「兄の気苦労」 


谷本君は学校での優等生振りから休息を得るためか、
お昼休みはよく一人で屋上(通常立ち入り禁止)に居たりする。
僕は僕でよく不良に呼び出されたり探されたりするため、
お昼は隠れ場所を求めて彷徨ったりすることがほとんどだ。
その日は他に良い隠れ場所が見つからなかったので彼の居場所を訪ねた。
僕らの来訪にかなり不機嫌そうな顔を見せるけどこれはいつものこと。
だから全く気にせずに僕は気軽に声を掛けた。
「谷本君、一緒にお昼食べない?!」
「・・他所を探せよ。」
「でももう時間ないし、ここお邪魔させてね!?」
「時間がねぇなら食うな!」
予想済みの答えはスルーして「まァまァ、そう言わずに。」と近付いた。
「谷本さん、お邪魔してすみませんですわ。」美羽さんもいつも通りににこやかに。
「おいっ!てめーら・・!」
彼は珍しくお弁当を食べていたらしく、慌ててそれを隠したようだった。
「あれ!?珍しいね。それってもしかして女子からの差し入れ〜!?」
「谷本さん人気者ですものね。」
彼は知らん顔していたけど、隠したつもりの弁当包みが僕の目に留まった。
なぜかというと、それはとても馴染みのあるものだったからだ。
「谷本君、そのお弁当・・もしかしてほのか!?」
彼は少しぎくりとしたように見えたけど、「違う」とだけ言った。
「どうしたんですの?兼一さん。」
「あ、いやその・・谷本君のその弁当包み、家にあるのと同じなんです。」
「別にこんなものどこにだってあるだろ!?」と谷本君は吐き捨てるように言う。
「でもそれってほのかが前に家庭科で作ったヤツだよ?僕も使ったことあるし。」
「そうなんですの?じゃあ、そのお弁当、ほのかちゃんが谷本さんに拵えたんですのね?!」
美羽さんがあっさりと、しかしずばりと確信を持ってそう言うのを彼は怖い顔で聞いていた。
「そうなんでしょ?!谷本君、お腹大丈夫!?僕前に一度やられてね・・」
「・・どうなさったの?」
「あ、そのですね、ほのかはあまり料理が得意とは言えなくて胃薬のお世話に・・」
「まだ中学生ですもの。お兄ちゃんや谷本さんに作ってあげるなんて、可愛いですわ〜v」
「気持ちはありがたいんですけど、ものすごいもの作るんですよ!?美羽さんだって呆れますって。」
「・・・そこまで食えないわけでもねぇ・・」」
僕と美羽さんは二人して谷本君を見た。ぼそっと呟かれた言葉はほのかを庇って!?
「谷本君・・なんて優しいんだ、君って!」
「勘違いすんな。・・その、あいつも多少は上達してんだよ!」凄んでそう言った彼は
「おまえ兄のくせしてそんなことも知らねぇのか!?」と開き直ったように付け加えた。
「・・最近僕は作ってもらってないし・・そんなにしょっちゅう君に作ってるのかい?アイツ。」
谷本君は”しまった”というように少し眉を顰め、僕の問いには答えなかった。
「ほのかちゃんはとても谷本さんのこと気にかけてるんですのね。」
美羽さんの感動したような科白に僕は少々寂しいような気持ちが込み上げた。
あれほど兄である僕を慕っていた妹はいまや完全に谷本君へと目が向いている。
その気持ちが兄以上になることだってあるかもしれない。そうなったら・・
「谷本君・・・僕ね、言っておきたいことがあったんだ。」
「な、何だよ!?」
「大事にしてやって?アイツはオレの大事な妹だから。」
「そっ・・おまえ改まって何言ってんだよ!?」
「それじゃまるでお嫁にやるみたいですわよ?!・・でも良いお兄さんですのね、兼一さん。」
「よっ!?あ、あのなァ・・なんでオレが・・・;」
「泣かせたり、傷つけたりしたら許さないからね?」
「ふん・・・」
谷本君はぷいっと顔を背けてしまったけれど、きっとどんな顔していいのかわからないんだ。
僕もちょっと大仰だったかなと思うけど、一度言っておこうと思ったんだよね。
僕の友達を妹が慕ってるってのも・・・結構複雑なものがあるんだなァ・・知らなかった。
きっとまだ僕を敵視している頃、谷本君はもっと複雑だったのかもしれない。
けど、良かったな。もしかしたらほのかのおかげで彼とこうして親しくなれたのかもしれないし。
「兼一さん、そろそろ食べないと予鈴が鳴ってしまいそうですわ。」
「あっ!ヤバイ。食べましょう!美羽さん。」
「オレはもう行くぜ。」
「あれ、谷本君行っちゃうの!?」
「また今度ご一緒に!お邪魔しましたですわ。」
美羽さんには答えず、去り際に彼は振り向いて「たまには妹の手料理食ってやれよ。」と僕に言った。
僕は少し驚いて、「・・どうして?」と尋ねてみた。
「腕を上げたってことがわかるからだ。」と彼は何故だかとても偉そうにそう答えた。
「ふーん・・そうか。じゃあ今度食べてみるよ、胃薬は要らないね!?」
彼はにっと口の端を上げて微笑んでくれた。僕はその意味がわかって嬉しかった。
「男同士の会話・・ってヤツですの?!なんだか羨ましいですわね。」
「そんなたいしたことじゃありませんよ。ただ彼もほのかのこと大事にしてくれてるってわかって嬉しかったんです。」
「うふふ、私もそんな気がしましたわ。」
胃薬なしでも大丈夫になるまで彼は辛抱強く妹の手料理につきあってくれてたわけで。
そして兄の僕に妹の名誉挽回の機会まで与えてくれたのだから。
「でも美羽さん、身内じゃない男に妹を自慢されるのって・・やっぱり複雑ですよ!?」
「そうなんですの?・・・やきもちですか?!」
「・・・うーん・・・そうかな?・・そうかも!?」
僕は素直に美羽さんの言葉を受け入れてみた。それもあるかもしれない。
だけどね、ただのやきもちとは違うんだ、どういえばいいかなぁ・・?
悔しいだけじゃなくて、なんだかとても嬉しいような・・・なのに寂しいような。
「なんだかこれからも色々と心配事が増えそうな気がしてきましたよ、美羽さん。」
「そのわりに、兼一さんったら、とっても楽しそうですわ。」
「そうなんですよ、そこらへんが複雑なんだよなぁ!」
僕と美羽さんはそんなことを話しながらお昼ご飯を食べた。
予鈴が鳴って慌ててしまったりしたけど、なんとか本鈴には間に合った。
教室での谷本君はいつもの澄ました顔に戻っていて、僕と美羽さんは顔を見合わせて微笑んだ。
彼はちょっとへそ曲がりなところはあるけどやっぱり憎めないヤツで。
妹と仲が良いのはいいけどこれ以上仲良くなるのもなんだか複雑で。
だけどどんな風に変っても妹はこれからもずっと可愛い僕の妹で、
僕は彼の友人であり、好敵手であり続けるのは違いないんだろう。
こんな気苦労くらい仕方ないのかもしれないな、妹を持つ兄ならば。
さて、次に家に帰ったとき、ほのかにどんなものを作ってもらえるんだろうかと
少々おっかないけど楽しみな予定を頭に書き加えて思い描いた。
「でももしできたら、ずっと仲良くして欲しいですか?」と美羽さんが尋ねた。
「ええ、そうですね。それに・・・”僕たちも・・”」
「それに?・・なんですの?」
「い、いえ。これからもきっと大丈夫ですよね、きっと。」
「そうですわね。」と美羽さんは優しく微笑んでくれた。
”ずっと一緒に居られるように、僕も頑張らなくちゃっ!”僕は心の中で新たに誓った。







夏ほの風味ですが、メインは兼一ほのかでラストは兼美羽・・・でしょうか!?
いつか義兄弟対決とかする日が来るかもしれないよな〜と思いながら書きました。
ちょっと真面目なまだ夏くんとほのかが恋人にもなってない頃の話でした。