「Call me」 


なっつんはとても繊細。
いつもどこか寂しげ。
だから気になるし傍に居たい。
『なっつん』は私の付けた呼び名。
呼びやすくて気に入ってる。
でもなっつんは私の名を呼ばない。
『ほのか』だよ?と何度も教えたのに。
大抵は「おい」とか「オマエ」とか偉そう。
「ガキ」とか「チビ」も多い、失礼だ。
どうして名前で呼んでくれないんだろう。
聞けば兄のことは名前で呼んでるらしい。
なんだか悔しい。もしかして私だけ?


「ねぇなっつんは学校では何て呼ばれてるの?」
「・・どうでもいいだろ、そんなこと。」
「もしかして『なっつん』!?」
「んなわけねぇだろ。苗字だ。」
「ふぅん・・つまんないね?」
「つまんなくねぇ。」
「高校生って皆そうなの?やだなぁ、そんなの。」
「女同士は名前で呼んでんじゃねーか?」
「男の子同士は名前で呼ばないの?」
「さぁな。なんでそんなこと気にするんだよ。」
「苗字だとさぁ、あんまり仲良くない感じするじゃん。」
「知るか。」
「新白の人たちも苗字で呼んでたねぇ・・」
「普通だろ。」
「ほのかは?」
「オマエが何だよ?」
「こんなに仲良しなのにどうして?」
「誰と誰が!?」
「名前で呼ばない理由だよ。」
「別にいいだろうが。」
「どうしてか教えてよ。」
「・・・別に?必要ないから。」
「呼んで欲しいってば。」
「うっせぇな、わがまま言うな。」
「わがままなの?名前呼んで欲しいだけなのに。」
「嫌だね。」
「むぅ・・じゃあさ、一回だけ。一回呼んでみて?」
「しつこいぞ!」
「呼んで欲しいんだもん・・・」
「ぐ・・」
「なっつんが大好きなのはほのかだけでなっつんはほのかのことキライ?」
「・・キライだね、ごちゃごちゃうるせぇこと言うガキは。」
「・・・そうかい・・ごめんよ。」

なっつんは素直じゃないからきっと言えないんだ。
嫌なのに無理言って悪かったなと反省した。
けど嘘でも『キライ』だと言われたのが堪えた。
名前を呼んでもらえないくらいでどうして寂しいんだろう。
なっつんも深い理由なんてないのかもだし、私もそう。
元気なく黙り込んで膝を抱えていると居間は静かになった。
なっつんも私も黙ってしまうとなんだかここって静かだね。
なんだか落ち込んできてそのまま黙って大人しくした。
頭の中でどうして落ち込んでるんだろうなと考えながら。
二人一緒に居て初めてなくらい長い間、静かな時間が過ぎていった。

いつもならオヤツの時間だけど、なんだか食欲がない。
ふと気付くとなっつんが眉間に皺を寄せて私を見ていた。
大人しくしてたのに気に入らなかったんだろうか?
でもなんとなく口を利かずにただ見つめ返した。

「・・・食わないなら持って帰れよ、冷蔵庫のアレ。」

オヤツのことだとわかったので、私は首を縦に振って了解を示した。
不満そうな顔はしていないと思う、ちょっと元気が出ないだけで。
それでもいつもと違う様子に優しいなっつんは心配になったんだろう。

「オマエが食わないって・・具合でも悪いのか?」

今度は頭を左右に振って否定した。やっぱり心配したんだね。

「・・名前呼ばないからって拗ねてんのか?」

私はそうではないと伝えようとしてもう一度少し大きく首を振る。
心配イラナイという意味でにこりと笑ってみた。
それでもなっつんの表情は晴れるどころかどんどん曇っている。
怒らせたんだろうか?・・ちょっと落ち込んだだけなのに。
けれど口を開くきっかけが掴めなくて困ってしまった。

「・・さっきの『キライ』っての気にしてんのか?」

それほどでもないけど、落ち込みの原因の一端かもしれず、
返事の仕方に迷ってしまい、首を横に傾げた。

「オマエが静かだと・・調子狂う。悪かったから機嫌直せよ。」

なっつんは悪くも無いのに責任を感じて謝ってきた。
それでなんだか申し訳ない気持ちになったら何故だか込み上げた。
その滲んできそうなものを振り切る意味でも首を大げさに振った。
私は怒ってなんかないし、こんなことで謝ってくれなくていいのに・・
どうしてなっつんはこう優しくて、私に甘いんだろうか。
私も謝らないと、そう思うのに声が引っ込んで出てこない。
そんな自分が嫌で両膝に頭を擦り付けた。

心の中で「ごめんね」と呟く。
でもそんなのはダメだ、声に出さないと。
そう思うのにできなくてさっきより落ち込みそうだ。
この頃私はなんだかおかしい。
『嫌われたくない』なんて思ったこと無かったのに・・
優しいなっつんを困らせたりもしたくない、なのに・・

自己嫌悪と訳のわからない感情が押し寄せる。
そんな私の頭に触れたのはやっぱり優しいなっつんで、
やんわりと撫でる手が心地良くてとうとう涙が零れた。


「ほのか」


小さな声だったけど、確かにそう聞こえた。
驚いて顔を上げたらなっつんと目が合った。
そしたらふいと気まずそうに視線を外された。

「なっつん?」
「一回だけ、でもいんだろ?」
「あ、さっきの・・」

私が一回だけ呼んでとお願いしたから叶えてくれたんだ。
嬉しかった。小さな声だったけどちゃんとなっつんの声だった。

「ありがとう!なっつん」

私は笑いながらそう言った。嬉しくて涙も引っ込んだ。

「名前呼んだくらいで・・何がそんなに嬉しいんだよ?」
「嬉しいよ。なっつん」

なっつんの頬は紅いような気がした。恥ずかしかったのかな。

「へへ・・嬉しいなぁ」
「・・喜び過ぎだバカ。」
「だって嬉しいんだもん。なっつん大好き!」
「やっぱオカシイんじゃねぇのか、これくらいで・・」

そういうなっつんの顔はやっぱりさっきより紅くて

「なっつんこそ、なんで名前呼ぶのがそんなに恥ずかしいの?」
「うっせー!・・妹以外で女の名前なんぞ呼んだことねぇっての・・」
「えっホント!?ほのかってばなっつんの初めてさんなんだね!」
「ったく・・・もう呼ばねぇからな。」
「そんなケチなこと言わないでまたいつか呼んでよ、お願いなっつん!」
「・・・ふん、いつか気が向いたらな。」

なっつんは紅い顔をしたままそう言った。
急にお腹が空いたみたいでそう告げるとなっつんは呆れた。
いつものようにおしゃべりしながら食べたオヤツは美味しくて。
わがまま言ってゴメンと謝ったらなっつんは許してくれた。
なっつんは恥ずかしがり屋さんなんだよね。
でもまた呼んで欲しいなって思う。
なっつんの一言でこんなに落ち込んだり元気になったり、
私は不思議。なっつんは私に呼ばれるのキライ?って聞いたら・・

「・・もう慣れた。」
「じゃあ『夏』くんvとかは?」
「なっ!気色悪りぃからヤメロ!」
「じゃあやっぱりなっつんて呼ぶよ。」
「・・そうしろ。」

でもいつか名前で呼んで驚かせちゃおうかな。
そうだ、なっつんが忘れちゃうほどずーっと先がいい。
私も名前で呼んでもらうのはたまーにでいい。
あんなに大事そうに呼んでもらえるのならば。








私が落ち込み中なので、夏ほのに励ましてもらおうと何も考えずに書きました。
それで結果はというと、わりと元気出たかもしれません。ありがとう夏ほの!
原作ではまだ一度もほのかの名を呼んでくれていません。松江名先生の意図は!?
いつか原作で萌えな名前呼び展開を夢見る夏ほのマニアの管理人なのでしたー!(笑)