「甘くない」 


現実は常に甘くない。そんなことは知ってた。
例えばほのかも見た目だけなら無力な子供だ。
外面に騙される奴らはおそらく多いんだろう。


「オマエ、よかったな。親に感謝しろよ。」

唐突なオレの呟きにほのかは顔を上げじっと見つめてきた。
小動物がするような仕草に見えた。例えばリスみたいな。
はねた髪がひょんと揺れたりすると耳のようにも思える。

「どういう意味?」

言葉の裏側を探るような目つき。大きな目が光った気がした。

「別に・・見た目だけなら普通っていうかな。」
「ほのかって普通じゃない?」
「悪く取るな。深い意味じゃねぇ。」
「見た目だけなら可愛いとかそういうこと?」
「まぁ・・そんなような・・」
「ふぅん・・ほのかはなっちの見た目はあんまり好きじゃないよ。」
「今までにオマエ以外にそう言ってるの聞いたことねぇ。」
「でも今はなっちのこと知ってるから見た目も可愛いと思うさ。」
「・・・そりゃどーも。”可愛い”はともかくな。」
「あれかね、ちみもほのかが気に入ったから可愛いと思うんじゃない?」
「オマエ自分でも見た目は可愛いと思ってるんだろ?違うのか?」
「言っちゃいるけど・・劣等感の裏返しさ。」
「・・・子供っぽいとかそういうの気にしてるよな。」
「そう。欠点だけど、可愛いと思うようにしてるの。」
「それはわかる。実はオレもそういう部分あるから。」
「知ってる。なっちは自分の顔、あんまり好きじゃないよね。」

オレは少し目を細めた。言い当てられて少し気まずかったのかもしれない。
ほのかはソファで寝そべっていたのだがつと立ちあがり、オレのそばに来た。

「何があったのかわかんないけど、元気出しなよ。」

言われてオレは目を丸くした。オレは落ち込んでるように見えたのか?
確かに少々気疲れは感じていたが、体調に変化を覚えるほどではない。
だが、ぎくりとしたということはほのかはオレの気付かないことに気付いたことになる。
相変わらず侮れないヤツだ。もうなめて掛かっているつもりは毛頭ないのに。
動揺を抑えようとしているオレの頭をさわさわとほのかの小さな手が撫でた。
子供扱いなそれはほのかがよくする動作で、やめろと言うのは既に諦めている。
コイツは自分で決めたことは誰が何を言っても行動するのだ。間違いなく。
撫でられていると妙に落ち着かなくなるが、これも修行と努めて顔には出さない。
でないとエスカレートして頭を抱きかかえられたりするからだ。アレは厄介だ。
ガキとはいえ、柔らかい胸の辺りを押し付けられ、ほのかの匂いが嫌でも間近になる。
引き剥がそうとしても却ってしがみつかれたりするので対処に相当困るのだ。
早い目に手を打っておこうとオレはやんわりとした口調で言った。

「元気出た。もういいぞ?」
「その顔は無理してる。騙されないよ。」
「騙すとか・・してない。くすぐったいんだ。」

正直な台詞にほのかはふふっと笑顔を見せた。ああ、可愛いなやっぱ。
さっきほのかが言ったことだが、オレは気を赦した頃からそう思うようになった。
それまでは特に思ってなかったというのに、急に可愛く見え出して焦るほど。
見破られてると思うと不本意な分、悔しさで頭に血が昇ったりもする。
ところが、そんな何も言わずとも自分のことをわかってしまうほのかを・・
なんとはなしに見直したり、その都度満足したりする自分に気付く。
甘ったるい気分を伴ってだ。オレはほのかを気に入ってる、それが事実だ。

「素直に”可愛い”と言えばいいのに回りくどい誉め方だねぇ・・!」
「うっせぇよ。誰もオマエが可愛いなんて言ってないだろ?」
「ほのかが可愛いって?何度も言ってるよ、気付いてないのかい!?」
「・・・・それはその・・会話の流れで・・直で言ってるってわけじゃ・・」
「ヘタ過ぎる言い訳じゃのう。」
「黙れ。・・・悪いか。」
「嬉しいから撫でてんのさ。元気なさげなのも気になったしね。」
「あぁ・・別に元気ないってほどじゃない。気にスンナ。」
「ほのかが足りないなら補給すればいいじゃん。」
「・・・どうやって?」
「さあ?・・どんなでもいいよ。」
「オマエがするみたいなのでもいいのか?」
「いいよ?」

愉快そうな声でほのかは了解を示すと笑い出した。上気した頬が赤い。
誘惑に勝てずに腕を掴んで座っている自分に引き寄せた。体は膝上に落ちてきた。
両腕で仕舞い込むように抱いた。力は入れずにゆるく囲うようにだ。
ほのかは別段嫌がることもなく、まだくすくすと笑い声が零れている。

「ねぇ、寂しかったの?ちょびっと会えなかったもんね。」
「ちょっと黙ってろってんだよ。」

ほのかを黙らせようと腕の囲いを狭めて強く抱きしめた。小さな悲鳴が上がる。
そんなに痛くないはずの力だ。悲鳴といっても深刻でなくふざけるように軽い。
胸元でそんな悲鳴やほのかの息遣いがすると、温かくてくすぐったい。
なんでこんなに可愛いと思うようになったんだろう、どうにかなりそうになる。
いっそ唇も奪って、何もかも手の内にしてしまいたいような気にもなってしまう。
しない、というかできないのだが。怖くてとてもじゃない選択肢だったりする。
これ以上弱みを見せたくないのかもしれない。それに嫌われるのも嫌がられるのも。
そして一番怖いのは・・どこかへ行ってしまうことだ。失えばきっと心を亡くす。
こんなへたれなことを考えていることも知られてしまっているのだろうか。

「なっち・・どきどきしてきた・・・」
「そういうこと言うな。ヤバイから。」

大人しくなったなと思うと赤い頬のままほのかが上目遣いでそんなことを言った。
知ってるさ、口ではえらそうで上から目線で、姉さんぶるくせして。
ホントは怖いんだろ、こんな風になったオレに気付いてしまってから。
だから何もしないさ、これ以上は。だけど足りなくておかしくなりそうだった。
ああ、やっぱ全部ばれてたのかもな。オレがオマエに触れたかったことが。
気付いて来てくれた。途惑いはあってもオレを信じて。負ける、その強さに。

「なっちぃ?」
「黙ってろってのに・・なんだよ?」

何も考えないようにしながらほのかを抱いて俯いていたオレの頬を掠めた。
柔らかくて蕩けそうな唇で。一瞬マジで頭は空っぽになった。
しておいてすぐに顔を伏せた。照れるな、アホ。可愛いから、頼むから。

「誘ってんのか、コラ。」
「へへ・・ばれた!?」

なんとか誤魔化そうと出したいつもの口にふっと顔を見せた。
まだ頬は染まってるが、少しいたずらっぽい顔に戻っていた。

「・・してほしいのか?」
「ウウン。しなくていい。」
「なんだ・・」
「ぷぷ・・がっかりしてるの!?」
「別に。何もするつもりない。」
「意地悪かな、ほのかって。」
「わかっててやるもんな。」
「なんでわかっちゃうんだろね?」
「さぁな。とぼけやがって。」
「ほのかは素直にちゃんと言ってるし。」
「言っていいのか、耳元で。」
「ダメ!不許可。」
「オマエって・・」
「可愛い?なっちだけがそう思ってればいいよ。」
「思う壺だ。このバカ!覚えてろ。」

微笑みが交差した。距離があんまり近くて、錯覚しそうになった。
もう二人して体も重ね、することしちまった後みたいだな、なんて。
心はいつもほのかが充たしてくれる。なんの不満もなく手放したくない。
ほんの少し強く抱きしめなおして、「オマエなんかこうしてやる。」と囁く。
おかしそうに笑う。嬉しそうにオレの胸に頬刷りなんてして。

オマエは全く甘くない。だけどそれを抱くオレをどこまでも甘くする。










あー・・やっぱものすごく甘くなりましたね!?(予想に違わず)