Another Promise


 


結局家に送り届けずに、いつものオレの家へと二人で足を運んだ。
雪の降りしきる夜、繋いだ手をぶんぶん振って歩くほのかに
転ぶなと言うものの、よろけた身体を支えるのも悪い気はしなかった。
玄関でお互いに積もった雪を振り払い、居間の暖房を入れさせた。
その間にオレは台所で熱い飲み物を用意しに行った。
居間ではほのかが待ってましたとばかりにオレ(の飲み物)に歓喜する。
ほのかは専用のマグを手に取ると包むように持って両手を温めている。

「家には連絡したのか?」
「ん?した方がいいかな?」

マグカップを置いてほのかはごそごそと携帯を取り出し家に電話した。
遅くなったしすごい雪で帰れないから泊まるとかなんとか暢気な口調で話している。
途中で代われと言われたらしいほのかがオレに電話を差し出したので少し緊張した。
しかしここの母親は此方が困惑するほどにオレのことを無闇に信用している。
案の定「ごめんなさい、いつもいつもご迷惑掛けて・・・」と恐縮した声が聞えた。
「こちらこそご心配お掛けします。タクシーも捕まらなくて・・」と話す横でほのかが噴出した。
口調はそのままでほのかを睨みつけるが、声を出さずに腹を抱えて笑ってやがるので少しむかついた。
電話を切ると当人をつまみあげて、デコピンを一発。まぁいくらも堪えてはいないのだろうが。

「ぷぷ・・すごいねいつもなっつんのイイ子ぶりっ子は。」
「うるせぇ。下手に信用落としたくねぇんだよ。」
「なんで?」
「なんでって・・・出入り差し止められたいのか?」
「ウウン。でもなっつん、部屋は別々にするの?」
「・・・言った通り部屋ならいくらでもあるからな。」
「そっかぁ・・じゃあ大人しく別の部屋にしようかなぁ・・?」
「それよりさっさと飲め!せっかく淹れたのに冷める。」
「ハイハイ・・おいしいvまだ冷めてないよ。」

一息吐いて温まった頃、ほのかが風呂に入ると言い出した。

「一緒に入る?」
「・・遠慮する。」
「ちぇ・・ツマンナイ」
「オマエは少し遠慮を覚えろよ。」
「そんなことしてたらなっつん何もしてくれないもん!」
「・・・ナニして欲しいって!?」
「えっとね、まずは・・本読んで!」
「・・あ・・?」
「それからお膝抱っこ。あ、膝枕でもいいなぁ・・!それからね・・」
「ちょ、ちょっと待て。オマエオレに父親代わりさせる気か!?」
「ん?そういえばお父さん子供の頃にしてくれたなぁ・・違うよ、なっつんには腕枕もなの。」
「おいおい・・・」

色気の欠片もないあっけらかんとした顔を見ていると、本当に父親代わりで終わりそうな気がしてくる。
しかしバイトの後で疲れてもいるだろうし・・と思うともうこのノリでいいかとオレの半身が訴える。
とはいえ、オレのもう半身は”いや、それはあんまりだろう!?”と突っ込んでくる。困ったことに。
取りあえず風呂に入らせてオレはその間どうしたもんかと頭を抱えた。どうにも大人の時間には程遠そうだ。
半分以上それでいいかと納得仕掛かっていたとき、ほのかが戻ってきた。オレのパジャマの上だけの姿で。
着替えを持ってくるのを忘れたとか言ってたが、どこからそのパジャマ・・・ってかなんて格好だ!

「なっつんの借りちゃった。ごめんね?大きいから上だけでいいよ。」
「乾燥機んとこか・・まぁいいがその・・その格好でウロウロするなよ、オマエの部屋はあっち・・」
「なんで!?なっつんの部屋じゃないの!?」
「そんなノリでどうしろというんだ!?もういいからさっさと寝ろ!湯冷めしないうちに。」
「ええ〜?!・・・腕枕は・・?」
「また今度な。」
「なっつんのケチ!」
「誰がケチだ!?怒るぞ。ホラそんな格好だと風邪引くぞ。」
「ヤダぁ・・ねぇねぇなっつん〜!?」
「ここだ。いいな!オレの部屋には来るなよ!風呂入ってオレもすぐ寝るから。」
「・・・やっ!なっつんの部屋で待ってるもん。」
「待つな、寝ろ!待ってたってオマエのことだ、どうせすぐ寝ちまうさ。もう遅いし・・」
「ぜーったい起きてる。早く入ってきてよ、なっつん!」

なんだか妙な感じでほのかとオレの攻防が展開するはめに・・疲れる・・
それでもそんな雰囲気のおかげで理性を保っていられるので内心で少し感謝もしていた。
態とゆっくりしてそっと部屋に戻ってみた。十中八九寝ている!そう自分に言い聞かせるようにして。

「遅い・・・!」

オレのベッドの上で枕を抱きかかえながらほのかがコワイ顔で睨んでいた。
頭を抱えた。予想を覆され、喜ぶべきか悲しむべきかややこしい感情が鬩ぎ合った。

「あのな・・」
「ヒドイよ!乙女がこんなに積極的に待ってるって言ってるのに!!」
「・・・だーかーら!何の目的だ。この体育会系なノリでナニしろって!?」
「だ、だって・・どうすればいいのさぁ・・?」
「どうもしなくていいって・・・」

オレが溜息交じりにほのかの横にどかっと腰を下ろすとほのかが横でびくっと跳ねた。
そのリアクションにオレもはっとした。ほのかは枕を抱えて真っ赤になっている。
ぷっとオレが吹き出すとまた拗ねたように眉を寄せ、口を尖らせた。

「なっつんの意地悪!なんだい、その余裕はぁ・・!」
「・・・しょうがないだろ、オマエが一々面白いし・・」
「面白いって何だい!?どうせほのかには・・色気とか足りませんよ。」
「スマン。そういうんじゃなくて・・そんなに意気込まれてもオレも困るってんだ。」
「・・・困るの?なんで?!もしかしてほのかフライング!?」
「や・・もう遅いしな・・腕枕してやるから今日は寝ろ。」
「・・・ほのかのことなら心配しなくても・・そんなに疲れてないよ?」
「じゃあこうするか?オマエが30分経っても寝なかったら・・・ってのでどうだ。」

ほのかは不可思議な顔をして考えていた。オレがぽんぽんと布団を叩くと釣られて傍に来る。
抱きかかえて横になってやった。いつもと違う香りが鼻腔をくすぐる。風呂上りだからか。
しばらくは落ち着かない様子だったが、次第に緊張が解けていくのがわかった。
寝た振りとまではいかないが、目を閉じてやるとほのかも真似するように目を閉じた。

「・・なっつん・・・」細い呟きが耳に優しく伝わってきたのはそのすぐ後だ。

10分も経たないうちにほのかは眠ってしまった。オレの勝ちだな、と孤独な勝利を味わう。
規則正しい呼吸に癒され、ほのかの身体から伝わる全てを抱いたまま夜が更けていく。
眠れはしなかったが、思っていたより平静でいられた。吐息が甘く誘惑をしていても。
ほのかの眠りを妨げないくらいにそっと触れるだけの口付けをした。憎らしいほど安らかな顔。
力を込めてしまいそうな腕を動けなくされ、全神経を起さないように配慮させられている自分。
そんなオレがこの腕の中の存在にどれだけ支配されているのかと思い知らされる。
時折摺り寄せられる頬や脚、柔らかな胸元、うっすらと開いた隙間の舌の色も何もかもが
無防備に投げ出されているというのに、身動き一つできないというこの愚かなまでの屈服感。
一言で表すならば”愛しい”という想いを細胞の隅々まで感じ、満たされているのだ。

睫の先が揺れる一瞬さえ逃さず見つめていると相反する二つの想いに揺さぶられる。
できるだけこのまま安らかで、無邪気なままでいて欲しい。だから簡単には抱きたくない。
その一方では早くオレのものにして、何もかもを独占してしまいたいという切願。
結局はどちらの想いもオレを翻弄するだけで、ほのかの寝顔の前ではなんの効力もないのに。
・・・できはしないのだ。誰に何と罵られても。護りたいという気持ち以上のものではないからだ。
間近で寝顔を見ながら、柔らかな身体を包むという恩恵だけで満足する他にないということだった。

夜がやがて朝へと移り変わろうとする頃、浅く眠ったかもしれない。
幾度か寝返りを繰り返し、オレの懐へ戻るたびに眠りは遮られたが少しも不快ではなかった。
窓から零れるぼやけた光りが朝になったことを告げてもほのかは目を覚まさない。
外で雀の鳴く声がして眠りから覚め、その大きな瞳に光りが宿るのを初めて目の当たりにした。
とても美しい瞬間だった。何度でも見たいと思えるほどに。

「・・・・なっつん・・・」

眠るときもオレの名を呼び、朝も呼んでもらえる。こんなことですら幸福と感じた。

「眠れたか・・?」
「おはよお・・・」
「あぁ・・オハヨ」

まだぼんやりとしたほのかに口付けした。態と音を立てると驚き目を大きく瞬いた。

「!?」
「オレの言った通りだったろう!?」
「・・ほのか・・寝ちゃったぁ!!」
「寝相が悪い。何度か蹴られたぞ。」
「ウソ!?・・ゴメンね・・;」
「あと寝言。何度も何度も・・」
「え!?ほのか何言ったの!?」
「オレのこと呼んでた。」
「もしかしてそのたびに起しちゃった!?」
「まぁな・・」
「う・・うわ・・ごめんなさぁい・・!」
「別にいい。」
「良くないよ、じゃあもうちょっと寝よ!」
「何!?」
「寝ていいよ、なっつん。子守唄歌ってあげようか?」
「もう起きる。眠くねぇし。」
「そんなぁ!睡眠不足はダメだよ?」
「大丈夫だって!それよりオマエも起きろ。腹へってないか?」
「お腹・・・・空いたみたい・・・」
「ふっ・・じゃあ飯にしよう。」
「ウンッ!」
「あっその前に!なっつんなっつん!」
「なんだよ?」

オレはさっさとこの場から逃れたかった。なのにほのかがオレを引き止めた。
強く唇を押し付け、お世辞にも上手いとは言えない挨拶をくれたのだ。
それでもほのかにすれば充分満足だったらしく、離した後にこやかに笑った。

「えへへ・・これもしたかったんだ!」
「もう少しだな。30点。」
「えっ!?まさか採点されるとは!で、なんでそんなに点低いの!?」
「じゃあオマエも採点しろよ。」
「あ・む・・」

昨夜何もできなかった腹いせという訳でもないが、丁寧なお返しをした。
状況を考えろと頭を警告が掠めたが、夜の間に気力を使い果たしたせいか歯止めが効かなかった。
ちらりと窺い見ると、ほのかは目をキツク閉じ、頬を染め、なかなかにそそる表情だ。
おまけに喉の奥や、口の端から僅かな声が漏れ聞えてきて、これはマズイなと思った。

「・・ぁ・・ぅ・・」か細い声が合わせた唇をずらしたときによく響いた。
ほのかが恥ずかしいのか、両手をオレの胸に当て、押し退けるようにした。
”しまった”と思った。オレは思わずその手首を掴んでしまったのだ。
抑制が間に合わず、その腕と一緒にほのかの身体をベッドの上へと押し倒していた。
”マズイ!止めろって、からかうくらいで済むのか!!?”と自分自身を抑えようとはした。

「あ、あの・・どこまでを採点するの?」とほのかはおずおずと尋ねた。
「ここまでだ。ここからは・・採点は勘弁してくれるか?」
「ウ・・ン・・・」

ほのかが途惑うのも無理はない。オレ自身こんなことになるとは露ほども思っていなかった。
なのに自分が抑えきれない。昨夜の努力が水の泡だろうがと頭では必死だった。
卑怯にもほのかが嫌がってくれないかと思った。それならなんとかなるのではないかと。

「・・止めないのか?」縋るような想いで尋ねたがほのかの身体は抵抗の欠片もない。
「止めないとダメなの・・?」探るような表情だった。オレの迷いがわかるのかもしれない。
「あぁ、止めて欲しい。嫌だって言ってくれ・・」
「嫌・じゃない・・けど・・・」
「こんな成り行きみたいなのでホントにいいのかよ?!」
「・・・いい・・よ・・?」

ほのかの返事は脳に突き刺さる勢いで届いた。警告を無視しようとオレの身体が疼く。
そんなときに救いの神が降りた。ほのかの腹がぐう!と大きな音を立てたのだ。

「!!??やっやだっ・・」
「・・・・・・・ぷっ・・」

ほのかが声を上げたのとオレが噴出したのはほとんど同時だった。
笑いを堪えようとして眉を寄せるオレをほのかが「うわーん!笑わないでぇっ!」と揺する。
ようやくほのかを離すことが出来たオレはベッドの上に仰向けに転がった。
ほっとして思い切り声を立てて笑った。ほのかがバカァ!と顔を真っ赤にしてオレを叩いた。

「バカバカ!・・今の忘れてぇ・・!」

ほのかが叩くのを止めて涙交じりにそう言ったのでなんとか笑いを堪えて起き上がる。
泣きそうなくらい眉を下げて恨めしそうに上目で見るほのかをやんわりと抱き寄せた。

「怒るなよ・・・助かった。」
「助かったって何のこと?」
「ヤバかったって、さっきは・・」
「・・・だって・・なっつん・・」
「?」
「止まりそうな感じじゃなかったよ・・?」
「う・・スマン・・;」

図星を指されてしまい、目を反らしてしまった。情けなさで顔が赤らむ。
それを誤魔化すつもりではなかったがきゅっと抱きしめるとほのかも抱き返してくれた。

「なっつんはさぁ・・なんでそう遠慮するの?」
「遠慮っていうか・・オマエだって勢いとかじゃ嫌じゃないか?」
「・・・わかんない。だって”どこで”とか”いつ”とかどうでもいいもん。」
「どうでもいい?」
「ウン、一番肝心なのはさ、”誰と”じゃない?」
「・・・・」
「ほのかの場合、なっつんとだったら、どんなのでも・・全然おっけーだよ。」
「・・・・」
「聞いてる?!なっつん?」
「あ、あぁ・・感心したというか・・・なるほどっていうか・・」
「それどっちも違う。”さすが”って言ってくんなきゃ!」
「ふっ・・・さすが・・だな、確かに!」

ほのかはまた笑ってオレの何かを壊してくれた。いつだってオマエがオレを変えてくれる。
気持ちが落ち着いてきたのもほのかのおかげだろう。ようやく頭もすっきりした。

「腹が減ってんだったな。飯、食おうか。」
「ウン、賛成ー!」

今度こそと、余計なことはしないで部屋を出た。
着替えてから来いと言い付けて台所に向かう。なんだか気持ち悪いほど心が弾んだ。
一緒に迎えた朝だからだろうか、何もできずにじっとしていただけだというのに。
けれどそうなんだろう。抱きたいから連れて帰りたかったんじゃない。
傍に居て、特別なこんな思いを味わいたかったんだ。オレとほのかだけの時間を過ごして。
さっきあのまま抱いてしまわなくて良かったと心の底からそう思った。

簡単な朝飯を済ませるとほのかが今日の予定を尋ねた。

「オレは特にない。昨日できなかった分の鍛錬はするけどな。」
「あ、そっか。ごめんね、昨日はほのかに付き合わせちゃって。」
「何珍しく謝ってんだよ。いつものことだろ、そんなの。」
「珍しいって言うなら、感謝してよ!」
「なんだそりゃ・・」

「ねぇねぇ・・続きは?」
「?オセロのか?」
「オセロ・・でもいいけど、そうじゃなくって・・」
「何したいんだよ。」
「えぇ〜!?・・・・あのさ、もうお腹鳴らないと思うんだけど・・」
「!?・・・朝だぞ、まだ。」
「いつならいいの!?なっつんが嫌なんじゃない?もしかして・・」
「半分正解だ。」
「半分?」
「そういうことすんのが嫌なんじゃなくてだな・・」
「ふぅん・・ほのかとちょっと違う・・」
「オマエだってそんなに・・その・・したいのか?」
「・・・んー・・・どうだろう!?」
「だろ!?だからいい。」
「・・・でもそんなこと言ってたら・・・ずっとできない気がする。」
「ずっとってことないから安心しろ。」
「なっつんの中ではいつ頃の予定なの!?」
「予定って・・・そんなもんねぇけど。」
「あのさ、じゃあ今晩は?」
「今晩!?オマエ今日も泊まるつもりか?」
「・・・だって今晩はね、お父さんとお母さん二人で旅行で居ないんだ・・」
「まさか・・」
「そのまさか。福引でペア旅行券が当ったんだって。ほのか行ってきなよって言ったの。」
「はぁ・・」
「だから・・いい?」
「・・・・」
「ホントは嫌なんでしょ!?なんだかほのかばっかり・・片想いっぽいですけど・・」
「・・・そんなウマイ話ありか?!って思っただけだ。」
「そうなの?神様のクリスマスプレゼントだよ、きっと。」
「これ以上・・・どうすんだよ・・」
「どういう意味さ?」
「あんまり・・・幸運過ぎるだろ・・?」
「なんの!まだまだこれからだよ。」

ほのかは不安を微塵も感じないのだろうか。オレなんて・・不安だらけだってのに。
ほのか自身が”神”なんじゃないかと思えた。少なくともオレにとってはそうだ。
女神にそっぽ向かれたりしないようにと祈りながら、オレは手を上げて降参した。

「そうか・・そうだといいな。」
「おやっ素直だね?ヨシヨシ・・」
「言っとくけどな、泣いたって後戻りできねーぞ。」
「しないもん。」

ほのかの言葉を借りるなら、オレは”いつ”とか”どこで”を心配し過ぎていたかもしれない。
泣かせることを怖がることも、何かをなくしてしまうことを畏れることも杞憂なのだろう。
他ならぬ”ほのか”に運命を委ねるならきっと幸福は扉を開いて待っている。
それにしても・・・

「はぁ・・・」
「どうしたの?そんな溜息吐いて。」
「なんだかもう・・完全に尻に引かれてるなと・・・」

ほのかがオモシロそうに笑うのを見て、絶対に負けたくないとオレは心のなかで誓った。
オレがオマエにもらった分よりもっと幸せにしてやるからな!たとえ一生掛かっても。

心の声が聞こえたのか、ほのかが笑いながら言った。「なっつんとならきっと一生幸せ!」

まったく・・相手にとって不足ない・・・”その台詞ずっと言わせ続けるから、覚悟しろ。”