Bandit 


 「でね、ほのかお料理が上手になったんだ!」

 来るなりわけのわからんことを言い出したほのかは
腕まくりで台所へ。毎度毎度唐突な奴なので困ったもんだ。

 「待てって!わからんがそれって夢でとかだろうが!?」
 「のんのん!お話。隼人の作った名作劇場でね、ほのかは」

 無敵超人と呼ばれる達人中の達人を呼び捨てにして
ほのかはその大物の創作したとする作中の登場人物となり、
魔法で料理が得意になったそうだ。つまり完全なる妄想だ。

 バカだと知っていたがここまでとは。俺は言葉もない。
会うなりお茶出せだの、ご飯作ってやるだのも驚いたものだが
ほのかの傍若無人振りときたら達人クラスと言って良いだろう。
俺は山賊に出くわした方がまだ簡単だったと思わずにおれない。
小憎らしい小娘は俺を侵食するつもりに違いない。否事実そうだ。

 俺の生活はほのかの登場によって一変させられたのだから。

 「もしかしたら上達してるかもしれないじゃないか。」
 「んなことあるわけないだろ!?いい加減にしろよ!」

 どんなに言ったところでほのかは悪びれもせず突き進むのみ。
猪・・小さいのでウリ坊か?食ったら美味そうな感じも似てる。

 違う違う!うっかり乗せられるところだった。我に返って
ほのかを後ろから両手で捕捉する。相変わらずやらかくて・・参る。

 抵抗はしているようだがちっとも効かない。力の無さは弱さのはず。
なのにこのやわやわな体をしたウリ坊、もといほのかはうっかりすると
噛み付くし蹴りも入る。ちみっこいクセして身体能力は高いらしいのだ。
そこそこな反撃も侮らないようにかわし、台所から排除し、居間へ連行。
強行に対する抗議は聞き流し、作り置いて幸いしたオヤツで窘める。

 「うあ!おいしそーなのだ!!これなぁに!?」
 「俺様の新レシピだ。味わって食って感想を頼む。」
 「う〜む・・ほのかちゃんのおかげでホント腕を上げたねえ!?」

 大きな目をまんまるにしてほっぺを膨らませてこれはリスみたいだ。
小さな口を大きく開け、銀のスプーンですくって一口。この顔が見もの。
美味しいのは間違いない。俺が作ったんだから。それよりも反応だ。
しかし今回も上々でほのかの顔が蕩ける。炙ったチーズのごとくに。

 ”しっかし・・うまそうな顔しやがるぜ!この料理人殺しめ!!”

 ほのかの満足気な表情に絆されてマジで料理の腕は上がっていく。
おかしい。こんなはずではなかった。何故俺が?!とは思うのだが
人生において全く必要性がないとも言えないスキルだ。勘弁しとこう。
コンビ二弁当を食い飽きていたことも理由の一つだ。ほのかの手柄だけと
言いたくない。多分・・俺は元からやれば手先は器用なほうなんでね!?

 「なっちぃ〜!超とれびあ〜んなのだじょ〜〜!?花丸あげる!」
 「む、そうか。そりゃよかったぜ。ソースちゃんとかけたのか?」
 「うん、最初はナシで一口。後でチョコソースかけて食べたの。」
 「そうそう、わかってんじゃねえか。」
 「そしたら何度も交代で美味しいと美味しいがまるで波のように・・!」
 「いっぱしのグルメレポーター気取りで・・まぁ悪くはねえな。」
 「もしかしてお店でも出そうと思っているの?谷本こんつぇるんでさ。」
 「俺がシェフの店なんざ出すか!ボケ。てめえの・・」
 「おお・・ほのかだけのシェフってこと!?すごーい!!」
 「いっいやそうは言って・・な・・く・・もなくない・・ような・・;」

 狼狽してしまうとかどうしたっていうんだ谷本夏。俺様ともあろう者が。
しかしすっかり笑顔を浮かべてほのかが俺にオーナーにでもなったかのごとく
肩にぽんぽんと手を乗せて言うのだ。こいつはどこまでえらそうなのか!?

 「そうかそうか!これからもほのかのためにがんばってくれたまえよ!」
 「・・・お前のがよっぽど社長って感じがするのはどういうことかな?」
 「なっちって社長さんって感じないよね!?ほのかがなってあげようか?」
 「俺んち丸ごと乗っ取る気かよ。」
 「え?ううん、要らない。なっちの代行ってやつ?ならしてあげるよ。」
 「・・後になって悔やんでもやらんぞ。」
 「なっちだってたいして欲しくないっぽいじゃん。違う?」

 やられた。こいつってどこまでわかってやがるんだ?!偶に怖ろしくなる。
隠すのは得意だ。普段ならこんなことは無いのにほのかだけに俺は油断する。
しかしここでしまったという顔は当然だがしない。ほのかもどこまでわかって
口に出しているか怪しい。俺が仕事を好んでやってないとだけ察知したのかも。
真意はともあれ、俺は知らぬ顔でほのかに釘を刺しておく。


 「谷本の財産はお前にはやらん。その方が身のため・・でもあるんだぜ。」
 「いいよ〜!ほのかがほしいのはなっちだもん。ほかは好きにしたまえ。」
 「それって俺が一文無しになっても同じだって言うつもりか?」
 「そんときは一緒になんか始めよう!そだ、お店出せば!?美味しい店!」
 「ぷっ・・それってお前が食いたいだけじゃねえのか!?」
 「ほのかだけが独り占めしたいとこなんだけど寛容でしょ!?ほのかって。」
 「覚えておくぞ。いいんだな?」
 「らじゃっ!なっちーもね、ホントに欲しいものは遠慮しちゃいかんよ?」
 「・・・・ほんとうにほしいもの・・か。」
 「そうそう、ちゃんと言わないとあげないよ!?」
 「・・ん?なにを・」
 「ほのかちゃんを!だじょ〜ん!?」

 実に堂々と、諸手を広げてほのかは言った。本当に欲しいものがお前って・・
こうも自信たっぷりに告げられると感心する。こいつってどういうんだろう?
うまく言葉が見つからない。だがしてやられたこの感じ。敗北感に似ている。

 それでいて甘く全身を奮わせる。これは罠だろうか。騙されているのか。
手に入れたいと思ってることをどうして見抜いた?俺は絶対ばらしていない。

 「どしたのさ?黙っちゃって。ん?」
 「別に・・お前って幸せな奴だな。」
 「そうだよ、ちみもほしけりゃどうぞ!?」
 「お前をもらったらもれなく・・っての?」
 「わかってるじゃないか!そうさ。幸せもあげちゃおう!遠慮するでないぞ。」

 堪えきれずに口元を歪ませると嬉しそうに笑い返すほのか。眩しい笑顔だ。
お日様みたいな。そうか、幸せはお前が。なら俺は?何をやれるだろう・・・
己の拳を見詰める。谷本の財など取るに足らない。俺がほんとうにほしいものが
お前だというのなら、俺はどうすればそれを手にする資格を得られるのか。

 「なっち!それより一緒に食べようよ、なっちの分は?」
 「俺の?ねえよ、味見はしたからいらん。」
 「なんと!ダメじゃないか、一緒に食べたらもーっと美味しいのだぞ!?」
 
 ほのかはめっ!と小さな子にするように俺を咎め、しょうがないと肩を竦めた。
そうして自分の皿に戻ると銀の匙で一すくい。それを俺にハイと差し出した。

 「・・俺にそれ食えってのか?」
 「ほのかちゃんのお奨めが食べれないとでもいうのかね、ちみ!」
 「俺が作ったんだっての。スプーンよこせ、これだと・・」
 「恥ずかしがらなくても誰も見てないじょ。ハイ、あ〜んして?」
 「ばっかやろ・・!」

 頬も胸も熱い。バカだ、こいつは。バカだ、俺も。こんなつまらないことで
もう幸せになってる。お手軽過ぎるっての。アホらしくて呆れるってもんだ。

 ほのかの腕を掴んで引っ張り、ほのかの口へと持っていった。驚きつつ口を開け、
その口に放り込む。匙を引き抜くとごくんと飲み込んだ。するとまたも笑顔になる。

 「おーいしー!なっちも食べなよ〜!?一緒がいいのにー!」
 「うるせー!次からはそうする。これはお前のだから食ってしまえ。」
 「そりゃ食べてあげるけどさ。あ・ほのかとチューする?香りだけ味わうとか。」
 「・・・それも早えよ。」

 ちっともわかっていない顔でほのかが首を傾げる。聡いくせに鈍い。
いつかお前が俺にくれるんだろう?だから大事に取っておくんだ。それもこれも
どれもが俺を喜ばせる以外にない。贈られるのは時間なんだろ?お前と俺の。
そこには幸せが満ち溢れ、子供のような顔をしたままのお前の姿が目に浮かぶ。
その場所に俺も行けるなら、そのためにどんな努力も惜しまない。そう誓う。

 「まぁ・・よろしく頼んだぜ。ほのか」
 「頼まれたじょ!ほのかにおまかせ!」
 「男前だな、お前って。」
 「うむ、見習うといいのだ。えっへん!」
 「お前ならどこの社長でも務まりそうだ。」
 「なっちがいるとこならどこでもオッケーさ!」

 しまった。今でも俺は・・結構・・充たされてる。ほのかによって。
マズイぞ、これじゃあ将来は何もかもほのかに持っていかれそうじゃねえか。

 ”盗むのなら・・とことん盗んでいけ。俺はもう・・お前のものだよ!”

 「あ、そうだ!ほのかのお料理!!お礼のためにも作らねば。」
 「!?お前・・思い出すなよ、やっと忘れたかと思ったのに。」
 「忘れないじょ。ほのか上手になってなっちを太らせるんだ!」
 「太らせて食うとか言うんじゃねえだろうな・・?」
 「なっちあんまり美味しそうじゃないから・・困ったのだ!?」


 ”美味そうなのはお前だからな。丸ごと食ってやるぜ!待ってろよ!”







”Bandit”は山賊とか盗人とかいう意味ですv