「甘えさせて?」


大抵の男はそうだと思うんだが、甘えられるのが好きだ。
ただし相手は限定される。これもまた至極当然のことだと思う。
しかし女もそうなのかもしれない。甘えられたい派があるらしい。
オレの特定の相手も然り。いつも母親気取りでオレに呼びかける。

「どんどん甘えなさい、このほのかちゃんに!」
「よしよし、ほのかがついてるからね!?」
「遠慮しないでどんときなさい。ホレホレ!!」

年下でどっからみても子供子供した相手がオレを甘やかしたがる。
偉そうに両手を広げて抱きかかえようとすらする。かなり無理がある。
一般的に見ても小柄なのだ。オレよりかなり目線も下だというのに。
しかし少しもそのことを気にした様子はない。態度はなるほど大きいがな。
オレは妹がいたので常に兄的な目線にどうしてもなるようなのだが、
そんなオレをソイツも姉目線のような気持ちでもって見ているようだ。
そのせいでお互いの求めるものがぶつかることがあるということかもしれない。
つまりどちらも”甘えて欲しい”と思うもんだから・・・ややこしいぜ・・

「なぁ、この頃オマエおかしくねぇ?」
「ん?どのヘンが?」
「なんか・・こう妙に距離を置いてるというか・・」
「あー・・それはね。ほのか耐えているのだよ。」
「耐える?一体何を耐えてんだ?」
「あのさぁ、最近ものすごくなっちに甘えたくなってさ・・」
「・・・あ?」
「これはイケナイ!と自分でブレーキ掛けてんの。」
「意味がわからん。ブレーキ掛ける意味が。」
「ほのか甘えて欲しいけど甘えたくないんだもん!」
「えー・・・なんだそりゃ・・;」
「なんか子供っぽいしさ、なっちにいつまでも妹扱いされたくないし。」
「へぇ〜・・・?!」
「あ、なっちは遠慮なくいつでも甘えていいよっ!?」
「それって、オレにどうして欲しいんだよ?結局。」
「どうって・・どうだろ?なっちってあんまり甘えてこないからなぁ。」
「それ、まさかと思うがオレ限定だろうな?!」
「モチロン!なっちだけさ。」
「ふぅ・・そんなしょうもない理由で遠慮してたのか・・」
「しょうもないとはなんですか!?もっと触って欲しいの?」
「いやそう具体的に言ってるんじゃ・・ねぇけど・・もな。」
「なっちこそ、ほのかにどうして欲しいのさ!?」

オレはうーんと考え込んでしまった。・・かみ合ってないな、どうも。
相手を喜ばせたいというのは、オレとほのかの共通点らしい。それはいい。
それで互いに少し相手の出方待ちみたいなことになってるんだな、おそらく。
ほのかは以前は遠慮なしに引っ付いてきて猫か犬の子みたいだったのに。
オレとの関係がはっきりした分よそよそしくなるって、逆じゃねぇかよ。
頭を抱えていると、ほのかがそうっとオレの傍に近寄ってくるのに気付いた。
困惑顔を浮かべているから、どうしたもんかと様子を窺っているのだ。
少し気になったことがあったので、そのことを質問してみることにした。

「警戒してるようにも思えたから、気になったんだが・・」
「えっ!?ウウン!」
「そうか?」
「ウン・・」
「もういきなりあんなことしないと言ったろ?」
「やだなぁ・・あれはいいって言ったじゃないかぁ!」
「けど・・」
「心配しないでいいってば。ほのかなっちのこと怖くなんかないよっ!」
「・・・じゃあ、証明・・してみせてくれよ。」
「う?!うう・・いいよ?」

この間、いつもほのかがしていたみたいに後ろから抱きすくめてしまった。
驚いて固まったほのかにオレも驚いてすぐに離して謝ったことがあったのだ。
ほのかも謝った。いつでも甘えていいよって言ってたのにごめん!と。
そういうつもりじゃなかったんだが、オレも慌てて・・お互いに焦ってた。
意識すると行動が鈍くなる。ほのかがオレに対して遠慮するのはやはりそこか。
複雑だ・・遠慮しないで欲しいが、意識しないでいた昔に戻っても欲しくない。

あれこれ考えているとほのかがオレの頭を抱きかかえた。
羽のように軽いほのかの両腕が心地よい空間を作り出す。
甘えて欲しいというなら、甘えてやればいいかとオレは内心そう考えた。
頭を空にして、ほのかの優しさに包まれていると、緊張が解れるのを感じた。
きゅっと力を込めると、ほのかは手を離してしまった。少し残念だ。

「あ、あのさぁ・・やっぱりちょびっと甘えてもいい?」
「誰が甘えるななんて言うんだよ?」
「えへへ・・子供みたいって思われてもいいやって・・なっちゃった。」
「今急に?」
「遠慮してたのかなぁ?いつの間にか。でもなっちに触れたらね・・」
「・・そしたら?」
「どうでもよくなった。甘えられたいけど、ほのかも甘えたい。」
「それってどっちでもよくねぇ?」
「そっか、そうだね!?」

ほのかはほっとしたように肩の力をすとんと落として微笑んだ。
遠慮させてしまったのならオレのせいだ。微笑んでくれてオレもほっとした。
そう、どうでもいいことに悩んでたな。オレはほのかが笑ってればそれでいい。

「なっちー、抱っこして。」
「久しぶりに聞いたな、それ。」
「もう今日は甘えちゃう日にしたの。」
「そりゃ・・願ったりだけどな。」

初めの願い通りに、甘えてくれると思うと偽りなく嬉しかった。
軽い体をすくい上げると、嬉しそうなほのかが首に巻きついた。

「で、次の命令は?」
「おおっ!?お姫様気分なのだ!えっとね、えっと・・その前に・・」

ほのかは突然オレの頬にちょんと唇を押し付けた。おいおい・・

「?・・・なっち?・・どしたの?!」

「い、いや・・なんでもねぇ・・んで、どうするって?」
「顔色悪いじゃない!?いいよ、もう下ろして。」
「どうもしねぇから心配すんな。」
「するよ!なんでそんな目を反らしてるのさ!?」
「反らしてない、反らしてない。」
「ウソ!なんで!?キスがイヤだったの・・?」
「んなわけねぇだろ!?」
「じゃあなんでそんな急にヘンな顔になってるのよう!?」
「ちっ違う。別にその・・イヤなんじゃなくてだな・・!」

泣き出しそうなほのかを抱えたまま、その後しばらくおろおろしていた。
焦りが伝わると余計にほのかは混乱してオレにしがみついてきて・・弱った。
単にその・・やましい気持ちになっただけなんだが、その・・しかし!
踏みとどまったんだ。だからそこは流してほしかった・んだが・・!?

「あーもー泣くことないだろ!?」
「なっちのばかっ!意地悪!ほのかのこと嫌いなのお!?」
「んなわけあるかよ!落ち着けよ!!」
「やっぱり甘えたらイヤなんでしょお!うえーん・・どうせ子供っぽいよう!」
「ちがっ・甘えて欲しいって思ってたんだよ!だから嬉しすぎてだな、その・・」
「・・・嬉しかったんならなんでそっぽ向くのさ!?」
「か、顔見たら・・オレも・・したくなると思ってだな・・」
「何を?あっ・・」
「う、何真っ赤になってんだよっ!?」
「い、いいんだい!き、キスくらいすればいい・・じゃな・・ぃか・・!」
「・・・めちゃめちゃ・・びびってんじゃねぇかよ!?」
「だから、いいのっ!慣れてないんだから少しは大目に見なさい!」
「オレは悪いとか子供っぽいとか、一言も言ってないぞ。」
「・・そうだっけ?」
「ああ。絶対言ってねぇってか、言わん。」
「そうなの・・か。」
「それよりその・・いいのか?」
「え、何?って、あ・またきいちゃっ・・;」
「いいだろ、そんな細かいこと;」
「ねぇ、笑わないでね?」
「笑うって、何を?」
「あのね、ヘタだけど笑ったらダメだからね?」
「あ、ああ・・あれはオレが悪いんじゃねぇのか?」」
「だって・・初めてのときは怒ってたじゃないか。」
「怒ったんじゃなくてだな・・焦ってたんだよ!」
「?」
「さっきもそうだ。オマエたまに・・焦るほど・・」
「なに?」

ほのかは懲りずに何度も尋ねるんだ。可愛すぎるだろう、オマエって。
少しだけ唇を掠めて、悔し紛れに言ってやった。悔しいというか、参るというか・・

「オマエはたまにめちゃめちゃ焦らせるんだよ、オレを!」
「あ、あせら・・?どういうことさぁ?!」
「いいか、甘えるのに遠慮なんかするなよ?今後一切。」
「えっ!いきなりお説教!?」
「それとまたオレが焦ったら・・心配なんかしてないで勝ち誇っとけ。」
「勝ちほこる?ほのかの勝ち!?なんで?」
「そういうときはなぁ、オマエに降参してるってことだよ!」
「よくわかんないけど・・ほのか時々なっちに何にもしないで勝つの?」
「そうだよ。」
「へぇ・・スゴイね、ほのかって。」
「なんか腹立つ・・だが事実だからしょうがねぇ。」
「・・さっきのってほのかがキスしたから?・・今わかったかも!」
「遅ぇよ!」
「なんだぁ・・そうか。よかった、イヤじゃなくて。」
「アホか・・ったく。」
「わかった。ほのかまた前みたいに甘える。けどなっちも甘えてね?!」
「オマエまだわかってないな。」
「何を?」
「いつだってオレはオマエに甘えてるっての。」
「!?ほんとに?・・嬉しいんだけど・・!」
「でもってオマエが今嬉しいみたいにだな・・」
「ほのかが甘えるとなっちも嬉しいんだ!?」
「・・やっとわかったか。」
「ウン!嬉しい。嬉しいね!?」
「・・・フン・・・」

ほのかがもう一度、今度は唇に触れてくれた。そして可愛い顔して

「うれしい?」

なんて訊くんだ。嬉しいさ、むかつくほど。だから抱きしめてやる。
そんで遠慮なくお返しをしたら、言ってやるのさ

「うれしいか?」ってな。

怒るかな、怒ってもいい、もうどうでもいい。どうしてたって可愛い。
甘えたいし、甘えられたい。やっぱりオマエには甘えて欲しい、もっとたくさん。
そう、オマエでなければ。他ではこんなに極上の気分は味わえないとわかってる。







まだ付き合い始めたばっかりの頃ですv