あまいなつ 


 暖かくなってくると元気度が増す奴がいる。
特に夏の身の回りでその様子を顕著に表しているのが
ほのかである。食いしん坊でもある彼女は食べ物には
二種類あると夏に対して偉そうに言い聞かせていた。


 「世の中には幸せの食べ物というのがあるのだ。」

主に自分の好物を指しているのだと夏は直ちに察した。
ケーキなどの女子の好むものは全般にそうらしい。
なのでほのかに作ってやることも習慣になっている夏が
6月になって何か新たなレシピを探していたときのこと。


 「なっちー!見てみて、おすそ分けなのだ!!」

ほのかが持ち込んだそれは「甘夏」だった。

 「これで何か幸せの食べ物作って欲しいのだ。」

未だ見ぬそれを想像してうっとりした顔付きのほのかに
夏も腕をふるわざるを得なかった。そして考えて多少の
相談もした上で、パフェとシロップ漬け、そして寒天で
固める「甘夏カン」をこしらえることとなった。


 ほのかも手伝うー!と大張り切りで踏み台を用意し、
夏とおそろいのエプロンもして、ばっちり臨戦態勢だ。
そうして幾度目かの夏とほのかのお菓子作り会が始まった。

 幸せの食べ物とはまず考えることから始まって、作る
工程、そして食するまで全てが含まれるということである。
夏はつまりいつでもほのかの幸せの食べ物作りに手を貸して
いるわけで、幸せ製造人らしい。それもかなり高位の職人と
認識されていて、夏にとってそれは密かな自慢でもあった。


 「ほら、ほのか。味見!」
 「わあっ!おいしそう!」


楽しみの一つである幸せ工程「味見」においても、夏は
傍らで目を輝かせるほのかと美味しさに飛び上がったり
まさに幸せに浸る様を思う存分堪能している。おすそ分け
どころか夏にとっては至福と言っても差し支えない喜びだ。
柔らかな頬が美味しさで赤みを増す。賞賛の声も眼差しも
全てが夏に向けられる。天にも昇る心地がする。

 「なっちってやっぱり天才だじょ!」
 「・・・冷やしたらうまいだろうから残りは冷蔵庫な。」
 「うん!おやつはこれで決まりだね!?」
 「少し家に持って帰るか?」
 「ありがとう!もらうじょ。お母さんもお父さんも大喜びさ。」
 「兄貴の分は・・」
 「ちょうだい。ほのかが梁山泊にお届けするじょ。」
 「待てこら、だったらもっと数が要るじゃねえか。」
 「あ、そうか。あそこ大人数だったねえ?」
 「ったく・・砂糖漬けにする分は今度さくらんぼにするか。」
 「らじゃ!それを今度は保存食にするのだじょ!」
 「そうだ。寒天は日持ちしねえからな。」
 「えへへ・・なっちってホントにすごいじょ!」
 「これくらい誰だって出来るぞ。」
 「ううん、そうじゃなくってなっちも幸せ作り名人、じゃなくて」

 「幸せ作りの達人!なのだじょ〜!」

 「・・ばぁか・・」

ほのかのこれでもかというほどの賛辞に夏の心は蕩けそうだ。
こんなことで達人と呼ばれてもしょうがないと毒づくこともせず
ただ舞い上がる気持ちを持て余してはほのかに「飛び上がるな!」
「落ち着け!」とたしなめる風を装った。


 「ねえねえ、なっち!」
 「なんだよ?」
 「はい、あ〜ん!」

 大人しくなったと思ったらほのかが甘夏の切れ端を指で摘み
夏に向けて差し出した。あ〜んと大きな口を開けて笑いながら。
ほんの数妙躊躇した。しかし夏はそのまま指に顔を近付けて
ほのかの指ごと甘夏の切れ端を口に含んだ。瑞々しい果肉の味が
口内に広がった。ただほのかは少々戸惑った様子である。

 「あまいな。」
 「あ、うん・・だじょ・・でもあの・・指・・」
 「ああ、おまえの指もあまい。」
 「お砂糖付いてたのかなあ?手は洗ったじょ?」

 口から開放された自分の指をほのかはぼんやりと眺めた。
そして何を考えたのかその指をぱくりと口に含んだのだ。
目を見張った夏に、ほのかは不思議そうな顔で呟いた。

 「ちっともあまくないじょ?」

 「そっ・・それは・・俺が・・舐めたから・だろ。」
 「そうかあ!指ってほんとにあまいのかと思ったじょ〜!」
 「・・・っとにおまえ・・ばかだな・・」
 「ちがうのだ。かしこいのだじょ!確かめてみたんだもん!」
 「そうかそうか・・かしこいな。」
 「もう!なっちは時々いじわるだじょ!」
 「だからばかだっての。」
 「なんで!?」


甘い砂糖漬けより、酸味のある果肉より、とろりとした食感も
何もかもがかなわない。というよりおいしさはすべてほのかが
もたらしてくれるものだ。味わう幸せの食べ物。夏にとっては
ほのかがいなければ何一つ味わえないもの。そのことをほのかは
知らない。知る由もない。夏自身もまだ言葉に出来ていないくらい
淡くて柔らかな感情。あまいと呼んでいいのかもしれない。そんな
心を蕩かせてくれる存在への想いを。


 「多過ぎて持つの大変だろ。俺も運ぶ。」
 「じゃあ一緒に梁山泊行こう。皆喜ぶじょ!」
 「それからおまえんちの分もな。送ってくついでだ。」
 「なっちは幸せ配達人に早代わりなのだ。忙しいね。」
 「それは俺の手柄じゃねえから・・・」

 ”おまえが幸せの達人で配達人だろ!”

何故だか素直にそう言えず、夏はほのかの頬を突いて誤魔化した。







あまく仕上がったでしょうか?^^;