Be my baby  


「ほのか初めてはなっちがいい!」

「おおっ!!」

一拍おいて歓声が上がった。新白連合部室内においてである。
学校が早く終わったのでお迎えにやってきたほのかの発言に
拍手や口笛も添えて、連合の面々がその心意気を称えた。
宣言された相手と、ほのかの実の兄はその場にいなかった。
その二人が同席していれば、こんなに穏やかな雰囲気ではなかろう。
そもそもそんな話題が上ること自体が100%有り得ない話だ。

なっちこと谷本夏を探して部室へたどり着いたほのかを招き入れたのはキサラ。
椅子を勧めたのが松井、お茶を淹れたのは宇喜田、お菓子を出したのが武田である。
そしてそんな話を振ったのは、やはりというか、会長の新島であった。

「ときにほのかよ、もう初チューくらいは済んだのか?」

お天気の具合を尋ねるかのようなのんびりした口調だったが、一同は注目した。
そんなことは普通堂々と尋ねる内容ではなかったが、皆にも気になる話題だった。
なにせほのかのお相手の谷本は誰に対してもオープンな性格では決してない。
皆の前ではどちらかというと一匹狼を気取るごとく距離を置いている彼がだ。
ほのかの前でだけは違う。二人の雰囲気はやはりどうみても特別だと思えた。
『妹さんのように』扱ってると思い込んでいるほのかの兄の兼一以外のメンバーは
彼等の関係がいかようなものか、どんな過程なのかと少なからず興味を抱いていた。
なので誰もが、そんなこと訊いていいのかと顔を見合わせたのにも関わらず、
結局はほのかの答えに耳を澄ます、という結果になってしまったのだった。

「・・ほのか、そんなこと答える義務ないんだぞ?!」

だがさすがに気の毒に思ってそう窘めたのはキサラだった。
しかしほのかは微妙な雰囲気も気を遣った言葉も受け流し、

「まだだよ。」

と、あっさり答えてしまったのだ。新島以外はその答えにほっとしたようだった。
それはここで「した」とほのかが答えてたらどうしてたんだと冷や汗をかいたからだ。
しかしそんな彼等を全く無視するかのように新島の質問はさらに突っ込んだものになった。

「そうかそうか。で、ちょっとは迫ってやってるのか?あいつ晩生そうだからなぁ?」
「なんでだかちっともしてくれそうもない。」
「何か手を考えてやろうか?」
「ううん、いらない。自分でなんとかする。」
「ふんふん・・まぁがんばれよ。オマエ人生初だろ?」
「そうだよ。なっちは知らないけど。でもって・・・」

冒頭の台詞となったのだ。皆はこの成り行きにハラハラしていたため歓声が出た。
そこへ入ってきたのはほのかの兄、兼一と美羽だ。和やかな雰囲気におやっとなり、
皆に囲まれている妹を発見すると、「なんでこんなとこにいるんだほのか!?」と驚いた。
兄に飛びついてお帰りと告げた後、「なっちは?一緒じゃないの?」と咎めるように訊いた。

「夏くんなら帰ったよ。今日来るってちゃんと言ってたのか?」
「えっ!?せっかくお迎えに来たのに!なんで捕まえててくれないの!?」
「無茶言うなよ、お前が来てたことも知らないし。」
「んもう・・ほのか行くよ。あ、お茶ごちそうさまでしたっ!」

新白の面々にぺこりと頭を下げると、ほのかは兄を放って部室を出て行った。
「なんだい・・この頃兄より夏くん優先だなぁ・・」と兼一が不満そうにぼやいた。
「まぁまぁ、お茶でも飲んでいけよ。」と宇喜田や武田が兼一を労うように言った。
「?あ、ありがとう。・・なんで皆そんな同情的な目を向けてるのかな??」
「もう兄のお役御免だってことだろ。」とぼそりと誰かが呟いたが耳には届かなかった。


一方、皆にエールをもらったようで張り切ったほのかは夏を追いかけるべく走っていた。
帰ったばかりならきっと校門を目指して帰り道を行けば会えるはずだとペースを上げる。
しかし廊下の曲がり角で勢いよく向こう側からやってきた生徒とぶつかってしまった。
思い切り鼻をぶつけて「いたっ!」と叫んだが、はっと気付いてごめんなさいと頭を下げた。

「ほのか!なんでいるんだ?!」
「えっ!?あれま、なっち・・」

そこに居たのは驚いたことに谷本本人で、ほのかは喜んでその身にしがみついた。
もっと驚いている谷本はいきなり飛び出したことやらなにやらで疑問の嵐だった。

「ちょっ・・離せ。ここ学校だぞ。家じゃねーんだから!」
「なんでさ、会えて嬉しいのにー!!」
「オマエ学校は!?あ、今日早いって言ってたか・・」
「ウン!お迎えに来たのっ!嬉しい!?」
「う・嬉しいのはオマエだろ。とにかく落ち着け。」
「ぶつかるなんてスゴイね〜!?すぐ会いたいって思ったからかな!?」
「ハイハイ・・あっこの子ね、白浜の妹でね〜・・」
「ん?」

ほのかがしがみついていた体から顔を上げると数人の女子が谷本の前に集まっていた。
苦笑交じりに相手をしている夏を見て、ほのかはむっとしてさらにしがみついた。
「どうしたの?あ、お兄ちゃんがいないから探してたんだね。」
「迷子になってたの?良かったね、妹ちゃん。もう大丈夫よー!」

「違う!なっちに会いに来たのっ!!」
「えっ!!??」
「あっ今からこの子送り届けるから、またね!?心配いらないから。」

愛想良く女子たちを遠ざけた夏だったが、ほのかはずっと憮然としたまま引っ付いていた。
彼女らが立ち去った後、べーっと舌を出すほのかにコツンと拳骨が落ちてきた。

「コラ。いい加減離せ。」
「だってあの子たち・・感じ悪い。」
「ここは学校だから知り合いは居る。ってかなんなんだその警戒。」
「面白くないもん。なっちはおもてになるんですもんねーっ!」
「はぁ・・けどそんな態度取ってたら結局は近所の子と同じだぞ?」
「・・・そお・・かな?」
「そうだろ。」
「もしかして子供っぽすぎた?」
「だな。」
「そうか・・失敗した〜・・」

ほのかは心底がっかりした様子で夏から離れ、くすんと鼻をすすった。
つい勢いというか、やる気がみなぎってたのがいけなかったかとほのかは反省する。
そしてせっかく会えて嬉しい気持ちがもったいないなとキモチを切り替えることにした。

「ごめん、なっち。ちょっとほのか嬉しすぎたってことで。」
「ああ。・・帰るか?今日はクリームチーズアイスがあるぞ。」
「やたっ!?よっし続きは帰ってからにしよう。」
「続き?続きってなんだ?」
「ダメ。言えないの。」
「はぁ?」

気を取り直したほのかをぽかんと見ていた谷本だったが、わからないまま二人で歩き出した。
ほのかを腕に引っ付けて彼が校門を出るとき、宇喜田や武田たちと出会った。

「学校で会えたんだ!?良かったな、ほのか。」とキサラ。
「後輩く〜ん、がんばってねー。」と笑いながらの武田。
「あ、焦るなよ、ほのか。それとあんま無茶すんな。」と宇喜田。
「ありがとー!お茶とお菓子ありがとう、美味しかったよー!ばいばーい。」

そんなやり取りを目の当たりにして、谷本が不審そうな顔で眉根を寄せていた。
「ほのか、オマエ・・いつの話だ、今の。」
「今日さっきまで皆とお茶してたの。あ、お菓子ってちっさいのだよ。アイス食べるからね!」
「誰もそんな心配してねぇ。がんばれってなんだ!?オマエなんかしゃべったのか、オレのこと。」
「訊かれたことしかしゃべってないよ。」
「何訊かれたんだ!?」
「え、たいしたことじゃないよ。」
「気になるだろ、絶対なんか・・オマエ部室なんか入るなって言ったろ!?」
「だって・・早く着きすぎたら授業まだだよって言われて。どうぞって案内されたの。」
「新島はいたのか、いなかったらまだ・・」
「居たよ。」
「ナニ!?・・き、訊くのが怖くなってきたな;」
「訊かなきゃいいじゃん。」
「とにかく帰ってからだ。」
「ほのか答える義務とかないんだよ。」
「それ受け売りだな。ってことはそういう困ること訊かれたってことじゃねーか!」
「はぁ・・なっちって頭いいんだね?」
「オマエがアホ過ぎるんだよっ!」
「アホアホ言わないでよ。ほのかヘンなこと言ってないもん!」
「じゃあ一体オレはナニを”がんばれ”って言われのたか・・言え!」
「イヤっ!そんな命令みたいなのは断固拒否だじょ!」
「オヤツ抜くぞ!?」
「オセロで勝つからいいよ。」
「教えろよ、いい子だから・・」
「べーだ。お子様扱いする人には言えないっ!」
「口の減らんヤツめ・・・」
「なっちが真面目に相手してくれたら教えるよ。」
「真面目に?よしわかった。言ったこと忘れんなよ。」
「ほのかはいつでも真面目だもん。ウソ言わないよ。」
「よーし・・ちょっと怖い気はするが絶対訊いてやるからな。」
「ウン。でもってほのかのお願いも叶えてくれる?」
「お願い?・・わかった。それも叶えてやる。」

成り行きではあったが、夏がほのかの願いを叶えると言ったことに笑みが零れた。
今日こそは人生初体験できるかも!?と、ほのかは胸のうちにしまって歩いた。
失敗したっていいや、どうせダメ元だもん、とほのかは鷹揚に構えることにした。
なんとなくイヤな予感を抱きながら、夏は隣で嬉しそうなほのかを見て思った。

”しょうがねぇな・・皆になに焚き付けられたんだか・・”
”あいつらのおかげで手が出しにくいったらねぇってのに”
”とにかく・・ほのかが嬉しそうだから勘弁してやるか・・”

ふっとなにげなくほのかと目が合うと、にっこりと谷本に笑顔が送られた。
そんな笑顔を受け止める谷本の表情を見れば誰にでも彼のキモチなんてばれる。
今は周囲に誰もいないから、特別に甘い視線も追加されているのだ。
誰も尋ねる気にならないほどに公にするという手段も彼には残っている。
だがそれはまだ少し早い。まずはほのか自身に思い知らせるべきであるから。
皆の興味も詰まらない嫉妬もまるで無意味だとほのかが知れば全て解決する。
できる限りゆっくりと、しかしじっくり伝えたいという彼の贅沢な願いをほのかは知らない。
すべてはほのか次第なのだ。初めてどころか、何もかも。ほのかの願いは彼の願いでもある。








こんな攻防を何度でも繰り返してそうだ。結局初キスは・・いつだろね・・?(笑)