あまくてにがい 


 「おいし〜い!なっちのはあまいね!」

 至極当然で素直過ぎる感想が漏れ落ちて
ほっぺどころか顔全部が落ちそうになって
満足と書かれた顔に少しだけ心を癒された。

 「なっち、」
 「なんだ。」
 「ほのかのも食べて。」
 「・・・・」

 例えば練習台にされるとか、ダシにされる、
理由は様々だろうが兄妹なんてそんなもんだ。
今年は本気だとほのかが意気込みを見せたとき
何故俺が手伝う理由があるかと憤りはしたものの
結局押され流されほのかの本気はかたちを整えた。

 「味見なら要らん。俺が指南したんだから。」
 「そうか、それもそうだね。」

今日のほのかはいつもより素直でかなり真剣だ。
いつも気合は入っているが本気は偽りではない。
真っ先にほのかの兄の姿が浮かぶが別人かもしれない。
誰に食わせる代物なのかは確かめないまま今に至る。
目の前で真っ直ぐな気持ちを見せ付けられたまま、
ラッピングまでされる。まさか届けるところまで
つき合わされはしないか多少疑いは持った。まさかな。
食洗機に使用後の道具類を押し込んでお茶となった。
ほのかは緊張が続いている。完成を見たというのに。
実際に手渡してそこからが”本番勝負”といったところか。

いつになく無口で静かな居間に茶器の音が響く。
どこのどいつに惚れただのなんだのと聞いたことはない。
兄が兄がと兼一の話なら耳にタコが出来るほどだったが。
試食をさせようとしたくらいだから俺自身も範疇外決定だ。
あんまり気軽に食わせようとするので実はちょっとへこんだ。
否、かなり・・期待していたのかもしれない。自己嫌悪増大。


 ほんの少し、きっと気付かないくらい僅かずつ変わってく。
俺だけに笑うわけじゃなく、俺のために生きてるはずもない。
便利だとか都合がいいとか思われるのにうんざりしていても
ほのかだけはなんとなく別のような気がしていたのだ。
なんておめでたいんだ。俺は底抜けの阿呆だなと実感する。

 「どうしてあまいんだろうね。」
 「はあ・・?」
 「なっちがほのかにあまいって。」
 「ああ誰かにそう言われたのか。」

こくんと頷くほのか。あっけらかんと不思議顔すんなと
内心で突っ込むが黙ったまま冷めかけのお茶を飲み干した。

 「ほのかだってなっちに甘くしてるのにねえ!?」
 「はい・・?」
 「なっちばっかりほめられるのはおかしいじょ!」
 「お前の言ってることがおかしい。誉めてはないぞ。」
 「なっちが優しいってことでしょ?ほのかも優しくしてるもん。」
 「甘いのと優しいのとは違うだろ。」
 「どうちがうのさ。」
 「どうって・・あまいってのは・・優しい以上、か・・?」
 「あんまりちがわない。すごくやさしいってことでしょ!」
 「待てよそうじゃなくてあまいってのは」
 「どうでもいいよ。とにかくほのかも負けてないんだからね!」
 「勝負の話でもないだろ!なんなんだよ、何が言いたいんだ?」
 「ほのかばっかり愛されてるって思われるのがしゃくなのだ。」

 「・・・待て待て待て待て、それ、」
 「ほのかどこにも行ってないのに待てないじょ。」
 「愛してねえよ!お前だって誰か好きな奴ができたんじゃ」
 「愛されてるって皆言うよ。好きな人ならいるけど。」
 「兄貴とか友達は別個なんだぞ、そういうのは。」
 「ほのかにだってわかるよそんくらい!」
 「わかるわけないだろ、お前になにがわかんだ!」


 「だからきちんと言っておこうと決心したんじゃないか。」


かみ合わずにイラついていた俺の目の前に見覚えのあるラッピング。

 「・・・なんだ、コレ。なんでコレがここに出てくるんだ。」
 「たまには本気を見せておくじょ。なっちばっかじゃずるいのだ。」
 「ほのか・・ちゃんとわかるように言え。さっぱりわからん!」
 「ちみねえ、どんだけほのかちゃんをばかにしておるのかな?」

ほのかは背を伸ばし、やれやれとため息なんぞ盛大に落とした後
すっと息を吸いきっとりりしい顔つきになって俺を見つめなおした。

 「なっちがすきっ!ちゃんと特別なすきだよっ!わかった!?」

でかい声で喧嘩でも売っているような告白に正直・・面食らった。
しかもなんというか・・腰に手を当てて実に尊大な態度で上からだ。
思わずさっきの告白は幻聴かと耳を疑う位ほのかはえらそうだった。

 「・・なんでそんなにえらそうなんだよ。」
 「それはその・・ほのかちゃんであってもやっぱ緊張するのだ。」
 「っ・・おっ・・ま・・マジ・・なのか?」

どんどんふんぞり返っていったほのかが突然鳩が豆鉄砲食らった顔になる。
そして何故だか困ったような顔になり、おろおろしているようでもあった。

 「なっち!?あのさ、そんな・・めずらしいというかなんか・・」

おろおろしているかと思えば恥らったような顔になる。忙しい奴だ。
俺はそれらをぼーっと見ていたわけじゃない。かなり大変だったのだ。
なんせほのかを狼狽させるほど赤面していると自覚はあった。しかし
どうしたわけかいつものように仮面が被れない。演技どころではなく
汗は吹き出す、心臓が騒ぐ、全身が妙な緊張で戦慄いてつまり必死だ。
その間何秒だか何分だかわからない。時間の感覚にすら認識に支障が出た。
次第にほのかも心配になったのだろう、おずおずと手を伸ばしてきた。

 「わっなにこれ汗!?なっち気分悪いの?まさかほのかのせい!?」

驚くのも無理はない。俺も驚いているんだが声もまさかのストライキだ。
なんとかしなくては。これでは日頃の修練はなんだったんだってことに。
ほのかの手は躊躇していたがそうっと額に指先が触れそうなくらいの距離に
近付いた際ようやっと体が動いた。金縛りより厳しい状況で肺が痛かった。

 「お・驚かせやがって!騙そうとしてんじゃねえだろうな!」
 「だますだとー!?ぶれいにもほどがあるのだ。」
 「本気だなんてお前・・いつからだよ!」
 「ええっそんなのわかんないよ、そこ重要なの?」
 「否まあいい・・お前本命に味見させるか普通!」
 「味見?ああさっきのか。そんなの誤解だじょ。」
 「お前どんだけ・・・っきしょう、腹立つ・・!」
 「あのさあ・・告白して腹立つってヒドクない?」
 「なんて答えればいいんだ。」
 「お断りじゃないんならこれ食べてよ、チョコ。」
 「ちっよこせっ!」
 「うわらんぼう!っう・わあっそんなむごい!!」

ラッピングもリボンも引きちぎれたのでそのことが”むごい”らしい。
食えと言うから・・俺は先ほどまでの俺からの恨みの混じった物体を
口に放り投げ噛み砕いた。苦さが口一杯広がる。相手を呪ってそうした。
毒は仕込めなかったが幸いした。ここで死ぬのは割に合わないからだ。

 「ど、どお?・・おいしい?」
 「当たり前だって言ってんだろう、俺が手伝ったんだ。」
 「苦いと思ったんだけど・・ほのかも味見したときに。」
 「いつそんなことしたんだ!」
 「あっ味見は作る人の特権だっていつも言うじゃんか!」
 「そうだが・・お、男は苦いのが好きな奴が多いんだ。」
 「なるほど。じゃあ今度から苦いの作るね!」
 「う、そ・れほど苦くしなくて・・いいが。」
 「うん。食べてくれたらなんだっていいよ。」
 「うれしいのか?ほのか」

 「もっちろんっ!!」

飛びついたほのかを受け止めて、初めて強めに抱きしめた。
苦しがって「ぎぶ!ぎぶ!」って俺の背中を叩くが許さない。
まだ余裕があったからだ。笑い声が耳元でくすぐったかった。

 「ねえねえ、なっちも告白返しすれば?」

子供はこういう馬鹿な質問をするものだ。誘う気もないくせに。

 「そいつは一ヵ月後なんだろ?」
 「ちえ・・おあずけかあ〜!?」

 ほのかは唇を尖らせて追い討ちのように誘ったがそうはいくか。
抱きしめて放すのが惜しい俺はくやしまぎれに首元に噛み付いた。

 「ひゃあっ!・・なっちがかんだ!!?」
 「おまえにばっかり愛されてちゃずるいんだろ!」
 「そうだよ、ほのかだって愛してるからかむの!」

チョコレートなんぞ食って死ねなんて俺自身に言った報いで
息が詰まった。苦しい。なんて苦さだ、あまくてとけそうだ。

 「あまいって意味はなぁ・・そのうちわかる。」
 「やさしいじゃなくて?わかった、教えてね!」








バレンタイン用SSでした。遅いなんてもんじゃないですけどw