「アリエナイ」 



「お兄ちゃんが一番!カッコいいんだよvvv」

と、何度ほのかから聞かされたことか最早数え切れない。
小学生くらいまでなら微笑ましいと言えるかもしれんが、
いくつになってもこれでは少々懸念されても仕方がない。
現に当人の親から「いい加減お兄ちゃん離れしなさい」と
注意されているし、その現場も幾度か目撃しているのだ。

それは大目に見たとしても、俺が一番引っ掛かるのは
実はそこじゃない。この俺に対する評価というか・・態度だ。
どうやらほのかの脳内では勝手なランキングがされていて、

兄、兼一が断トツ一位。その他は雑魚らしい。そして
兄の次にエライ(?)のは自分、そして第三位が俺だと言う。

「なっちは可愛いからほのかの弟って感じだよね!?」

この意見を有り難がる男がいるものならお目に掛かりたい。
日頃世話を焼いてやったり、我侭に付き合せたり、確かに
ほのかの弟的な扱いを受けていると言えなくもないだろう。

だがしかし、その格付けは不当だ。納得がいかない。
俺が弟分だとすると、日頃「なっちは友達。親友さ!」という話と
矛盾している。ほのかの示す弟の位置が対等とは言えないからだ。
いや親友ってのにも納得しているわけではない。断じて!だ。

「・・・おまえって俺のこと馬鹿にしてんのか?」
「え?なんで!?してないよ。」

不本意だと目を丸くしてからほのかは口を尖らせる。

「俺を便利な弟扱いしてるという見方もあるんだが」
「誰がそんなこと言ってんの!?やっかみじゃあないかい?」
「誰がそんな扱いを羨むんだよ、ボケ」
「そんなことしてないし、なっちの気にしすぎだよ。」

相変わらず能天気な頭をしている。ほのかは全く取り合わない。
こいつは敏い部分もあってはっとさせられるかと思えば、実は
あの空気の読めない兄と同様相当に『ニブイ』と思われる。
お蔭で忍耐力は養えたかもしれないな、と肯定はしてみるが、
どうしたってこの現況を甘んじることができない。常に不満だ。
俺は例によって警戒心の欠片もないほのかに片手を伸ばしてみた。

「およっ!?」

華奢な腕はほんの僅かばかりの力で呆気なく引かれバランスを崩す。
ぽすんと軽い音を立てて俺の胸にほのかの小さな頭がぶつかった。
抱いたりはせずただ引き寄せただけだ。片手は掴んだままだが。

俺の顔の下でほのかのクセのある柔らかい髪が左右に揺れる。
何事かと思っているらしい。だが警戒心などは湧き起こっていない。
すぐに不思議そうな大きな目を俺の下から見上げて送ってくる。
俺が黙ったまましばし見詰めると、ほのかはやがてにっこりと微笑んだ。

「何かあったのかね?ほのかちゃんに甘えたいならどうぞだよ!」

悪意も敵意も計算もない、馬鹿みたいな信頼溢れる笑顔が向けられる。
天然である証拠にほのかの鼓動も脈拍にも特に変化は感じられない。
何度かこうしたことがある。そしていつも俺は何もせずに引き離す。
そうと知っているせいなのだろうか?・・抵抗させたくなってくる。
だが抱き締めたところで、ほのかは俺の背中に手を回してヨシヨシと
撫で摩り、あくまでも姉のように包み込もうとするのだ。小さな体で。

「なっち、遠慮はいらないってば!」

裏切るべきかこの信頼を温存するべきか、これまでに従うなら後者だ。
俺の迷いや葛藤を知る由もなく、ほのかは大らかな笑顔を保っていた。

俺のもう片方の腕はほのかの顎へと伸びた。顎を鷲掴んで上向ける。
普通なら慌てるところだがそこはほのかだ、まだきょとんとしている。
そして押さえているせいで不自由な口に構わずモゴモゴさせて言った。

「なぁに?睫付いてた?虫歯なら無いよ!検診したばっかだし」
「そうか、そりゃいい。虫歯はうつるからな。」
「え!?そうなの?あ、だから歯ブラシとかコップは別にするんだね!」

・・・・誰だってこんな調子だったらヤル気を失くすってもんだろ?

いや他のヤロウはともかく俺はそうなんだ。すっかりソノ気が失せた。
ぽいと突き放すように顎から手をどけると、ほのかは少しよろめいた。

「なんだ、虫歯チェックだったのか。エライでしょ!虫歯ゼロだよ〜!」
「・・・・・感心だな。これからもちゃんとしろ。」
「わーい!歯医者さんにもなっちにも誉められたv」
「おまえ兼一にも誉めろっつって報告してんだろ!」
「あれ、わかる!?そりゃあお兄ちゃんに誉められるのが一番テンションあが・・」

ほのかの顔色が変わった。俺があからさまに不機嫌な表情で睨んだからだ。

「・・・・・・なんだよ?」

嬉しそうに話し出して途中不意に口を噤んだほのかが俺を怪訝な面で見る。
不思議なんだろうし、それはそれで当たり前のリアクションだなと思った。
いくら鈍くてもそれくらいは感じて当然だし、少しは感じろってんだよ。

「あのさぁ・・なっち時々変だよね?妙なスイッチ入っちゃうっていうか」
「・・・兼一もおまえも俺には理解しかねる行動を取るからだろうな。」
「お兄ちゃんは悪くないよ。ほのかのこと何か怒ったんでしょ?さっきの」
「そうだ。だが兼一も無関係じゃないってこった。そこまではわかるか?」
「クイズかい?!・・・む〜・・・ほのかさっきなんて言ったっけなぁ?」

ほのかは殊勝に考え始めた。どうせ正解にはたどり着かないのだろうが。
しかしずれてはいてもそれなりに悩んで出した結論を俺も待つことにした。
しばらくの間百面相を楽しんでいると、突然ぽん!と手の平に拳を打ち付けた。
どうやら何か結論を得たらしい。黙って答えを促すとほのかは得意気な顔で

「なっち、お兄ちゃんにヤキモチやいたの!?」

咄嗟に返事ができなかった。まさかの・・・正解に近かったためだ。

「あ〜っその顔は当りだね!?ほのか長い付き合いだからわかるんだじょ!」
「・・・・・・だったらどうだってんだよ!」
「ほぉらね!さすがはほのかちゃ・・って、えええっ!!??」

ほのかはものすごい形相で飛び退いた。ボケてみたつもり・・だったわけか。
慌てふためいた顔は青いのか赤いのか・・つまり尋常な顔色とは言えなかった。

「んだよ、そのリアクションは・・大概にしろよ、ほのか。」
「んやっ・・しかしっ・・そんな素直な答えが返ってこようとは!・・」
「ニブイニブイとさっきまで思ってたが、わかってたのかよ?その言い草。」
「嫌われてはいないと思ってたけど・・まぁいいか。お姉ちゃん冥利だね。」

「オイ待て。お姉ちゃん?・・だと!?」
「ヤキモチやかれるってこう・・むずむずとくすぐったいものだね!?」
「ちょっと待てっつってるだろ!おまえ俺がなんで怒ったって?」
「ふふふ・・だからほのかが兼一お兄ちゃんの方が好きかと思ってだね」
「兄とか姉とかはどうでもいいんだよ!邪魔くせぇヤツだなっ!!」
「あれっ・・今度はどうして?ほのか間違ってなかったんじゃあ・・?」
「ちょっとこっち来い。わからせてやる!」
「は・・え・・イタ・・あの、なっち?!」

あまりにも理不尽、というか蔑ろだと感じて体が勝手に動いた。
何故ここまでの扱いに慣れないといけなかったのか自分にも腹が立つ。
俺は猛反省した。コイツをニブイからと甘やかしていたのがいけなかった。
乱暴に抱き寄せて顎を捉えはしたが、可哀想なので一呼吸置いた。

「おまえは俺を弟分みたいに思ってるのかもしれんが・・違うからな!」

同意を得ないでするには不当な行為だ。だから勢いはなるべく殺す。
まだよくわからない顔で俺をじっと見詰めている瞳はただ驚きのみだ。

「目ぇ閉じろ。」
「へ・・?な、なんで?」
「まだわかんないのかよ」
「なんか・・ほのか襲われてる・・ぽい?」
「ポイじゃねぇよ!まだ襲ってねぇけど!」
「あ、そーか!なっちもしかして・・」
「やっとわかったのか!?」

「なっちも誉めて欲しかった?なっちはいつもエライからね!」
「・・・・・・・・・何?」

「ごめんよ。なっちっていつも誉められてるだろうからついね・・」
「何言ってんだ、おまえ?」
「けどほのかってさ、どっちかって言うと怒られてばっかなんでね」
「・・・はぁ・・?」
「たまにエライことするといろんな人に誉めてって言ってしまうの。」
「うん・・だから?」
「自慢していけなかったかなって。なっちも一杯誉めたげるね?!」
「そりゃ・・・どーも」

コイツは・・・ある意味天才だ。そして俺は馬鹿だ。愚の骨頂だ。
力の抜けていくのを感じる。ほのかの顎からずれた手は肩へと落ちた。
肩を借りて腕を休めるみたいにゆるく囲う。顔が見えないのといいことに
深い溜息を落とした。ほのかから「大丈夫!?」と心配そうな声がした。
ゆっくり顔を上げると、俺はほのかの心配を拭うべく少し笑顔を浮かべた。
あまり上手くは笑えなかったが、ほのかは察してくれたのか微笑み返す。

「急にぺしゃってなるからびっくりしたよ!」
「すまん・・ちょっと空回って落ち込んだ。」
「そうなの?落ち込むことないよ、なっち。」
「そうだな。・・・ほのか、」
「うん?」
「好きだ」
「ありが・・っ?!」

ストレートに告げてストレートに軽く唇を重ねた。多分間違ってない。
ほのかは再び驚いて顔をおかしな具合にしていたがやっぱり可愛くて

「俺ってよっぽどおまえのこと好きみたいだぜ。兄貴に嫉妬する位な。」
「なっななな・・・なにを開き直ったみたいに・・・言っておるのかね!」

ほのかの声はひっくり返ってどこから出しているのかと思うと笑ってしまった。
笑うなと怒ったほのかにぽかぽかと殴られたが、どうでもいいくらい心地良い。
ホントに馬鹿馬鹿しい話だ。有り得ない程。けどその分幸せなんだろう。
しばらくするとほのかが真っ赤な顔で「うん」と返事した。やっと伝わったかと
ぼやくと「知ってたもん!」と返された。「ただ友達とかだと思ってたけど;」と
小さくぼそぼそと告白したので、「正直で良ろしい」と誉めておいた。






なんなんですか!なにやってんですかあ?!な二人。
なのでずっとやってりゃいいよと思っています。