「甘く感じて」  


おかしなことだ。どうしちゃったのだろうか?
ちょっとばかしがんばってしまったチョコのせいか、
はたまた今年は大きさに変化があったことが原因か。
友チョコというもののはずだ。しかし男の子なので・・
実は手作りではこれが一番出来もよくて大きいのだ。

試作したものは兄の住み込み道場に既に預けてきている。
なんと今年はその大好きな実の兄の立場を奪い取ったチョコ。
それを相手に渡すのだが、そこでおかしなことに気付いた。

”なっちにハイって渡すだけなのに・・・おかしいなぁ!?”

友というより相棒と呼ぶのが近いなっちこと、谷本夏。
兄のついででオマケとして作ってあげたのが最初の年だった。
素直ではないが喜んでいるようで嬉しかったのでそれから恒例に。
どうということもない、慣れた相手に対して緊張している。

”ドキドキしてるなぁ・・妙だな。なんでなんだ!?”

そう、ほのかは一生懸命に作って成功をおさめた奇跡のチョコを
敬愛する兄ではなく夏にあげよう!と思ったところからがスタートだ。
何故かすぐにそう決めて、ラッピングにも頭を悩ませ、試行錯誤し。
それらの行程がそうさせたのか、いざ渡す段になると躊躇した。
咄嗟に背中に隠してしまった。タイミングを逸してしまったために。

ぱっと差し出してしまえばそれで済む。何を迷う必要があるのか。
紅潮してくる顔や体全体が感じている緊張。そして迷い、躊躇い。
これではまるで・・意中の相手へのマジ告白前のようではないか!
ほのかはそう思うと足が竦み、チョコを隠すまでに至って更に焦る。

”妙にカンがいいからなっちが気付いちゃう!早くしないと!”

イヤな汗まで感じ出すと、ほのかはえーい!と勇気を振り絞った。
実は数分前からのほのかの一人緊張劇場の様子を夏はずっと見ていた。
張り切ってやってきたほのかが、急に立ち止まると顔色を変え、
紅くなったり青くなったり、そして何故か隠しているらしい『ソレ』。

”あれ・・多分そうだよな?・・何故こんなことになってるんだ?!”

夏の方もほのかの様子を見ておかしなことになっていた。妙に緊張する。
毎回違った意味で緊張はしていた。それはほのかの”手作り”の恐怖だ。
出会った当初に比べ、多少改善はされているのだが、今も油断はならない。
とんでもない出来の料理や菓子によって、彼の胃腸は随分鍛えられてきた。
それらの苦痛に耐えるため、自らも料理することを覚えたほどの恐怖だった。
ひとえにほのかが悲しまないようにとの配慮からだ。その点は自覚がある。
少しは文句も言うが、基本食ってやっている。それも残さずにだ。
そしてその真の理由は、食べてやったときのほのかの喜びようが
涙を浮かべんばかりだったり、万歳が出るほどであったり半端ない。
そんな心底の喜びを示されて、喜べない男はいないだろうと夏は思う。
だからいつもどんなものでも、”食う”という選択肢以外持たないのだった。

ところがどうしたことか、押し付ける勢いのほのかならば知っているが
今回はえらく遠慮がちだ。もしや今年は致命的な出来栄えだったのだろうか!?
いや、実際殺されることはないだろうが・・・死んでたまるかとも思うし。
見ていて気になったのはそこだけではない。どうも顔が紅い上そわそわしている。
まるで夏にとっては珍しくない光景。つまり女子全般が彼に示す行動だ。

”いやまさか・・・ほのかだし。ありえないよなぁ・・?!”

心の声が聞えていたとしたら、失礼なことを言われているほのかだった。
その緊張が伝わるからか、夏までもが落ち着かない。平静を保ってはいるが
無駄と思える神経の研ぎ澄ませ方をしている自分に突っ込みたいほどだった。
そんな葛藤があるとは露知らず、ほのかが思い切って行動に出た。

「・・っなっち!これっ・・あげるっ!・・」
「・・あぁ。」

勢いよく眼の前に突きつけられた箱は見た目だけなら大人しい。
しかし、ほのかは目をぎゅっとつぶっていて顔は更に紅潮している。
これではどうしても”本気チョコ”を渡されているように思えてしまう。
ほのかの勢いのまま受け取った箱には、まだほのかの手が張り付いていた。
そこまで緊張するってどうなんだ!?と思いながらも、夏はやんわりと

「渡したくないのか?受け取れないぞ?」
「えっ!あっ!?・・離すの忘れてた。」
「これ、作ったヤツか?!そうだよな。」
「そうだよ!今年は自信作なんだじょ!」
「へぇ・・今食った方がいいか?」
「・・・・・うん、その方がすっきりするかな?」
「何をそんなにガチガチになってんだよ、おまえ」
「そうなんだよ!自分でもヘンだなぁって思う。」
「オレもどうなってんだと思ってたんだよ。」
「はは・・ホントだね〜!ちょっとほっとした。」
「・・・見た目もそんなに悪くないな。」
「ホントッ?!へへっ・・嬉しいな!」

言ってはみたものの、相当の覚悟でもって夏はそれを口にした。
ところが意外にもそれほど無遠慮で破壊的な味が広がってこない。

「・・甘いな。チョコじゃねーかよ・・普通に。」
「マジで!?おお・・ほのかやり遂げた感がしてきたよ。」
「・・・ちょっと違う味も混ざってた・・」
「うぬっ!?だっダメかい!?気持ちワルイ?!」
「・・うまかった。ごちそうさん。」
「!?」

夏の前でほのかの顔がスローで再生したように変わっていった。
ぱああっと耀きを増していくさまは、至近距離も手伝って感動的だ。
そんなに喜ぶってどうなんだと前々から思ってはいたが、今回は
夏の胸が厳かな痛みを感じるほどに嬉しかった。過去最高と言っていい。
なんだかそんなほのかをぼうっと見ていたらしい。ほのかがきょとんと
目を丸くしたあと、夏の顔を覗きこんだので思わず顔を後ろに引いた。

「なんだよっ!?」
「あ、動いた。いや、固まって見えたから・・びっくりしてさ。」
「おまえがあんまり喜ぶから・・ヘンな奴だと思ってたんだよ。」
「そうか・・って失礼な。でもいいや。なんか一仕事したって感じ。」
「やっと緊張感が解けたな。お茶でも淹れるか・・」
「うんっ!お茶しよう。なんか喉渇いてカラカラだもん。」
「そうだな・・エアコンの湿度は調整してあるんだが・・」
「なっちのお茶飲んだら治るさ。美味しいもん!」
「なに煽ててんだ。」
「ふへへ・・・男の子に告白するときってこんな感じなのかな?」
「はあ?・・おまえ誰か・・好きな男ができたのか?」
「ううん?誰もいないよ。」
「そうか・・」
「安心した?」
「そっそういうわけじゃねぇ。」
「ほっとして見えたんだもん。」
「フン・・」

夏は動揺を覚え、頬を染めた。それを見たほのかがはしゃいだ声を立てた。

「なんで赤くなってんの!?なっちがヘンだー!おもしろーい!」
「おっおまえのに釣られたんだ。ほっとけ。」
「ほのか赤くなってた!?あや〜・・やっぱりそうだったか・・」
「自覚あったのか。」
「うん。なんか緊張するしドキドキしちゃうし、おっかしいなって・・」
「まぁそんな風に見えたな。」
「なんかなっちのこと好きになったのかなっ!?って思っちゃった。」
「・・・・気のせいだろ?」
「・・だよねぇ?!」

ほのかは照れたようにそう言った。特に問題のない相槌だ。
なのに夏はがっかりしていた。気のせいだと肯定したことをだ。
そして落胆したことに驚く。何をがっくりきてるんだと思った。
ほのかはようやくいつもの通りのリラックスした表情を見せていた。

”そうか、オレは・・勘違いしてたのか・・・?”

思いも寄らないほのか。そこに寄せたものは期待だったのかもしれない。
では何を期待したというのか、それは・・そのままだとすると

”おいおい・・何考えてんだ!?バカか、オレは!”

甘酸っぱい心の奥底を覗いたようで、夏はそれをすぐさま否定した。
その感情や、ほのかの示した行動は”らしくない”にも程がある。
なので否定した後、蓋をした。上から打ち付けるくらい固く閉ざす。

「あ〜でもさ、きっとホントに好きになったらわかるよね。」
「何を・・あぁ、他の誰かを・・想像できねぇけどな。」
「他?他じゃなくって。なっちを好きになったらってこと。」
「オレ!?オレも対象内なのかよ!?」
「イヤだってのかい!?失礼だねっ!」
「ガキがいつそんな色気付くのかってことだよ。」
「うわっひどっ!ほのかだっていつか恋に落ちる日がくるさ!」
「おまえが!?一度見てみたいもんだな。」
「バカにして・・・ベーっだ。見せてあげないぞ!」
「・・・・・そうかよ。」
「ん?そんなに残念なの?!やっぱり見せてあげようか?」
「誰も残念がってなんぞ・・・見せるってどうやるんだよ。」
「よく一緒にいるから見れる可能性高いよ、きっとなっちの場合。」
「・・・そうでもねぇだろ、そんな四六時中一緒じゃないんだし。」
「それにさ、やっぱりなっちが第一候補だし。」
「へ・・?」
「今のところ、お嫁に行くのはなっちと決まってるしね。」
「そんなこと勝手に決めるな!」
「寂しがりのなっちのためにお嫁んなってあげるよ。遠慮しなくていいからね。」
「誰が!」
「あっでもさぁ・・もう好きになってるかもだよ!どうしよう・・」
「なにっ!?」
「いつだろ?困ったじょ、いつだかわかんない。」
「ちょ・・何を言ってる?」
「あのね、ドキドキってなるんだ。よくなっちの近くにいると。だから。」
「だから!?だから・・・なんだよ?」
「え〜わかんないの?・・だからぁ、もう好きになってるかもってこと。」
「そっばっ・・・ばか言って・・んじゃ・・」

今度は言い逃れのしようのない程に夏の顔全体が茹で上がった。
あまりの変化にほのかも呆れてぽかんと見惚れてしまい、声もない。
しかし、しばらくのタイムラグを経てほのかもぽっと頬を染めた。

「あっほんとに釣られた。釣られるものなんだね!」

ほのかは自分の両手で両頬の熱さを確かめながらそう言った。
夏はいよいよ呼吸困難か!?と疑いそうなくらいおろおろしている。

「へんだねぇ!?ねぇなっち!これってやっぱりそうかな!?」
「っし・・知るかっ!」

夏は紅い顔しながら怒ったようにそっぽを向いた。それを見てほのかが笑う。
「るさい!笑うな!」と夏が強めに言ってもほのかは笑い転げたままだ。

「よかった。ほのか失恋しないで済みそうだ!ねっ!?」
「オレはおまえなんぞ・・おい、まさかホントにおまえ・・」
「うん、好きみたい。へへっ・・」
「冗談じゃねぇ・・」
「もちろん本気だよ。」

ほのかの笑ったせいで涙交じりの目は夏を見ていた。
その視線が刺さったかのように夏は反らさずに見詰め返す。

”おい・・・落ちたのは・・・どっちだよ・・!?”

夏の耳に蕾が弾けたように聞えた音はなんだったのか。
ほのかの「本気だよ」の言葉を快く感じたあの瞬間かもしれない。
ほのかを見詰める夏の視線にほのかはもう笑いを忘れていた。

”あっ・・やっぱり・・・好きみたい!”

言葉を忘れてしまった二人に沈黙がゆるく流れる。
この先は何があるのかをほのかも夏も知らない。
ただ、揃って感じているのが喜びであることは確かだった。











ほのかのイラスト使って書いてみたくなったので一つ。