって誰かのお嫁になってしまうんだ、だから・・
いつもお兄ちゃんはほのかの幸せを願ってるって、そう伝えたかったのさ。
そういうことで・・・取り越し苦労に関しては大目に見てくれよ、なっ!?




「・・なっちぃ、お兄ちゃんは何を勘違いしたのかな?」
「・・知らん。けど許してやれよ、妹なら。」
「うん、そりゃ許すけど。なっちはお兄ちゃんじゃないよ、わかってる?」
「・・妹なんて思ったことないって言ってるだろ。」
「へへ・・ならヨシ。ねぇ・・」

ほのかが甘えるように夏の服を掴んで引っ張った。すると夏は
ほのかの頬に軽く唇を乗せる。慣れた様子で。そしてにこりと微笑むほのか。

「なっちぃ・・ダイスキだよ!」
「早く兄離れしてくれよ、待ってるから。」
「待ちきれなくなったら言ってね!?」
「あぁそうする・・・」

”兄も妹も・・呑気なとこがそっくりだぜ・・!”と、夏は思った。








なんか・・かわいそうですね、兼一!気付けよ!?っていうか、
夏とほのかはまだほっぺちゅー程度です。天然スルーしたんです。
兄ってのはいつまでも妹には清らかでいてほしいもんですよね・・