B&S (Bitter&Sweet) 


「なっつんにチョコなんてもうあげないよっ!」

ほのかがむくれてそっぽを向いたってオレは悪くない。
ご機嫌取る必要もないし、怒られる筋合いもねぇんだ。
それでもオレはむかむかして落ち着けないでいた。
バレンタインの近い2月頭の頃の話だ。・・頭痛いぜ・・

2月の節分の頃からオレは気が重くなるのが習慣だ。
学校で「イイ子」してるツケが廻ってくるというか、
女どもは他にすることが無いのかと思うほどの力み方。
男たちの嫉みの視線だけは多少気分を和らげてくれる。
あくまで多少だ、それでオレの胃の重さまでは和らがない。
ほとんど全部は施設行きだし、食わないにしても面倒だ。
そのことだけでも結構気が重いのだが、一番悩ませてくれるのは・・
・・ほのかに間違いない。厄介な事この上なしだ。

ほのかと知り合った最初のバレンタインは兄キのお零れだった。
そのことにむっとしたのはまぁ、些細なことなのだが。
ホワイトデーのお返しまで要求されてうんざりもした。
その次はオレの家で作ると言い出した。チョコにまみれた。
外見も味も忘れられないものだ。思い出しただけで胸ヤケする。
その次は一緒に作らされて、胃薬の世話にはならずに済んだ。
毎年何を目指しているのかしらないが、ほのかはいつも真剣だった。

今年は言い出す前にオレから尋ねた。「今年どうすんだ?」と軽く。
ほのかは一瞬妙な顔を浮かべると、「なっつん、欲しいの?」と答えた。
「なんだ、作らないってんならそれでいいぞ。」
「!?・・・嬉しそうだね、ほっとしたっていうか・・」
「いや、別に。・・オマエもしかして他にやる男とか・・できたのか?」
「・・だったらどうなの?」
「見得はってんなよ?ホントはどうなんだよ、まさか・・」
「まさかって何。自分以外にありえないとでも言うつもり!?」
「そんなこと言わねぇよ!・・マジで誰かにやるのか?あ、兄キとかは別にしてだぞ。」
「お父さんとお母さんとお兄ちゃんは毎年あげるよ。決まりなんだもん。」
「あぁ、知ってる。」
「なっつんにも毎年あげてきたよね。」
「あ、まぁな。」
「だから今年ももらえると思ったわけだね?!」
「オマエさっきから何そんな怒ってんだ・・?」
「知らないよっ!もう・・なにさ、なっつんなんて。」

そして冒頭の台詞だ。一体何がほのかの気に触ったのかわからない。
帰るわけでもなく、膝を抱えてソファの上にうずくまってる格好だ。
どうやら拗ねているのは間違いないのだがどうするべきか。
チョコレートもプレゼントも欲しいと思ってたわけじゃない。
毎年こっちがボランティアめいた気持ちで食ってきたというのに。
理不尽だなと思うと余計にむかっとした。どうにも気分が良くない。

「おい、いじけてんなら帰れよ!鬱陶しい。」
「・・・・・・」

ほのかはオレの言葉にちらっと目だけこちらに向けた。
ご機嫌は益々良くないらしく、気のせいでなければ少し潤んで・・?
言葉に返事はなく、顔を抱えた膝に埋めてほのかは固まってしまった。
”オレが悪いってのか!? 一体全体オレが何したっていうんだ!!”
心の中でオレは叫んでいた。声には出さずに飲み込んで放っておいた。
するとしばらくして元気なく立ち上がると、ぽつりと呟きが聞えた。

「・・なっつんが要らないなら・・あげてもしょうがないよ・・」

言った途端顔をばっと上げると「ばいばい!」と叫んでほのかは出て行こうとした。
ドアを閉めるためにこちらを振り向くと、涙のいっぱいに溜まった瞳とぶつかった。

「なっつんのばかあっ!!」勢いよくドアが閉まった。
半ば呆然としていたらしいオレはその音で我に返り、ドアまで駆け寄った。
もう行ってしまったかと思ったが、ほのかはドアの向こうで涙を拭っていた。
ほっとしながら、オレはほのかに手を伸ばした。振りほどかれるとは思わずに。

「なっ!なんだよ、気になるだろ!?オレが悪いならそう言えよ!」

思った以上にダメージを受けたオレの台詞はなんだか負け惜しみのようだ。
ほのかはきっと睨むようにオレに視線を投げたが、すぐにその顔は悲しみに戻る。

「なっつんは何も悪くないよ・・ほのかが・・悲しいだけだも・・」
「だから、なんでか教えろよ!チョコレートごときで何だってんだ!?」
「チョコがどうとかじゃないよ!ほのか毎年一所懸命だったよ、なんでわかんないの!?」
「オマエが真剣に作ってたのは知ってるぞ。それがどうして・・」
「うっ・・いいよ、もお・・ほのかはどうせ・・なっつんの・・ひっく・・」

ほのかが悲しそうに顔を歪ませて泣き出すのを見ていたオレも泣けてきそうだった。
胸が痛い、なんでそんなに泣くことがあるんだ!?さっきまでいつものオマエだったのに。
わかってやれないことが悔しいのと、止められない涙がもどかしくて奥歯を噛んだ。
さっきみたいに振りほどかれたら、またダメージを食らうだろうと予想をしながら、
静かに俯いて泣いているほのかをそうっと抱きしめた。嫌がらずにそのままでいてくれた。

「・・なぁ、謝るから・・教えてくれ。」

振りほどかれなかったことにほっとして、オレは尋ねてみた。そっと小さな声で。

「・・告白して・・スルーされたら・・普通ショックだよ・・なっつんのおばか。」

ほのかが小さな声で教えてくれた答えに喉が詰まりそうになった。それは・・・
当たり前過ぎることでも気付きもしなかった。ほのかがそんな意味で作っていたことを。

「そ、そう・・そういう意味で作ってたって思わなかったんだよ・・」

オレはしどろもどろになって格好悪く言い訳した。他になんていえばいいか思いつかない。

「スルーしないで答えてくれるんなら、今年もガンバルよ。」
「!?」

ほのかがオレの背中に腕を廻して縋るように力を込めた。

「断りにくいな、この状況だと・・」
「告白前にもう断る気!?ヒドイ!!」
「や、そうじゃなくてだな・・んだよ、オレばっかニブイみたいに言うけどな!」
「何?ほのかも悪いって言う気!?」
「嬉しそうにしてたじゃねーか、去年もその前もオレとチョコ食って。」
「でも結局伝わってなかったんでしょ?!」
「どっどういう風になりたかったっていうんだ、これ以上!」
「・・・?」
「オマエの他にはもらったって食ってもいねぇし、こんだけオレを独占しておいてだな・・」
「なっつん・・」
「これ以上ないってくらいオマエに振り回されてんだぞ!?それを・・」
「・・・ゴメン・・」
「・・・だからその・・泣かなくてもいいだろ、ってことをだな・・?」
「ウン・・わかった。ほのか今年もガンバルよ!」
「お、おう・・なら・・食ってやる。」
「そうか、食べてくれてるよね、毎年。そういう意味じゃなくてもそれは嬉しいよ。」
「・・なら、もう怒るなよ、こんなことで。」
「へへ・・じゃあさ、今年は受け取って食べた後にさ・・おっけーならキスvしてよ。」
「はっ!?ナニ!!??いやっそれ・・・どこにだ・・?」
「ぷはっ・・どこでもいーよ。どこがいい?」
「どこって・・どこでもいいだと!?」
「そんなに焦んなくても。いいよ、どこだって。」
「・・か、考えとく・・」
「なんなら一箇所でなくてもオッケーだし。」
「・・・・ふーん・・・・」

オレはうっかりしていた。思わず素になって悩んでいたからだ。バカじゃないのか、オレ・・
そんなオレに微笑んで、ほのかがこっそりと耳元で囁いたから、更にバカみたいになった。

「あははっ!!なっつん、おっかしい!ナニそれ〜!?」
「うるせっこのっ!やっぱむかつく。このガキ!!」

ほのかが堪えきれないと腹を抱えて笑い出したのでまたむかついてきた。
いつの間にか解かれた腕でもう一度きつく抱きしめてやろうかと思った。
そしてさっきの囁きの通りにしたら、どうするんだろう、ほのかは。
やっぱりこの時期は頭が痛い。アレコレと悩ませられる季節だ。

「ねぇ、なんなら今そのときの”練習”しちゃう?」囁かれたのはそんな言葉。

練習にするか本番にするかは、オマエ次第だって、教えておくべきだよな?・・







バレンタイン用に甘いのを書いてみました。
中毒になればいいんですよ、ほのか以外受けつけないほどv