あの空の向こう  


夢を見た。夢に現れる人は自分を想ってくれている
・・昔の人はそう考えたと確か学校の授業で聞いた。

ぼんやりと別の授業中にそのことを思い出していた。
夢の中のあのひとは随分素直だったなぁ・・なんて。

窓の外に広がる空は雲が多いのに負けず明るい。
何日経っただろうか。数えるのはやめてしまった。
またあのひとは突然に旅に出てしまったのだ。
どこで何をしているかということも気にしない。
不安になるから。嫌な想像を始めるとキリがなくなる。
いくら修行して強くなったって運が良かったとしても
気休めにしかならない。唯一つ拠りどころとなるのは

『約束』だ。あのひとはとても真面目で律儀なので
帰ると言ったからはどんなことが起っても帰るのだ。
それを信じて待つのをやめ、不安な気持ちに蓋をする。

たまに目覚めると涙で濡れていて慌てることもある。
そういうときは夢を忘れている。忘れたい夢なのだ。
ただその余韻で枕やシーツやパジャマが被害にあう。

 デジャヴ 

「もう来るな」いつまで経っても声を覚えている。    
胸を締め付ける想いも。あのとき拭った涙の味も。

だけど会ったよね。夢じゃない現実のこの世界で。
次からは約束を取り付けた。また再び会う約束だ。
色々と引っ張られるように記憶が思い出を再生する。
気付くといつの間にか授業は終わっていた。

帰り道、堤防沿いを歩くと夕陽が煌いて綺麗で好きだ。
ぶらぶらとのんびりゆくとよく知った声が背に届いた。

「よーう!ほのか。元気か?」
「・・また来たの新島会長。」
「ご挨拶だな。」
「変わりないよ。そっちもでしょ。」
「ちっ・・そうか。だと思ったぜ。」

お兄ちゃんやあの人の友達でもある新島さんはきっと
情報収拾だとか言い訳しつつ様子を見に来てくれる。
今回の旅は連合のメンバーが一緒なのだ。会長はお留守番。
要するにほのかと同じような境遇なのだな。そして・・

「浮気を疑われちゃうからそんなしょっちゅう来なくていいよ。」
「ケケケ・・売約済みに用はねぇよ。」
「心配しいだよね・・どの人も。ほのかは大丈夫なのにねぇ?!」
「・・・・ったく、困ったもんだ。とっとと帰れってんだよ・・」

立ち止まり沈む前の太陽に視線を戻すと会長もそれに倣った。
お兄ちゃんやあのひとから頼まれているのだろうこのひとは
顔や言動ほどには怖いひとでも嫌な感じのひとでもない。
心配してるのがわかるのだ。メンバーやほのかのことも。


「戻ると約束してんだろ?気楽に待ってりゃいいぜ。」
「待ってないよ」
「ほのか・・?」
「ココロはとっくに追いかけて行っちゃったんだ、あの向こうへ。」

「そうか・・」

沈みかけた夕陽を指差して言った。そう、あの向こう側だ。
高いところの好きな人だから、空を見上げることもよくある。
私もよく一緒に見た。燃える赤も、眩しい光も、雲の切れ端も
思い出なんて少しで充分だ。横にいたことは確かなんだから。


「そういや今朝夢に出てきたよ、あのひと。」
「ほう、よほどお前さんに会いたいんだな。」
「・・そうかな?昔のひとはそう思ったらしいけどね。」
「昔のヤツなんか知らん。アイツは会いたいだろうさ。」
「なんでわかるの?」
「そりゃ・・そういうもんだ。」
「会長さん、誰か好きなひとがいるんだ。」
「・・・お前さんとはちと違うがなぁ・・」
「何が違うの?おんなじだよ。」

会長さんは珍しく困った顔をした。このひとも似ている。
素直じゃないところが。ほのかに会いたいと思ってるかもなひとと。
お兄ちゃんは・・きっと思ってない。ほのかと似ているから。
それにお兄ちゃんの好きなひとはここに残ってはいないのだ。


「早く帰ってこーーーーい!ばかなつーーーー!!」

空に向けて叫んだら会長さんでなく散歩中のひとが驚いてた。
申し訳ない。でもまだ暗くはなっていないから許してほしい。

「・・さて、帰ろうっと。」
「送らねぇからな。気をつけて帰れよ。」
「うん、平気。ひとりじゃないもの。」
「寄り道はするなよ。」
「ぷっ・・会長さんてばあのひとが乗り移ったみたい。」
「まったくだ。お前さんは結構魔性の女かもしれんな。」
「・・惚れないでよ?」
「さっき言っただろう、売約済みはいらん。」
「意外に真面目だねぇ。」
「んなこと・・いやそういうことにしといてやるよ。」
「君も結構イイ男だもんね。」

苦い笑い顔で会長さんは手を振った。「せいぜい焦らしてやれ」
なるほど、焦らしていたのか。そう思うと楽しい気分だもんね。
今日はたっぷりと焦らしてなっちを困らせてやろう、夢の中で。


暗くなってきたから家まで走って帰ろう。
早く帰ったらご飯を食べてお風呂に入って・・
綺麗になって夢の中で少し素直なあの人を誘惑する。
帰ってきてどこで覚えたって怒られたら、言うんだ。

「ほのかを焦らす人が教えてくれたの」って、ね。
私だって焦らしていいでしょう、思う存分焦らすの。

昔のひとが正しかったとしたら、あのひとの夢にはきっと
毎晩のようにほのかが出番を占めているに違いない。
うなされてるかもしれないと思うとおかしくなってくる。

傷ついてもちゃんとほのかのとこに帰ってくるんだよ?
空の向こうでもどこにいたって飛んでくればいいんだ。

ほのかのココロがあのひとを追いかけて飛んでいったみたいに
ここに留まっているのはあのひとのココロなのかもしれない。
大切に預かっておくよ。あなたもちゃんと預かっておいてね。
空はどこにいたって繋がっている。あなたとほのかはまた会える。

夢の中のほのかのこともちゃんと可愛がってね、なっちー!








夏くん不在中のちょっと未来のお話。新島好きなんで良い役あげましたv