Another face


 


感情が顔に出やすいひともいれば、ポーカーフェイスなひともいる。
ほのかは表に出やすい方だと思う。よくそう言われるから。
思ったとおりに行動するし、多分そうなんだと思う。
ほのかの相棒のなっつんはどうだろう?
基本的に感情は表に出さない・・・ようにしているらしい。
ほのかには色んな顔見せてくれるけれどもね。
それでも知らない顔だってあるのだ、当たり前だけど。


なっつんと買い物をして街に居たとき、遠くから声が掛かった。
商店街の道路を挟んだ向こう側から、3人の女の子たちが手を振っていた。
その子たちは口々に「谷本さまーぁ!」「コンニチハーッ!」と叫んでいた。
なっつんと同じ学校の生徒らしい。嬉しそうなはしゃいだ声だった。
びっくりしたのはその彼女たちをちらりと見て確認した後になっつんが、
彼女達に笑って手をひらひらと振ったのだ。それはもうにこやかに!
なっつんに張り付いた完璧スマイルにほのかの顔は引き攣った。
女の子達は「キャーッ!」「また明日学校でーっ!」と叫んで去っていった。
すぐになっつんは普段通りの、どちらかというと不機嫌な表情に戻る。
呆然と少し離れたところで見ていたほのかに気付くと、舌打ちされた。
「・・・あんだよ、ナニ固まってんだ、コラ。」と八つ当たりみたいに言う。
「・・・いや・・ちょっと・・スゴク珍しいもの見たっていうか〜・・・」
正直な感想を漏らすと、なっつんは更に眉を寄せて不機嫌になった。
でもそれ以上は何も言わずに、ぷいと前を向いて「もう行くぞ。」と言った。
ほのかは足の速いなっつんに「待ってよう!」と小走りでついて行った。


なっつんの家のおっきな冷蔵庫に買ってきたものを詰め込んだ。
そしてオヤツのケーキをお皿に乗せようと食器棚に手を伸ばす。
するとひょいとほのかの前方に手が伸びて、先回りしたのはなっつん。
「ほらよ。」と取り出したいつものお皿2人分を手渡してくれた。
「ありがと。」なっつんは普段の雰囲気に戻っているなぁと感じる。
家に居るときはさすがにリラックスするようで、なっつんは穏やかだ。
たまにコワイ顔をするけど、そんな顔をすることは減ってきた。
それよりもごく普通の表情もよく見せてくれるようになった。
本を読むとき、何かをしているとき、ほのかの相手をしてくれてるとき、
ふとした顔になっつんの素が覗く。それを見つけるのがとっても楽しい。
段々今はどういう気分なんだとかわかるようになると、もっと嬉しくなった。
たまに見せてくれるようになった笑顔は貴重なこともあって得した気分になる。

「ナニ一人でにやついてるんだよ、気持ちわりィな。」
「これが美味しそうなんだもん。さー、食べよ!」
「幸せなヤツだぜ、ホント・・」
呆れたような口調も”それでいい”と言われてるらしいとわかる。
『勝手にしろ。』ってのは”ほのかの好きにしていい”ってことだし。
『あ・阿呆っ!』って照れたように言うのはなんだか可愛らしい。
なっつんは表情豊かになった。それが単純に良かったなぁと思っていた。
さっきの完璧スマイルを見ると、まだ学校ではリラックスできないのかなと思う。
学校にはお兄ちゃんもいるし、お友達も増えたみたいなんだけどな。
そんな心配の裏側でほのかはこの頃ちょっと悪いこと考えてしまうんだ・・・
もしかしたらこんな顔知ってるのって・・”ほのかだけ”かなぁ!?なんて。
それがとっても嬉しいような気持ちになるって・・いいことじゃないよね。
心が狭い、そんな風にも思える。寛大なほのかとしたことがどういうわけだろう。
時々なっつんがほのかが何かしてるときじっと見つめてるときもそうだ。
気のせい?!って思うほど一瞬しかないけど、嫌な気持ちじゃない。
ただ、どんな顔してるのかなって気になる。だから気付くとすぐ振り向く。
まだ一度も見れたことない・・・いいんだ、いつかきっと見るの。
色んななっつんが居る。なんだかわくわくどきどきする。ほのかってヘンかな?


オヤツの後、思いついてなっつんに聞いてみた。
「なっつん、さっきすれ違った子たちにしたみたいににこーって笑ってみて?」
「あ?・・なんでそんなマネ・・」
「ものすごい完璧スマイルだったからびっくりしたよー。」
「うるせーよ。」
「前にちらっと学校で見たことあるけどさ。」
「・・クセになってんだよ。ほっとけよ。」
「ふぅん・・ほのかにはしないよね、あんな顔。」
「オマエにしたってしょうがねぇだろ。」
「ふむふむ・・ちょびっと気持ち悪いしねぇ!?」
「気持ち悪いなんて言う女はオマエくらいだ。」
「そんなに女の子をバカにするでないよ。わかる子にはわかるさ、きっと。」
「・・どうでもいい、そんなこと。」
「そりゃこっちのなっつんの方がいいけどね。」
「・・・じゃあなんでさっきみたいに笑えなんて言ったんだ?」
「珍しかったから。」
「面白がるな、ひとの顔を。」
「表情豊かで楽しいよv」
「それはオマエだろ?!」
「なっつんも色んな顔してくれるじゃないか。」
「・・・そんなこと誰にも言うなよ。」
「えっどうして?」
「かっこ悪りぃから。」
「ナニが格好悪いの?」
「なんでもいいから、とにかく言うなよっ!?」
「わっわかったよ・・」

なっつんの剣幕に頷いたけど、どうして言っちゃいけないのかな?
隠しておくのが普通?・・・そうでもないと思う。
ほのかが言いたくない、と思うのはなんだか自分だけ特別な気がするから。
もしかしたら、なっつんを独占したいって思ってるからだろうか・・

「あのさぁ、なっつんの色んな顔知ってても誰にも教えてあげたくないって・・」
「・・?」
「それってやっぱりほのかのわがままかなぁ?」
「・・・そんなに色んな顔見せたつもりねぇけどな。」
「なっつんも気付いてないの!?なら益々貴重だね。」
「そういうことは誰にも言わなくていい。」
「いいの?ほのかの独り占めって悪いことじゃない?」
「いいも悪いもねぇよ・・・」
「そうなの?・・なんでかよくない気がしてさ。」
「・・・・」

ふと気付くと、目の前になっつんの影。俯いていた顔をあげると
見たこと無いようななっつんが居た。驚いたけど表情は変わらなかったと思う。
どういうわけかほのかは身体が一瞬で固まってしまったの。さっきの驚きとは
少し違う。あの笑顔を見たときはこんな風に胸がどきりとは痛まなかったから。
なっつんは座って見上げるほのかの少し上からじっとほのかを見てる。
いつもの不機嫌でも、怒ってるのでも悲しそうでもない。
無表情なんだけど・・・何かを言いたそうな・・違うような・・・
ただぼうっとその表情に釘付けになったまま動けずにいたのだ。
あれ?でもなんだか・・・顔近づいてない!?・・かな?
ソファの背もたれになっつんの手が掛かるとほのかは囲まれたみたいになる。
なんだか怒られるみたいに気まずくなってほのかは顔を顰めた・・みたいだ。
眼も瞑ってしまった。すると鼻をきゅっと摘まれて悲鳴を上げて目を開けた。
「なっなになに!?ナニすんのーっ!」
「オマエの顔もオレは結構知ってるぜ。誰も見たことないようなのを。」
「えぇ!?・・・それってどんな顔?」
「今みたいな気の抜けたまぬけ面とか。」
「まっまぬけ!?」

摘まれた鼻を摩ってなっつんの顔を見てみるといつもどおりだった。
さっきは見たこと無い顔してたのに・・・もったいない・・なんて思った。
けど眼を瞑ってしまったのは自分だった。ものすごく惜しい気がしてきた。
「なっつん、あのさぁ・・今のまぬけな顔の少し前に戻れないかな?」
「・・戻してどうすんだ?」
「なんでか目を瞑ってちゃったから、もったいないことしたと思って・・」
「・・オレの顔のこと言ってんのか?」
「ウン。見たこと無い顔だなーって見惚れてたら・・なんでだろう!?」
「残念だったな。」
「何かほのかに言いたかった?ねぇ、なんだったか教えてよ、なっつん。」
「・・・また気が向いたらな。」

なっつんはちっとも取り合ってくれなくて諦めたけど、なんだったんだろう。
もしかしてまだまだ知らない顔をなっつんは隠してるのかもしれない。
またむくむくと欲張りな感情が出てくる”もっと知りたいな”なんて。
悔しいような面白いような高揚感。少しまたどきどきしてる。

「ねぇ、やっぱり誰にも内緒にしてたい。いいかな?なっつん。」と言ってみた。
「そうしろ。・・そんでいんだよ。」と素っ気無い答えだった。けど・・・
「オレはオマエも知らないオマエの顔、誰にも教えるつもりねぇし。」と付け加えた。
「どうして?」と聞くと、「オレのもんだから。」なっつんは当たり前みたいに言う。
ほのかはまぬけよりもっと酷い顔になったかもしれない。顔が熱くて身体も熱い。
そんなおバカなほのかを見てなっつんは笑った。ものすごく嬉しそうに。
だから悔しいけど、その表情に免じて許してあげたの。それに一つわかったよ。
誰にも教えたくないような気持ちになることがなっつんにもあるんだってこと。
気を取り直して、なっつんにこっそりと耳打ちした。「ヘンな顔も内緒ね?」
なっつんはほのかの髪を撫でながら、「だからそう言ってんだろ!?」って怒ったような言い方。
でもちっとも怒ってないみたい。さっきともまた違う優しい笑顔を見せてくれたから。
”なっつんになら見られてもいいかなぁ・・ヘンでも”そんなことを考えた。
あっもしかしたら・・・なっつんもそうなんだろうか!?ほのかにだけ・・許してくれるの?







お互いが『特別』だと思っていると気付いた日。