蒼い鳥


 
 オチビさんは迷い鳥だった。そこは林の中だったから。
ウロウロしてはいたが不安気ではなく、気の強そうな顔。
木々のそれもかなり上空から降りたったのに驚かなかった。
寧ろ俺を見て怪訝な顔を浮かべると「迷子かい?」ときた。

「おいおい、それはこっちの台詞だっての・・オチビさん。」
「ちみだって似たような感じでしょうが。あと失敬なのだ。」
「迷子じゃないなら行くよ、邪魔したね。オ・チ・ビさん!」
「感じの悪い子だねえ・・そうだ、ちみちょびっと付き合い給え。」

 迷子なのは確かだった。一緒に来た連れとはぐれたという。
どうせ見つけてくれるからそれまで暇を潰せというご命令がきた。
なんて図々しいチビだろうと正直思ったが、悪びれないのは好きだ。
サンドイッチと呼んでいいものかどうか怪しいものを勧められた。
勇気を出して一つつまんでみると、意外にうまかった。チビは得意顔。

「そうであろ!?ちみは味のわかる子だね。イイやつだ!」

 誇らしげな笑顔も悪くない。まだ子供だが綺麗になりそうだ。
肌が健康的で滑らかだし、小動物的だが小さな歯並びも良い感じだ。
小鳥の雛を連想した。髪や全体からもだ。ピーピー鳴くのも不快でない。

「ちみは鳥みたいに空から来たね。」
「まぁね。俺は地べたよか空の方が居心地良いんだ。」
「ちょびっとほのかの連れに似ている気がするじょ。」
「そいつ男なのか?意外だな、お前の兄貴とか。」

 兄かと尋ねた途端首を大げさに振って否定した。むすっとして。
友達なのだそうだ。年は俺くらいだが、迷子のくせに偉そうなところが
俺とそっくりだなどという。「そいつはオチビさんのことだろ?!」と
いってみたが、きょとんとした小さな頭をまたゆっくりと左右に揺すった。

「ほのかは迷子なんかにならないじょ。ちゃんと居場所があるからね。」

「・・俺にだって居場所くらいある。そいつにもあるさ、知らないだけだ。」
「そうじゃなくてさ、一つだけ。自分の居場所さ。」

 小難しいことを哲学的に語るチビは子供らしくない表情で呟いた。
俺はこの雛鳥に興味が湧いた。どうも只者ではないように感じられたのだ。

「そいつのこと、お前好きなのか?生意気に初恋とか。」
「はあ?!違うよ、なっちはねえ、まだ子供でそれどこじゃないの。」
「ぷっ!そいつは傑作だ!」

 腹を抱えて笑った。言い草があまりに大人びていて見た目と違っていた。
そのときふと知った顔を思い出した。あいつの名は夏、なっちというのは
本名かと訊いてみると、夏だという。あまりの奇遇に呆然としてしまった。

「なあ、そいつはお前に優しいのか?いつもどんな話するんだ。」
「優しいけどやさしくない振りが好きなの。お話も苦手みたい。」
「へえ〜・・お前よくわかっているんだな。」
「まぁね。ほのかのがお姉さんっぽいのだ。」
「ふ・・はははっそうか、お前ほんと面白いなあ!」

 俺はすっかり少女に感心していたが、そのときそいつの気配を感じ取った。

「連れが来たぜ。また会えるといいな、オチビさん。」

「あ、待って。付き合ってくれたお礼がまだだじょ。」
「そんなものいらない。じゃあな。」

 俺は小さな鳥の額に敬意を込めた口付けを送った。やっぱり驚かないまま
オチビさんはいった。「ちみは青い鳥みたいな人だね。人を幸せにするのさ。」

 言葉はしっかりと耳に残ったが、言葉の途中で俺は木の上に跳んでいた。
気を隠して少し離れたところで見守った。やはりあいつだ。俺のよく知った男。
オチビさんを見つけて近寄ると、ほっとした風な顔を急に顰めて拳骨を落とした。

「うろちょろすんな。探させやがって・・」
「お散歩していただけなのだ。怒りんぼ。」

 少しも反省しない態度に奴はため息を吐いた。ふとこちらへ視線をよこしたが
どうやら気付かれなかったようだ。夏の腕に引っ付いて小鳥は行ってしまった。
だが少し後こちらに向かって、見えているはずはないのだが小さく手を振った。
”ありがとう。またね!”そんなように口ばし、もとい唇が動いたのを見止めた。


「青い鳥か・・あいつのはもう見つかってるんだな。」


 俺は林の中を翔けながら好い気分だった。俺は人を幸せにする鳥だなどと・・
なんて生意気な口説き文句だ。見た目は小さな鳥の雛のようでいて中身は違う。
なるほどあれに比べたら夏など未熟な子供でしかあるまいと思い可笑しくなる。
幸せの在処を小鳥は知っているのだ。探す必要もないときちんとわかっている。
俺は・・俺も奴と同じで探し求めて生きてきたかもしれない。俺だけの片翼を。

「奴のこと頼んだぜ。俺は・・俺も幸せにするさ、唯一人を。」

 
 清々した空気が林の中に充満していて、身体の隅々まで浄化したようだ。
どこまでも飛べる。そんな気分だ。新たな出会いの予感もする。これは予兆か。
いつかどこかであいつらに会ったら。俺はきっと奴をからかうだろう。それは
確信だった。奴は手放さないだろうという。良かったな、俺の親友。

 豊かな植物達の息に飛び交う鳥。鳥は四六時中飛び続けてはいない。
俺たちは羽ばたいてはまた休息する木を見つけてそこで癒されるのだ。


「ん?あのオチビさん名前をなんといってたかな?・・まあいいや。」

 
 口笛を吹いて俺は元来た道を帰って行った。
 







叶翔とほのかがニアミスしていたらどうだろう、と想像してみました。
夏くんはほのかと翔がどこか似ている気がしているのではないでしょうか。
翔が美羽さんに出会ったときの直前のつもりで書いています。