嵐の夜も  


鉛色の空を一羽の鴉。遠く遠くへと飛んでいく。
塒に帰るんだろうか。仲間は迎えてくれるのか。
まるで群れから離れ、遠ざかっている気がした。
そっちでいいの?キミは一羽で寂しそうなのに。

  あれは・・・なっちぃ・・だろうか・・

目が覚めると泣いていた。まだ夜は明けていない。
昨日別れた後からずっと気懸かりだったからかな。
なんだか無理をしているように思えて仕方なかった。
やせ我慢が得意なんてわらえない。余計気にかかる。
だからそういうときこそほのかがいるのに、と思う。

目が冴えてしまったのでさっきの夢のことを考える。
どうして鴉がなっちなんだろう。ちっとも似てな・・
ふと闘いの装束を思い出して、ああと納得してしまう。
黒ではないかもしれないが全身を包む影のような服を。
ひょっとして彼は夜に隠れていたいのだろうか。

「なっち」

つい声に出してしまって部屋に響いた自分の声に驚く。
どうしてるだろう?眠っている時間だとは思うけれど
具合でも悪かったんじゃなかろうか。だって・・・

ふと雨が降っていることに気付いた。カーテン越しに
窓を振り返るとひたひたと激しく降っているみたいだ。
そういえばあのときも雨が降った。私が囚われた日に。
あの日、初めてあの暗い装束に身を包んだ彼を見たんだ。

別人の顔をしていた。でも私を助け兄の元へ帰してくれた。
そうだ、なのに兄と闘うというからびっくりしたんだっけ。
怪我をしていたから気を失って・・そこまで思い出したら
ようやく気懸かりに答えを見つけた。怪我を・・してる?!

そう思い当たったら眠れるはずもない。結局起き上がった。
母親も未だ起きていない台所に炊飯器だけが仕事中だった。
毎朝タイマーがセットされてるのだ。もうすぐ炊き上がる。
そうだ、おにぎりでも拵えて持って行こうとか考えていると

「ほのか?おはよう。今日何か予定あったっけ?」

母が起きてきて怪訝な顔をした。事情を説明すると頷いてくれた。
話のわかる母だと喜んだのだけれど、ちょっと真面目な顔をして

「学校へはちゃんと行きなさいね、具合が悪いとは限らないんだし。」

釘を刺された。さぼろうとか思ってないよ!・・ちょっとしか。
一応頷いて学校へも行った。その日の長かったことといったら
なんにも教わったことを覚えてないからさぼったのと変わんないよ。
子供ってこういうとき面倒だ。あれこれと制約が付いてまわる。

息が切れるくらい走ってたどり着いた谷本邸のチャイムは無反応。
暗証番号と合鍵で門と玄関を開けて入った。書置きもなかったから
多分嫌な予感は的中してる。勝手知ったる彼の家の寝室を目指した。

「なっち・・?」

入室禁止の唯一の部屋には意外にも鍵は掛かっていなかった。
ブラインドが下りてるらしく薄暗い。当人は・・・居た!!
チャイムもだけど部屋に侵入しても起きないなんて余程悪いのかも。
丸まって毛布に包まっているので隙間から手を入れてみた。熱い・・
やっぱりだったのだ。ちっとも嬉しくない正解に悲しくなる。

携帯がポケットの中で震えたので見ると兄からの返信だった。
朝一番に送信したメールの返事は「夏くんはお休みだったよ」
ちょっと遅過ぎ・・秋雨を呼ぶかどうか携帯を手に悩んでいると

「・・ひゃっ!!?」

毛布に突っ込んでいた手を引っ張られてベッドに落っこちた。
そんなつもりはなかったけどなっちの上にだ。慌てたけど本人は
目は瞑ったままもぞもぞと寝心地の良さを模索しているみたいで。
小声で名前を呼んでみるけどダメ。ほのかを枕か何かと完璧に
取り違えている。抵抗空しく私はすっぱりと抱きかかえられた。

こんなに密着したのは初めてかも・・どうして起きないんだろう?!
こっちは満員電車で身動きが出来なくなったのに近いけど心臓がヤバイ。
熱いのはなっちの熱だけでなく自分の慌てぶりも手伝っているはずだ。
どうしよう!?どうしよう!?とわりかし取り乱していたものの・・
足掻くのをやめて脱力してみた。するとなっちの寝息が聞こえてきた。
少し安心する。こんなにぐっすり眠っているなら寝かせてあげようか。
とりあえずそう決めると昨夜の寝不足のせいか・・・寝ちゃったらしい。

「・・・なんだ、お前。ここにいたのか。」

なっちの声が聞こえたような気がした。うん・・いたよ・・むにゃ・・
でもなんだか動けないし・・もうちょっと・・すごくあったかいし・・
制服・・皺になったかな・・まあいいや・・起きたら考えよう・・?
・・・・んん?!あれ、なっち?!
よかった、気がついたんだ!すっかり寝てたよ。

「・・あ・・なっちぃ・・おきた・・?」

目の前になっちの困ったような赤い顔を見つけて微笑んだ。
ちょっとぼんやりするので目を擦った・・・ら・!?

「きゃああああああ!!なっち!ぱじゃまはっ!?」
「へ!?あ、ああ・・そういや・・汗かいて・・脱いだ。」
「はっそうか!ダメじゃないか!ちゃんと新しいの着なくちゃ!」
「あ・ああそうする・から、そこをどけ。つかなんでここにいる!?」
「もおっ!心配したんだじょっ!おばかなっちんっ!」
「変な呼び方すんなよ。いつ来たんだ・・ってかいま何時だ?」
「それより着替えなよ。シーツ換えたげるから。ちょっと起きれる?」
「っ・・そ、そうだな・・;」

ああああびっくりした!大急ぎで飛び退いたけどドキドキが半端なかった。
誤魔化すみたいにしてなっちにあれこれ指示した。だってだってねえ?!
なっちは大人しく所在無げにしていたから思い切りえらそうに命令した。

「起きられたんなら新しいパジャマ着なさい!わかった!?」
「は・・い・・」

我ながらものすごく手早かった。人間やればできるんだって思う。
新しいシーツを持ってくるとなっちはちゃんと服を着ていてくれた。
ちゃっちゃと新しいシーツをベッドに設え「ほら、横になって!」と促す。
素直にベッドに横になったので熱を確かめるとやっぱりまだ熱かった。
よく眠ってはいたけれど一緒に寝込んで良くなかったかなあと後悔。

「なっち・・いつから?お薬は!?」
「・・・薬なら呑んだ。効いたみたいだ。」
「ほんとに?!・・よっぽど高かったんだね・・」
「面目ないが・・」

なっちががしがしと頭をかいたとき、腕から白い包帯がのぞいた。
ドキリとした。そうだった、怪我!今まで忘れてたなんて!?

「・・どうってことない。心配すんな。」
「なっちのそれは信用ならないね。包帯・・巻き直すから腕出して。」
「いい、自分で・・」
「ダメ、利き手じゃないか。」

なっちは悪くない。なんだか自分が情けなかったりごちゃごちゃで
泣きたくなったけど耐えた。せめて巻き直してあげようとがんばった。
いつもなら手当てを嫌がるだろうに、このときのなっちはさせてくれた。
こっちのことを気にしてるのだ。いつだってほのかのことが優先だから。

「・・すまん。」
「違うでしょ。」
「・・さんきゅ」
「ん。」

お礼なんていわないで。フンとえらそうにしたのは態となの。
自分が無力だって思うとしぼみそうでえらそうにしてるんだ。

「なっちーのいいかっこしい。」

どうしても我慢できずに責めてしまう。泣きそうなほのかばかり見て
すっかり自分のことは棚に上げてる。しんどいんでしょう?わかるよ。

「・・秋雨呼ぶ・・?」

だめもとでいってみると首を横に振る。溜息と一緒に空威張りが解けた。
込み上げる涙がもういっぱいいっぱいだと告げる。鼻がツンツン痛んだ。
できることならなんでもしてあげたい。させてほしい。どんなことでも。

「じゃあ、ほのかは?」
「・・・・え、お前?」
「どうして呼ばないの。」
「・・・・」

八つ当たりだ。甘えて欲しいけど甘えられないのはほのかが・・
子供だからだと思うと堪え切れなくなって涙が零れて落ちた。
布団から上半身を引きずり出してなっちの顔が苦しそうになる。
そんな顔しないで。思わず伸ばされた手を両手で包んだ。

「・・呼んでたんだ・・だから、来たんじゃなかったのか?」

熱のせいで掠れた声に俯いていた顔を上げた。必死で涙を堪えながら。
なっちはゆっくりとほのかを抱き寄せた。悲しい顔は見たくない。けど
顔が近づくにつれて悲しさじゃない、何かを伝えようとする瞳に出会う。
それが何かがわからない。一生懸命見詰め返した。正解はどこにあるの?
瞬きも忘れて見ていたら間近でその瞳がふっとぼやけて驚く。なぜだか
そこで空気が変わった。なっちの瞳はいつもどおりに戻ってしまった。
釣られて少し肩の力が抜けた。すると頬を熱い唇が滑った。涙に沿って。
再び緊張してしまった私をなっちは目を細め、困ったような顔をした。

「呼んでたのなら・・いいよ。ゆるしてあげる・・」
「うん・・おまえしか・・いねえよ。」

呼んでいてくれたんだね。ごめん、だから夢を見たのかもしれないね。
大きくウンと頷いた。嬉しそうに見えてこそばゆい。喜んでくれるんだ。
なっちはいつになく触れてくる。頬の涙を全部掬い取るみたいにしたり・・
髪を撫でる手も優しい。変だよ、妙にどきどきするんだ。苦しいくらいに。
照れくささを吹き飛ばすようにちゃんと寝ないとと言ってなっちを押し戻す。
すると名残惜しそうに送ってやれないなんて言う。ほんとに莫迦だね。
なっちの顔に無理やり毛布を引っ張り上げて隠した。こっそりと毛布越しに
キスした。お返しのつもりなんだけど・・きっとなっちは気付いてない。

その後寝息が聞こえてくるのを待って部屋を片付けて台所へ向かった。
持参したおにぎりは冷凍してお粥を作ったり、思いつく限り全部した。
最後に手紙を書いておくことにした。ノートを一枚破ってどんどん書く。
伝えることのほかに『早く良くなること!』と特命も追加しておいた。
飲み物も枕元に置いてすることがなくなるとなっちの寝顔を見ていた。
起きるかなとほんの少し期待してたけど・・なっちは起きなかった。
ちゃんと戸締りも確認して帰った。帰らなくちゃならなかったから・・

ねえ、なっち。ほのかもう少し大人になったらさ、
こんなときは絶対ここに泊まっていくよ。待っててね。
だって離れているのがこんなにも辛くて、悲しくてしょうがない。
明日も来るからね。雨が降っても嵐になったって。会いたいから。
呼んでてくれたんでしょ?嬉しいよ。ほのかもそうなんだよ。
昼間だけじゃなくて、寂しい夜も会えるにはどうすればいいのかな。
叶うならばどんなときでもあなたの傍にいれたらいいのに。

目を閉じるとその夜も一羽の鴉が空を飛んでいた。
こっちに向かってだ。おいで、ほのかはここだよ。
夢だからかな、鴉は近づくとなっちになって降りてきた。

 ほのか 

 なっち


いっぱいに両手を広げた。お帰りなさい。待ってたよ。
いつだってなっちのために空けておくよ、この両手を。  

それは ほのかにしかできないと言ってくれたから








「Stray Bird」のほのかサイドでした。