BABY LOVE



オレは嫌な予感がしたんだ。それはほぼ的中するという確信もあった。
遊びに行った先で、行きずりの親子とほのかはすぐに打ち解けた。
ドッグショーなんて普通は親子で来るものだよな、とわかっていた。
しかし保護者であることに違いはないとオレも諦めて付き合ったのだ。
きゃいきゃいとはしゃぐほのかとその横の赤ん坊。似たようなもんだ。
その赤ん坊が人懐っこくて、ほのかはすっかり気に入ったようだった。
ほのかは赤ん坊と一緒になってショーを楽しんだ。どちらも上機嫌だった。
気に入られたのか別れ際に赤ん坊が泣いた。つられてほのかも泣きべそになった。
やっぱりコイツも赤ん坊と大差ないなとそのときオレは思ったものだ。
しかし嫌な予感というのはその親子との別れではなかったのだ。
帰宅していつものようにオレんちのソファでお茶をすすっていたときだった。

「はあ〜!それにしてもあの子可愛かったねえ!?」
「・・・そうか?・・普通だろ。」
「ええっ!?めったにない可愛さだったじゃないか!?」
「波長が合うだけだろ、同じようなもんだから・・」
「どういう意味さ。あーあんな赤ちゃんが欲しいよね、なっつん!?」

オレは口に含んでいた紅茶をもう少しで噴出すところだった。
やっとの思いで飲み込んだが、胸に痞えて咳が出てしまった。

「おや大丈夫?!・・ほのかね、最低2人は欲しいんだ。」

「ちょっ・・ちょっと待て!なんの話してるんだ!?」
「なんのって、赤ちゃん。欲しいって話だよ?ほのかとなっつ・・」
「わああああっ!!やっ・・止めろ、それ以上言うなっ!!」
「どうしたの?もしかしてなっつんって子供嫌いなの?」
「きっ嫌いとかそういう問題じゃねえっ!!オマエ何考えてんだよ!?」
「おかしい?だっていいじゃない、希望なんだからどんな風に思っても。」
「そっそっ・・しかし・・オマエなんかまだ赤ん坊と大差ないってのに。」
「あのねぇ・・もうほのか赤ちゃん産めるよ!?失礼にも程があるよ。」
「だっだから・・そういうこと・・なんでオレに振るんだ・・?」
「相談しないとさ、一人では出来ないことくらいほのか知ってるし?」

けろっとした顔で言うほのかにオレは眩暈が襲ってきた。第一オレたちはそんな・・
そう、そんな関係ではないのだ。断じて違う。オレは何にもしていないんだから。
いやそうじゃなく・・・落ち着こう。オレはちょっと動揺し過ぎな気もしてきた。
もしかしたら女ってのはこんなに早いうちから将来についてあれこれ思うものなのか?
その辺はさっぱりわからないが、赤ん坊みたいなこの・・ほのかが母親に・・?
・・・ダメだ、想像できん。おまけに嫌な汗が出てきた。なんだこれは・・・

「ねぇねぇ、なっつん子供嫌いなの?ほのかは欲しいよ、お願いだよ!」
「おっお願いとかするな!そんなことまだ・・早いだろ!?いくらなんでも!?」
「そりゃすぐになんて思ってないよ。でもさ、意見が違ってたらダメじゃないか。」
「やっ・・だからどうして当然のような顔してオレに聞くんだよ、そんなこと!」
「?・・だってお父さんになる人だから?」
「おっ!!??」

呼吸がおかしい。・・一瞬ブラックアウトしそうになったぜ。はは・・
誰と誰がどうだって・・?おいおいおいおい・・・・ちょっと待て。待ってくれ!
いきなりそれはないだろう!?オレはまだそんなことこれっぽっちも考えてないぞ。

「きっとなっつんとほのかの赤ちゃんは世界一可愛いに決まってるよ。ねっ!?」

「は・はは・・・」

突然突きつけられた死刑宣告みたいだ・・(その方がまだマシなんじゃないのか?)
闘ってどうこうできることじゃない分、地獄の入り口を見た気がするぜ。
どうすれば・・いやどう答えればいいのかすらも皆目見当がつかん。
オレが顔面どころか全身を硬直させて嫌な汗と動悸と眩暈などと闘っている間、
ほのかはご機嫌でお茶と菓子をほおばっていた。なんでそんなに落ち着いてるんだ。
腹立たしいというか、理不尽なものを感じてむかむかしていると、

「ほのか早く赤ちゃん欲しいから、卒業したらすぐお嫁に来るねっ!」

とまた爆弾宣言しやがった・・!もう・・どうすればいいのか・・

「・・・そ、そんなに急ぐな。オレはまだそんな・・・つもりはないからな!」
「えー!?やっぱり子供好きじゃないの?!意外だなあ・・」
「意外だと!?このオレが子供好きに見えるってのか!?」
「だって、すごく優しいし、遊んでくれるし、面倒見いいし。」
「それはオマエに手が掛かるからだろうが。」
「それじゃまるでほのかがなっつんの赤ちゃんみたいじゃないか!」
「・・・・・」

こんな手の掛かる奴の面倒を日頃見てるんだから、子供がいるようなもんだ。
オレは改めてそのときそう思った。なのにこの上赤ん坊の面倒なんてとんでもない。

「そう、オマエに手が掛かりすぎるから当分無理!」
「・・・ほのかってそんなに子ども?・・なんか・・納得できないんだけど。」
「第一子供が欲しいって意味わかってんのかよ!?」
「赤ちゃんの作り方くらい学校で習うじゃないか。知ってるよ!」
「・・・他の奴に教わろうとか思うなよ?なんか不安になってきた。」
「お母さんだったらいい?他は恥ずかしいから聞いたりするのはさすがに無理かも。」
「そうか。ふーっ・・どうしてこんなことまで心配しなきゃならないんだ・・」
「なっつんって心配症なんだよね。お父さんになったらタイヘンかも。」
「どういう意味だ?」
「女の子だったらお嫁にやらないとか言いそう!ぷぷ・・」
「・・・そうだな・・・産むなら男にしとけ。」
「そんなのわかんないじゃないか!?あははっ!なっつんオカシイ・・」
「あーもー子供のくせして子供産むとか言ってんじゃねぇよ、全く!」
「ほのか産んでいいんだね!?よかったよかった。」
「人の話を聞いてるか!?まだそんなことは早いとさっきから言ってんだ!!」
「当分先かぁ・・つまんないの。」
「オマエは絶対色んなことをわかってない!むかつくっ!!」
「なっつんそんなこというけどさ、なっつんだって作ったことないでしょ!?」
「なっ・・・なん・・だと・・?」
「まだ子供いないでしょ!?偉そうに言うけどほのかと一緒じゃないか。」
「あ・・あのな・・・」
「やだね、偉そうに。言っとくけど産むのはタイヘンなんだよ!?女の方が偉いんだから。」
「・・・・・・おい・・」
「ちゃんとわかってる?!なっつんてば。」
「おっ・・オマエ・・なあ・・!」

オレはぶちきれそうだった。なんでこんな・・こんなこんなガキに・・

「怒るぞっ!遊びに行く相談してんじゃねーんだ!お気楽なことばっか言いやがって!!」

珍しくマジで怒ったのでほのかは少し目を丸くしていた。そしてすぐ素直に頭を下げた。

「ごめんなさい・・でもほのか・・ふざけてないよ!真面目だよ?」
「・・・・さっきも言っただろ・・・まだ・・・早いって。」
「ウン・・そうかあ・・」
「オマエのことバカにしてるんでもないから・・・」
「わかった、ほのかもうちょっと我慢する。そだっ、ほのかに手が掛からなくなったらいい?」
「・・・そりゃ・・だから当分無理だっていうんだ。」
「えぇ〜!?ほのかってそんなに子供みたいなのかぁ・・」
「や、だからその・・当分はオマエだけ・・手間掛けさせろ・・って・・」
「?!」

あれ、オレ今なんか・・うっかりとマズイこと口走った・・か?
ほのかがさっきよりも驚いた顔をしていて、顔が・・急に赤く火照った気がした。
少しおろおろと視線を泳がせた後、ほのかは小さく「・・ウン・・わかった。」と言った。
そして嬉しそうに身を摺り寄せ「えへへ・・なっつん、頭ナデナデして?」と甘えた。
オレはというと、クセみたいになっているその髪を撫でる所作を自分でぼんやりと眺めた。
犬なら尻尾を振るとか、猫なら喉を鳴らすかのようにほのかがオレに腕を廻して頬刷りした。
どうしてそんな嬉しそうな顔してんだろう?赤ん坊みたいに信じることしか知らない顔して。
なぁ、オマエはオレの赤ん坊じゃないけど・・・どうしてだか手放せない。
むちゃくちゃあせらされて、むかついたりさせられて、心配ばっか掛けるくせして
誰にも渡したくない。オレだけにこんな風に甘えて欲しい・・・・なんて。
どうかしてるよな、振り回されて喜んでるなんて。オレってそういう・・趣味はないはずだ。
澄んだ目でオレを見るほのかを見ているともう何もかもどうでもいいことになってしまう。
オレってやっぱ・・・その・・・

「・・なぁ、その・・ホントにオレの嫁になる気か?」
「ウン!もっちろん。」
「・・じゃあこの先ずっと心配しなきゃならんわけか・・」
「嬉しいの?」
「嬉しかねぇ。けど・・」
「けど?」
「なんか・・悪くもない。」
「ほのかも嬉しいよ!?」
「待てコラ、嬉しいなんて言ってねぇ!」
「ひゃはは・・嬉しそうだよー?」
「このっ!口の減らないガキ!」

憎らしいその赤ん坊みたいな頬に唇を寄せていいのも、やっぱりオレだけがいい。
やっぱりオレはオマエに捕まってたんだな。嫌な予感は当たると思ってた。
責任は取ってもらうとしよう。当分はオレだけのものでいてもらうからな。
子供なんて出来たら、オマエはそっちに夢中になるかもしれないだろ?!
だからゆっくり・・・ゆっくりと大人になってくれ。オレだけがその間独り占めできるように。









久しぶりに書くと糖度が上がることがわかりました!(笑)
これは数年後でもそうでなくてもいけるかもですが・・甘い方にしましたv