歩いていこう 


 雪は昨夜からずっと降ったり止んだりを繰り返していた。
重苦しい空模様と不釣合いな明るい声が耳に届き、夏が待つ
待ち合わせ場所へと駆けてくる様子に僅かだが眉を顰める。
転んでしまわないかと案ずる気持ちと裏腹に心は浮き立った。

「なっちーっ!お待たせーっ!!」
「走るな。転んだらどうすんだよ、道がこんなだってのに。」
「大丈夫だよ、ほら!ゴムの長靴だよ。滑ったりしないさ。」
「調子に乗ってたらそれだって危ないっての。・・捕まれ。」
「えっ、いいの!?」
「今日は特別に許可する。ってか捕まって歩け、頼むから。」
「ちみはホントに心配しいだねえ〜!」

普段嫌がる夏の方から差し出された腕へとほのかは飛びついた。
これだから雪の日はありがたいなどとほのかは心の中で呟いて
暖かな春も好きだが、ひっつける機会の増える冬もとても良いと
ほのかは頬を弛ませる。そしてブーツではなく子供の履くような
ゴム製の長靴を振り上げるようにして大きく一歩を踏み出した。

 しばらく歩いているとほのかはふと隣の大きな足を目に止めた。

「・・なっちもしかしてゆっくり歩いてくれてる?」
「速かったか?」
「ううん。・・ねえ、いつもの速さで歩いてみて。」
「そんなことしたらすっころぶぞ。」

背の高い夏を振り仰ぐと眉間に皺を見つけて口をへの字にする。
転ばないようにしっかりと夏に捕まり直して速度を上げるよう
今度は強固に命令を下した。やれやれと肩を上げつつ夏は従う。
予想以上に大きな一歩が踏み出されると、ほのかは内心驚いたが
顔に出すまいとして口元を引き結び、歩調に合わせようと努めた。
俯いて必死にくっついて歩くほのかに気取られぬように僅かずつ
歩幅を狭める夏。窺うほのかは飛び跳ねているようだ。

「疲れるだろ?俺も歩きにくいからもうやめておけ。」
「やだ。だめ、なっちのペースで歩くの!」
「二人で歩くときはしょうがねえだろう?」

夏の困った声が頭から聞こえてほのかも降参するべきか迷った。
二人で歩くときは常に夏が加減してくれていたことに今更気付く。
時にはほのかが合わせてあげるのも当然ではないだろうかと思う。
しかし言われた通り無理があった。相当疲れてしまう。ほのかは
口惜しそうに再び夏に向かって顔を上げ、少しゆるめてと頼んだ。

そうして夏の合わせ方が良かったのか歩調が合い始める。すると
楽しくなってほのかは機嫌を良くした。わざと雪解け水を踏む余裕すら
出てきたので、その横で夏はこっそり安堵の吐息を落としていた。

「ねえなっち!これくらいが二人のペースだよね?!」
「ああ、そうだな。」
「なっちもしんどくない?ほのかはこれくらいがいいじょ。」
「これで大丈夫だ。」
「やったね。これでいいのだ!」

夏にとっては遅いのだが満面の笑みの元、速度を身体に記憶させる。
人のペースに合わせることは通常ならばあまり愉快なことではない。
ただこんな場合は別だ。合わせようとしてくれたのはほのかなのだ。
言った通り二人で歩くにはこれくらいがちょうどなのだろうと思う。
ほのかの旋毛の見える位置でよくするように夏は微笑んだ。

「なっち?今笑ってた?!」
「いっいや・・」
「笑ってたじゃないか。」
「急に振り向くな。気のせいだろ。」
「ちがうもん。いい顔だったのだ。」
「ちゃんと前向いて歩け。危ねえ。」
「照れなくてもいいのに。」
「うるせえ!」

ぶつぶつ言いながらもほのかが前を向くと夏は頬の熱さを自覚した。
ほのかから遠くて安心していたら油断したなと自分自身に突っ込む。
不意を突くつもりはないのだ。ほのかには邪気もなにもないのだから。
だからというと言い訳がましいが、夏はよくほのかに動揺させられる。
ほんの些細なことでだ。歩調を合わせようとしてくれた今のように。
辛いときそっと寄り添ってくれたこともある。どうしてわかるのか
不思議でならない。夏は誰の前でもなくほのかの前では無防備だった。


「あっまた降ってきたよ!わーい!!」

急に飛び上がった拍子にほのかが足を滑らせた。夏の腕を放していた。
当然のように夏が腕を捕まえたので事なきを得、ほのかは礼を述べた。

「いつもすまないね。なっちがこけそうなときほのかが助けるじょ。」
「そんな状況あると思うのか?それだと二人一緒にこけるだろうぜ。」
「いいじゃないか、二人でころげたら。はははっ!」

面白くもない話に喜ぶ額を小突いて誤魔化した。この小さな娘ときたら
どうして夏の心を揺さぶったり突いたり。その後であたたかく包むのか。
答えのない問いを噛み砕きながら夏は腕をほのかに差し出した。

「おっ本日二度目。なっち今日は大サービスだねえ!」
「俺は転びたくねえし、お前が転ぶのはもっと困るんだよ。」
「またまたそんなうれしいこと言ってくれちゃってさ。」
「どこが嬉しいんだ、莫迦か。」
「う〜ん・・最近この素直じゃないとこも好きだじょ〜!」
「バカばっか言うな、莫迦者。」
「ぷーっ!なっちがかわいいのだ。おなかイタイ・・!!」

ほのかが身体を屈めて笑う。腹筋が痛むくらいおかしいらしい。
笑ったり幸せそうなほのかを見るのは夏にとってあるべき状態だが
自分を哂われるのは居心地が宜しくない。しかし大目にみることにした。
こんな気持ちだって悪くないと思えるようになりつつある。夏は変わった。
おそらく予想外ではあるが良い方へ。ほのかの笑っている方向へと。

「・・覚えてろよ。」
「どこかでリベンジかい?いいじょ、受けて立つー!」

振り上げたほのかの小さな拳を握ってみた。驚く顔を覗き込む。
外気に曝されて冷たい頬に唇を押し当てると、頬は更に赤みを増した。

「なっ・なにをする、の・だ〜!!」
「受けて立つんだろ。そんくらいで今回は勘弁してやる。」
「なんと!負けないのだ。今度はあわてないじょ。それに・・」
「それに?」
「内緒。ほのかだってリベンジするんだからね。」
「どこが内緒なんだよ。」



 冬の鉛色をした空を見上げながら各々に思う。
二人で歩いている道のこと、これからも一緒に歩きたいこと。
速度は一人のときと異なっているが心地良い速さであること。
冬は腕を組んで。では夏は?春の嵐の中なら同じでいいだろうか。
暑い夏は手を繋いで?そんな未だ先のことにまで思いを馳せた。

「覚えててね。」
「・・・何を?」
「内緒。あのね、夏になったらどうやって歩こうかって考えてたの。」
「どっちだって似たようなもんだろ。お前はほっとくと転ぶんだ。」
「なるほど。失礼な気もするけどそれは当たってるかもしれないね。」
「じゃあ夏になったら手をつないでくれる?なっち。」
「転ばせるわけにいかねえからな。一人では。」
「そうそう、転ぶなら二人がいいよね。」

「っ・・くく」
「なあに?あっ二人で転んだとこ想像したんだ!でしょ!?」
「んなこと・・ない。ないとは思うが・・・くくっ・・」
「変なとこにツボがあるんだねえ。まあいいや。あははははっ!」

珍しくお腹を抱えて笑う夏と、それを見て嬉しくなったほのかは
屈んだ夏の頬にリベンジを果たして悦に入る。させてやったんだと
うそぶく夏とほのかの頬はどちらも負けずに赤かった。

「さあ、行こうぜい!なっち。」
「とっとと捕まれよ、ほのか。」
「名前呼んでくれるの珍しい。」
「フン・・気が向いただけだ。」
「じゃあどんどん気が向くといいよ。」
「さあな・・行くぞ!ほのか。」
「らじゃっ!!」

 ほのかが夏の腕に捕まると、二人速度で歩き出す。
薄く積もった雪に二人の足跡が仲良く並んで続いた。








二人の歩みはのんびりだといいです。