Beginner  


 気付かれたくない 知られたらおしまいだ
 伝えるなんて無理 でなきゃ始まらなくても
 絶対必要なんてない 無くても生きていける
 誰にも指図されない 考えてするんじゃない

 こんな苦しいこと 好むとかありえない
 一生に一度でたくさんじゃないかとおもう



「やあっ!おはよーっ!!今日もいい天気だねっ!?」
「・・・ああ・・一々強調すんな。語尾がうぜえよ。」
「ちみは低血圧なのかい?色白さんだから?あれ、違ったっけ?」
「血圧に問題ねえ。ってかそういうのも面倒くせえ。やめろ。」
「不機嫌じゃのう!朝っぱらからイカンヨちみ。ちゅーしたげよか?」
「すんな。もっと離れて歩け。」
「おう・・今朝は重症だ・・さてはちみ、夢見が悪かったね!?」
「・・・・・」


 朝っぱらからほのかの笑顔はマズイ。猛威を振るいやがる。
まず目をやられる。血圧異常を来したらどうしてくれんだと思う。
しかし送ってやると約束しちまったんだから果たさねばならない。
最近色気付いてきてあちこちの男がほのかを見てむかつくので
こういう早朝ってのはいい。人目が少なくて落ち着いていられる。

 そもそもほのかは男ってもんをちっともわかってねえのが良くねえ。
傍で見てねえと余計に負担になる。だから一緒にいるのは良いことだ。
ただ触ってくるのは駄目だ。あちこち当たっただけでもぞっとしてしまう。
無駄にでかい目でじっと見てくるのも心臓に良くない。とにかく体に障る。
こいつと知り合ったせいで俺は健康に自信を失くした。疲れやすくなった。

 その疲労感は別れた後にしばしば襲ってくる。不意に気付く寂しさには
愕然とした後戦慄する。忌々しくて憎らしくて腹が立ってくる。理不尽だ。
ほのかはちっともそんな苦痛を知らずにへらへらと笑ってやがる。畜生め。
かといって元気の無い様子を見せられても落ち着かなくなる。否、最悪だ。
なんとか元気を出させようと努力していることで自己嫌悪にも陥る。


「ほのかさあ、あんまりなっちの夢って見ないんだよねえ。」
「・・・現実にしょっちゅう会ってるからだろ。」
「でもさあ、ちょっとは出てきたっていいじゃん。出てきてよ!」
「知るかよ」
「なっちはほのかの夢見たりしない?」
「・・・見ねえよ。」
「そうかあ!つまんないの。ま、いっか〜!」
「・・・・”いいのかよ?つまんないのかどっちなんだよ!?”」


 実は朝も昼間も夢の中だろうが、ほのかは好き勝手に侵略侵攻してくる。
だがそんなこと絶対に言わない。なんで俺の夢は見ないんだ、俺だけかよ。
人をここまで心労でぼろぼろにしたうえにのうのうとしやがって許せん。
このバカで単純で図々しくて誰にでも愛想の良い奴に惑わされ続けなのだ。

 それに俺と違って素顔のまま人に愛されるほのかが、憎くて仕方ない。

 誰とどこにいても幸せそうに笑っているに違いないんだ。こいつは。
それでいいと思う自分もいる。幸せでいてほしいなら何故こんなに辛いのか。
俺のように顔を顰めずに同じ笑顔で接する誰かといたほうが、きっとほのかは
幸せなんだろうと思いながら、それを想像しただけで胸が張り裂けそうになる。
いっそ誰かのものになる前に俺のものにしてしまいたいと考えることさえある。
そんな我欲の塊である己に絶望する。一番ほのかに相応しくないと思えて。


「そうだ、なっちー!ほのか昨日の夕方なっちを見たのだ・・」
「昨日って・・お前部活で来れないって言ってたじゃねえか。」
「アイス食べて帰ろうって部の友達と寄り道したんだけどね。」
「ああ、あの辺か。俺も部に顔出して・・似たようなもんだ。」
「ほのかは4人だったけどさあ、なっちは・・デートかと思った・・」
「数人いたが途中別れて・・最後は2人だったかもしれんな。」
「ふ〜ん・・・やっぱりさあ、ほのかより大人?綺麗な子だったね?」
「はぁ?別に・・普通だろ。」
「普通ってなんだい。ほのかは普通じゃないとでも?!」
「お前ほどチビなくせに目立つ莫迦はそうそういねえ。」
「これこれ、夏さん・・あんまりじゃあありませんか?」
「・・・お前・・ひょっとして妬・」
「でも小さくても目立つのか。それって大きく見えるってことかな!?」
「そこに食いつくのかよ・・」

 突然にぱあっと目を輝かせるのはほのからしいのだが・・面白くない。
ちっとは俺に対してなんかその・・ないのかと疑ったじゃねえか。くそ!
とんだ道化を演じるところだった。多分俺は・・演じることさえ忘れて
ただの男に成り下がろうとしている。ほのかにだけ全てを曝け出したいのだ。

 子供だと思っていた。時折ふと見せる表情や言葉とのギャップにやられた。
内心どちらが子供かわからないと感じることだってある。侮れない所以だ。
普通は色気付く時期で、ほのかの周囲でもぼつぼつそういった話はあるらしい。
ほのかも告られたことがある。そのときの驚きと焦りは随分俺を消耗させた。
結局付き合い始めたりしなかったことで幾らか安堵したものの蟠りは残った。

 いっそ兄ならば、妹の将来を大っぴらに心配しても誰も咎めないだろう。
友人なら一緒に喜べばいいかもしれない。だが俺はこれっぽっちも嬉しくない。
ほのかだって誰だって子供のままでいられやしない。それなのに願ってしまう。
いつまでも俺をイラつかせるくらい無邪気なまんまのほのかであることを。
そうなのだ。俺が手を出せないのもそこなんだ。時を止めたい。今この時を。

 目の前で微笑んでいるほのかをこのままずっと俺だけが見ていられたら
 たとえこの先触れることができなかったとしても耐えられる気がする。


「ほのかね、最近あんまりチビなことが気にならなくなったんだ!」
「そうかよ」
「どうでもいいよね!?ちっちゃいことさ!」
「しゃれか?」
「あっ!あははっ!そうそう”ちっちゃい”!くふふふ・・!」
「ちっせえことにウケて幸せなこった。」
「うん、幸せだね!なっちのおかげだ。」
「なんで俺だ?!」
「なっちは口ではチビとかバカっていうけど・・ばかにしないもん。」
「ば・・っか」
「だからなんだかどうでも良く思えてきたんだよ。」

 ほのかがまた笑った。朝日に負けない眩しさで俺のことを眩ませる。
腹は立たない代わりに胸が痛い。痛くて裂けそうなのになんでだろう、
笑いたくなった。こみ上げるものは熱くて口から飛び出しそうになる。

 好きだなんて 言葉にしたら軽くて好きじゃないんだ なのに

「わわっ!?なっちの機嫌が治った!ねえ、その顔いいじょ!!」
「笑ってねえ。俺は断じて笑ってはいないぞ。」
「ええ〜・・笑ったよう!すごくいい顔だったのに。」
「うるせえよ、ばかめ。お前なんかちっとも・・可愛くねえし。」
「むかっ!可愛くなくても可愛いと思ってるでしょ!ちみってウソ吐きだからね!」
「おっ思ってねえ!そんなこと」
「ちっちっ・・ほのかはお見通しさ。ばかにしてないし可愛いと思っておるのさ!」
「俺のことをなんでお前がわかるんだ!」
「ちみはわかんないの?ほのかのこと。」
「お前のことなんか、わからねえことばかりだぜ!」
「なっちって子供。ほのかがなっちのこと大好きなこともわかんないの?」
「知らんっ!とっとと学校行け!俺は帰る。」
「あ、いつの間にか学校が見えたね。帰らないで自分の学校行きなよ?!」
「早く行け、遅刻するぞ。」
「まだ大丈夫さ。なっちこそ遅刻すんなよ〜!送ってくれてありがとねー!」
「・・・ああ・・」
「帰りはほのかがお迎えに行くからね!なっちー!・・愛してるよっ!?」
「アホウっ!!!」

 手を振ってスカートを翻してほのかは学校へと走って行った。そうだった、
未だ時間は早い。朝練があるというのでそもそも早朝に待ち合わせたのだから。
落ち着こう。俺にも時間はある。始業の頃にはいつもの俺に戻れているはずだ。


 中坊のガキに翻弄されて俺も莫迦だ。愛なんてほざくな、知りもしないで。
俺だって知らない。そんな言葉は必要じゃなかった。生きるだけで精一杯だった。
なんで俺かなんて・・ほのかでなければならないかなんて・・答えはあるのか?

 見送った後歩き出すと世界は普段のままだった。なのに俺だけが変化していた。
ほのかがいないのに寂しくないのだ。笑顔がいつまでも胸に残っていたから。

 気付かれたくないのはその前に伝えたいと思っていたのかもしれない。
伝えるより先にほのかから発していた想いに俺は気付いていただろうか。
絶対必要なんてものは無い。それでもただ生きているだけってわけでもない
誰に何をいわれようと、ほのかも俺も恋をする。いつかは誰かと落ちてしまう。

 こんな苦しいことなら好んでしたくない。 それでも選ぶのは自由だ。
一生に一度にしたいから慎重になったのか、それとも単に怖かっただけなのか。
わからない。わからないことだらけだ。それなのに早朝のように清々しい。


 恋なんて予定になかった 他人事で済ませておきたかったがそうもいかない。  
一人で落ちてやるよりも一緒がいい。この落とし前はつけてやるから待ってろ。      







夏君の無駄な抵抗と開き直り、って話。(^^)