「チョコレート・バトル」 


「いいよなぁ!おまえはよう!」
「ちっ芸能人じぇねんだ、気取ってんなよ!」
「なぁちょっと女廻してくんね?」
「おこぼれにあやかりてぇなぁ・・」

谷本は板についたさわやかな笑顔の下で悪態を吐いた。
どいつもこいつも!努力も無しに僻んでんじぇねえよ!
オマエらにオレの苦労がわからないのと同じこった。

2月の行事といえば節分・・ではなく、現代日本ではアレである。
毎年恩恵を受けるものとそうでないものとの明暗がくっきり際立つ日。
谷本はというと、常に前者であり、同性のやっかみは慣れたものだが、
そうかといって歓迎する気には今年も到底なれるものではなかった。
学校を休めば家が狙われる。それ以外でも日が伸びるだけで選択肢は少ない。
学校で禁止したって言うことを聞くヤツなんかいねぇしな・・
水面下の方がむしろ手段を選ばぬ輩が増えて、たまったものではない。
当たり障りなく平等にやり過ごす他にないんだと何度も自分に言い聞かせる。

昼休みに達する”呼び出し”のピークは放課後までカーブを緩めることはない。
もう何件”お断り”を入れたやら、彼にとっては最早どうでもいいことだった。
あれだ・・なんであんな芝居で皆納得するかってぇと、酔ってんだな、自分に。
憧れの人に告白して振られる、優しい台詞付きで。そんなツアーなのだと思う。
他の真面目な告白を馬鹿にするつもりはないが、彼への場合はほぼその範疇だ。
学校では偽りの姿を晒して過ごしてきたのだ。自業自得、自縄自縛というもの。
あと少しで帰れる。がんばれ、夏。顔が引きつりそうでも、そう自分を励まして耐えた。
しかし帰宅は気を引き締めなければならない。ここでへまをすると長引くからだ。
最後の戦線を突破すれば、そこに平和が待っている、と言えないのが彼の辛いところだった。

へとへとになって自宅の前までたどり着いた谷本は、顔を思い切り天へと向けた。
最終にして最大の難関が待ち構えているのが見えたのだ。全くの予想通りであるのだが。

「あっ☆おかえり〜!待ってたよーっ!」

敵はにこやかに微笑み、人懐こく手を振った。谷本とは対照的な裏のない笑顔だ。
こっそり隠しているように見えるそれは・・間違いないんだろうなと覚悟した。
すっかりまな板の鯉のような気持ちで笑顔の少女、ほのかと自宅に入ったのだが、
今年は例年とは違って、ほのかは例のブツを彼の前に突き出そうとしなかった。
もったいぶってんなぁなどと思いつつ、要求するのも悔しいので谷本は知らん顔をした。
ところが、いつものお茶の時間になってもほのかは他愛ないおしゃべりしかしてこない。
この日の締めくくりとして毎年”トリ”(ラスト)を飾ってきたほのかなのにどういうことか。
本人がこの手のイベントに気付かないわけがない。寧ろ毎年意気込み荒く挑まれてきたのだ。
すべて食ってきてやったオレに今年はまさか・・スルーするつもりか!?どうなってんだ!

谷本は心中穏やかではいられなくなった。お世辞にも上手といえない過去の手作りの数々が甦る。
それらをことごとく平らげてきたのは、相手がほのかだったからだ。他は不可抗力以外受け取ってもいない。
ちなみに不可抗力とは無名の押し付けチョコで、彼は毎年それらを近隣の施設数件に送っている。

彼がほのかから初めてもらったのは、不名誉なことにブラコンなほのかの兄貴への大作のおこぼれだった。
今でもあの悔しさが忘れられない。色んな意味でほのかの兄に敵愾心を燃やしてしまった記憶がある。
しかし、ほのかはその当時は全く色気のない子供だったため、ことさら荒立てずに悔しさを胸にしまった。
その後兄貴のおこぼれというのは隠れ蓑で、自分に渡したかったのだと発覚し、大いに溜飲を下げた。
だがそれはたまたまそうとわかったのであって、谷本がほのかからわざわざ聞き出したわけではない。
元々素直ではない谷本である。今年はくれないのか?などと、とても尋ねることができなかった。

「今日のおやつってこれだけ?」
「・・・まぁな。」
「ふーん・・・」
「文句でもあるのか。」
「んーん。そうだ、ほのか友チョコあるけど、食べる?」
「友チョコ?」
「友達同士でチョコ交換すんの。あと部活内で分け合ったのもあるよ〜!」
「いらん。オレはもうチョコの香りすら嗅ぎたくない。」

ついうっかり拗ねたようなことを言った谷本に、ほのかがそうだろうという顔をした。
それが気に食わなかった。そう、彼がやたらに女子に人気があるのをほのかは知っている。
だからって、そんな長年連れ添った古女房みたいに開き直った態度ってどうなんだ。
すっかり気分を害した谷本は残りのお茶を飲み干すと、とっとと帰れと椅子から立ち上がった。

「待ってよ、まだ大事なことが残ってるでしょ!?」

一瞬期待した。だからその分ざっくりと傷ついた。ほのかは”オセロしよう”と言ったのだ。

「今日はそんな気分じゃねぇ!疲れてんだ!とっとと帰れよ!」
「ええ〜!?」とほのかは不満を露にした。なんだよ、毎年のあの押しの強さはどこいった!
そう、ここ数年間、ほのかから谷本に押し付けてきたのは事実だ。オセロ勝負も交えて。
食べて!と強固な意志を持って迫った。悲しい顔を見るのが嫌で、渋々の振りをして食った。
なんでだよ、昨日までそわそわしてただろ!?なんでもないと誤魔化したりしながら。
オレにじゃなかったのか!?オレ以外にあの悲惨なチョコを食ってやれるヤツが現れたというのか!?

「なっち・・怒ってるの!?なんで?」
「知るかっ!」

完全な八つ当たりだ。格好悪いにも程がある。そうわかるくらいの理性はまだあったようだ。
しかし思った以上にほのかに期待していた事実が彼を揺さぶった。怒りすら覚えるほどだ。
谷本の不機嫌にほのかは口をへの字に曲げた。可哀想だといつもなら思うところだが、できない。
ほのかは引っ張られるようにソファから立ち上がり、傍にあった鞄と紙袋を押し付けられた。

「ほら、忘れ物すんなよ。」
「これ、なっちのだよ。忘れ物じゃないよ・・」

ほのかは紙袋を谷本の目の前に差し出した。どうして今頃んなってだと彼は眉を顰めた。

「あのさ、ほのかが帰ってから開けてね?・・帰りに渡そうかと思ってたんだ。」
「・・なんでだよ?今年はオマエが作ったんじゃないのか?」
「ほのかお手製だよ。あの・・ちょびっと今年は見せるのが恥ずかしいからさ・・」

谷本は眉間の皺を深くした。あの爆発炎上したような物体が恥ずかしくないオマエが?

「気になるじゃねぇかよ、何で恥ずかしいんだ?」
「えへへ・・だから見るのは後でね。・・明日返事聞かせてね?」」
「返事?」
「あわわ・・えっとじゃっそうゆうことでっ!」
「おいっ!?待て。」
「あっダメっ!?ダメだよ、後でって言ったでしょーっ!!」

ほのかが逃げるように居間のドアに向きかけたとき、谷本は紙袋の中身を取り出した。
躊躇せずにその包みを解こうとするのが目に映り、ほのかは慌てて戻って留めようとした。
しかしあっという間に包みは開かれた。止まらず箱を開けようとする谷本に向かって、

「きゃあああっダメダメ!今開けちゃダメだったらーっ!!」
「!?!?」

ほのかは思い切り谷本の腕を掴んで引っ張ってみたが、徒労に終わってしまった。
しっかり開けられた中身を谷本は見てしまった。ほのかはかっと顔を赤く染めた。

「なっちのアホーっ!!」

真っ赤な顔でそう叫ぶと、ほのかは谷本から飛び退ってダッシュで帰ろうとドアに向かう。
だがしかし、悲しいかな素早い谷本に腕を捕らえられ、ドアの前で悲鳴を上げた。

「やだーっ!離してようっ!!」
「待てよ、返事がまだだろ!?」
「あっ明日!今度ねっ!?だから・・」
「そんな待てねぇよ。」
「ええええっ?!」


箱の中にはいつになくチョコレートだと一目でわかるものが入っていた。
ハートだというのもわかるあたり、今までで最高の出来栄えと言っていい。
ホワイトチョコのペンで書かれた文字は”ダイスキ”だが問題はそこではないらしい。
メッセージカードが添えられていて、そこに今回ほのかの”恥ずかしい”訳が在った。



 − このチョコを全部食べた人にはご褒美にほのかを全部あげちゃいます −



「あっあのねっ!?昨夜そのっ・・眠かったからね!?あれだよ、その勢いというか〜・・」
「ふーん・・勢いでね?」
「っ・それにラッピングしちゃったし、もう一回開けてそれ取り出そうとしたんだけど・・色々あって」
「色々ってなんだよ?」
「お父さんに見つかったり、友達に見つかりそうになったり・・あれこれで取り出す暇なくてさ・・」
「そんなのオレが帰ってくるのを待ってる時間があったんだろ?」
「代わりの包みがないもん。ほのかそんなに器用じゃないから包みなおす自信なかったし。」
「ああ・・だから帰る間際に押し付けるか、帰るとき置いておくかってなことを考えたんだな。」
「う・うう・・うん・・」
「オマエって嘘がヘタすぎだろ。」
「えっ!?嘘なんて吐いてないよっ!」
「本気で取り出そうと思ってたらオマエならしてる。言い訳すんなよ。」
「そっそんなほのかのこと何でもわかったように・・・」
「何でも、とは言わんがこれは冗談で聞いてんじゃないってことはわかるぜ?」
「えっ!?えっと・・その・・あの・・」
「だからさっさと返事しておく、ってか見てろよ!」
「へ・・?」

ほのかが意味を飲み込むより早く、谷本は手元のチョコをつまんでばくりと齧った。
ぽかんとしている間にみるみるチョコレートは噛み砕かれて跡形なく消えてしまった。

「全部食ったぜ。」

そう言われてようやく事の次第を飲み込んだほのかは、再び真っ赤っかになった。

「それでご褒美はいつごろもらえるんだ?」
「!!??しっしらないっよっ・・!!?」
「なんだよ、オマエから言い出しといて。」
「そっそのっ・・なんかやらしいこと考えた!?」
「大方、気付いたのってそこだろ?包んだ後にな。」
「だっだって!そういう意味じゃっ・・」
「アホ」
「どっどうせアホだよ!だけどっ・・」
「どっちみち全部もらうから。」
「はい!?」
「いつでもいいぜ。」
「・・それって・・返事?」

谷本はさっきまでの不機嫌とは打って変って上機嫌なのを隠さず頷いた。
ほのかはやっと落ち着いてきたのか、ふうと息を一つ吐くと、まだ赤い頬で答える。

「よっし!合格。ちゃんともらってねっ!」
「えっらそう!オレが真に受けたらってびびってたくせに。」
「そういうことは言わないのっ!」
「フン・・期待させられた分のお返しだ。」
「えっ!?」
「オレだから勘弁してやったんだぞ。」
「なっちのがえらそうじゃないか。・・勘弁しなくってもいいのに。」
「・・・んだと、コラ。」
「べーっだっ!!」


互いに意地を張って、掛け合いが始まった。そのうちに失言の応酬になる。
失言というのは本人たちにとってである。本音に近いもの、が客観的な意見だろう。

「なんだよ、いつもは図々しいくせしてたまにびびりやがって・・」
「なっちだって、たまにえらそうだし、怒りんぼだし、意地悪だしねっ!」
「うっせー!どうせそうだろうさ。どこがいんだ、オマエはっ!」
「全部だもん!嫌いなとこなんてないもんっ!!」
「・・だから!たまに可愛いこと言うんじぇねぇっ!!」
「可愛くなくていいもん。ほのかはアホで馬鹿でニブイんでしょっ!?」
「開き直ったな・・」
「ずるいんだから・・なっちだってほのかのことすきでしょ!?」
「わかってんなら聞くなっ!」


チョコレートの行き交うこの日は谷本にとって闘いだ。
しかし最後の最後には、勝利の女神が微笑むことを知っている。
だからその気難しい女神に付き合って、振り回されるのは仕方のないこと。
疲れたら甘いお仕置きでもご褒美でも、幸せな結果が待っている。









バレンタインに間に合いましたVv(^^)