だいすきほーるど! 


「なっちー!すきありなのだ!だいすきほーるどっ!!」

 中学生とは思えない幼い外見と舌足らずな声でもって
座っていた背後から羽交い絞めされた夏は動じなかった。

 背後できっちりと忍び寄る気配を察知していたからだ。
それは武道で修行を積んでいることとはあまり関係ない。
誰にでもわかるであろう攻撃は子供のすることでもあり、
空振りさせる方が大人気ない所業と看做されたのだった。


「締め技じゃねえぞ、それは。で、なんだその掛け声?」
「”だいすきほーるど”!だよ、締め技じゃないもん。」
「ふ〜ん・・?」
「大好きなヒト限定のありがたい技なのだ。エッヘン!」
「へ〜え・・!」
「あれっ?効いてないのだね!?ほのかしょーっく!!」
「とにかく・・お前それ外では絶対にすんじゃねえぞ。」
「へっ!?なんでなんで?!」
「なんでもいいからするな。」
「なんでよ、わかんないよ!」
「な・ん・で・も・だっ!(怒)」

 ほのかは夏の首にぶら下がったままぶーぶー抗議し始める。
説明したくない夏は知らん顔をしてほのかを放置したのだが、
そうはさせるかと思ったほのかは夏の首にがぶりと噛み付いた。

「なっ!?お・おい、ほのか、やめろ!」
「ふむーーーっ!だんここうぎする〜!」

 以前も太腿に噛り付かれて弱った経験が夏に過ぎった。
ほのかのしつこさ、頑固さといったら感心するほどなのだ。
しかし兄の命令一つであっさり身を翻したことも思い出す。
夏には面白くない記憶だ。兄>夏 が明らかだったので。

 人目など気にしないほのかが、処構わず”だいすき”だなどと
言うだけにとどまらずくっついてくると想像しただけで怖ろしい。
だが幾ら言っても改めないことも学習済みの夏は別の手段に出る。

「なら勝負するか?!俺が勝ったら言うことをきけ。」
「乗った!受けて立つじょ!ほのか負けないもんね。」

 そんな経緯でオセロ盤を挟んだ夏とほのかの真剣勝負が開始した。
過去の戦績でいえばほのかの勝率が高いが、このところ努力を重ねた
夏の勝率もぐんぐんと上昇中。勝負の行方は予想を付け難い現状だ。

「なっちが勝ったら外で”だいすきほーるど”しない、でいいの?」
「ああ。そっちはどうする?」
「ほのかが勝ったらなっちに”だいすきほーるど”してもらうのだ。」
「なっ・・なんだと〜〜〜;」
「ちゃんと”だいすきほーるど”って宣言してだじょ!?ふふーっv」

 夏は気を引き締めた。元より負けないのが信条だが今回は特にだ。
ほのかがしてくる分には実のところそれほど問題はない。問題はやはり
外面を気にする夏にとってのイメージダウンを避けたいがためであった。
しかし、頭脳だけで勝敗は決定されない。勝負において絶対はないのだ。
そうして幾度も辛酸を嘗めてきた夏である。が、無情にも勝利の女神は

「やったあ!!ほのかの勝ちだーっ!」

 僅差でほのかに微笑んだ。夏は思わぬ結果にがっくりと肩を落とす。
一方ではしゃいでいたほのかが夏に近寄ると、ぽんぽんとその肩を叩いた。

「恥ずかしかったら”だいすき”宣言は省いてもいいじょ?」
「いいのか?なら・・」
「そのかわりちゅーしてねv」
「は・・?なんだと・・!?」
「どこでもゆるしてつかわす。」

 あどけない顔で悪魔のように囁くほのかに言葉を失くした夏である。
宣言しつつのホールドを選ぶべきか、莫迦を承知で口付けを追加するのか。
夏は窮地に立たされた。ホールドすること自体も恥ずかしいことなのだが。

 期待にわくわくしているほのかはいつもと変わりなく無邪気な顔で
夏の内心の葛藤を少しも理解していない。別にそれくらいいいじゃないか、
役得でいただいてしまえと悪魔の夏が囁くと、天使の夏が未だ相手は中坊だぞ?
後々困るようなことをしてはいかん、と諌める。果たしてどうするのが正しいか。
 
 何故か真剣に悩んでいるっぽい夏を眺めていたほのかは不思議そうに

「なっちぃ?ねえねえ、まだ!?”だいすきほーるど”してよう!?」

 せがんでくるほのかに胡乱な目付きで夏は呟いた。

「やっぱ外ではやめてくれよ、ほのか。今は言われた通りにするから。」
「うん・・そんなに嫌なの?ほのかしょっくかも・・」
「否・・つうかお前もそろそろこういうの恥ずかしくねえか?」
「ないよ。なっちがだいすきだもん。なにがいけないのさ!?」
「はぁ・・・もー知らん!来いっ、ほのか。」
「!?はぁーい!」

 嬉しそうにぴょんと跳ねたほのかが夏の傍へと駆け寄った。
その片手を掴んだ夏は、ひょいと腕を上げてほのかをくるんとターンさせた。

「おおっ!?スケートみたい!ダンスかな!?」

 感嘆するほのかの小さめの体躯を夏が後ろから抱え込む。がっちりと。
そのときおやっ!?と途惑ったのはほのかだ。思っていたのと違っていた。
首じゃなく体全部をホールドされたからだ。自分がチビなせいかなと思う。
けれど夏の顔が頬を掠めたときは胸が大げさなくらいドキッと鳴ったのだ。

”あっあれれ!?なんでかな!?だいすきほーるど・・だけど〜〜!”

 ほのかは予想に反して嬉しいより恥ずかしい。そして困ると感じた。

”やっぱりちゅーはいいって言ってあげよう!困ってたもんね、なっちも”

 ドキドキしてどういうわけか苦しいのでほのかは”ちゅー”を辞退すべく
夏の方へと振り向いた。ので・・・頬に触れるはずの唇がほのかのそこに


「「うわあああああああっ!!??」」

 二人分の悲鳴が響いた。当たったのは確かだった。各々の唇同士が。
飛び退いた夏とほのかはぽっかりと空いた間を置いて顔を見合わせた。
どちらも偶然の事故によって顔中を真っ赤に染め、口元を押さえていた。

「なっ・なんでこっち向くんだよ!?」 
「だってちゅーはいいよって言おうと思ったんだ・・もん!」
「もっと早く言えよ、そういうことは!」
「言おうとしたんだってば!・・ウ・・ぇえええ〜ん!!!」

 ほのかが泣き出したことに慌てて夏が空いていた間を詰めた。しかし 
子供のように泣くほのかのどこをどうすればいいか解らず手がさ迷った。

「わ、悪かった!事故だ。あんなの気にするな?な!?」
「やだああ!事故なんていやあ〜!もっとちゃんとしたのやりなおしてええ!」
「なっ!?嫌ってそっちかよ!?」

 結局・・・ほのかが泣き止むのを待ち”やりなおし”が強行された。
但し、頬にである。夏とほのかに微妙な齟齬はあったのだがそこは流した。
そしてそれ以来”だいすきほーるど”がどうなったかというと


「だいすきほーるど!なっちーすきすきvオマケのすきすきたっくる!!」
「また新技かよ!?・・・ったくそれも他の奴にするなよ、ほのか。」
「うん!なっちだけにするよー!?」
「よ・・よしよし・・まぁそれなら・・な。」
「おっなっちの新技ヨシヨシちゅーかい!?」
「そっ・そんなもの作った覚えはねえっ!!」



 余談であるが「人前でいちゃいちゃするな」と新白会長から通告があった。
谷本夏は当然反論したが無自覚な行動の数々を指摘され押し黙ったとか・・

「外ではんなようなことしてなかったはずなんだが・・」
「そうだよね?!してないよ、そんなには。たぶん・・」
「俺だってしてねえ。冗談じゃねえよ。」
「どうしてばれちゃったんだろうねえ?」
「さあな・・わからん。」


影で『天然ばかっぷる』の通り名を持っている二人はそれを未だ知らない。







紫羅さんのアイデアを拝借して私がお話にさせていただきました。
ちょっといつもと雰囲気変えてみたのですがどうでしょう・・?!
でも結局うちのなっちーはむっつr・・の感が否めません!(^^)