「愛を一すくい」


世間では一般的に背の高い男がいい、などと言われているが
ほのかはそうは思わない。寧ろ反対意見ならばっちりだった。
世間と自分との認識のズレに関して考慮していないからである。
彼女自身が標準より小柄であるという点を無視しているためだ。
そしてむかついたりぼやかれている相手、即ち男性側としては
”何勝手なことばっかほざいてんだ!”と感じていたりする。

「ちょっと、なっち屈んでよ!届かないでしょっ!?」
「屈んでるし届かない距離じゃないだろ!文句ばっか言いやがって」
「ほのか・・むかついた。じゃあしゃがんでよ。見下ろしたいから」

夏が思い切りイヤそうな顔を浮かべてもほのかは動じる気配もない。
数秒睨みあった末、夏は渋々ほのかの要求を呑み、床に沈みこむ。
腰に手をあてて仁王立ちしていたほのかに満足そうな笑顔が浮かぶ。
で、どうなったかというとほのかは夏の両の頬をがっしと掴む。
そしてやや乱暴ではあるが、目を閉じて口付けを贈ったのであった。
好きなだけ押し付けると離し、先ほどより更に笑顔に輝きを増す。

「ああ、見下ろすってなんていい気分なんだ!ほのか男に生まれたかったなあ!」
「・・・おまえの兄だって女を見下ろすほどでかくねぇだろうが・・」
「ん!?なんか言った!?お兄ちゃんの悪口は許さんと言っておるでしょうが!」
「独り事だ。聞えたのならスマンな」
「可愛くないじょ!なっちの意地悪」

可愛くないと憎らしい顔つきで怒るほのかに夏は冷ややかな目を向ける。
フンと鼻を鳴らすとほのかを無視して中断させられた読書を再開した。
それを見てほのかは少々焦る。元の木阿弥、彼の気を引きたかったはずが
どちらかというと不穏なムードを盛り上げ、彼を益々引き剥がす結果に。

「ちょっとなっち!ねぇねぇ、構ってよ!怒ることないじゃんか」
「怒ってない。ちゃんとおまえに付き合って中断したじゃねぇか」
「そうかもだけど・・ほのか大サービスでちゅーまでしたのにさ」
「相変わらずの子供みたいなご褒美どーも」
「むおっ!?ん〜・・わかった。じゃあ今度はもっとアダルトなのを」
「せんでいい。あと10分待てないのか!?約束の30分も前だろ!」
「ちょびっとでも早く会いたかったんだよう!なんでわかってくんないの!?」

夏はほのかの甘えるような台詞に一瞬ぐっと詰まったが首を横に振る。

「うっかりほだされるとこだったぜ。単に時間を覚えてなかったとかだろ!」
「ぐぎょっ・・ちみってイヤにちんまりしたこと鋭いのだから困ったね」
「困っとけ。ったく・・いつだって俺の予定はおまえのせいで滅茶苦茶だ。」
「・・ほのかのことそんなくらいでキライになったりしないでしょ・・?」
「・・・・」
「なっちってばぁ〜!」
「・・っきしょう・・」

ほのかの巧みな(?)攻撃に負けるまいとしていたらしい夏であったが
どうやら効を奏して手にしていた本には栞が挟まれると眼の前に置かれた。
嬉しそうに目を瞬いてほのかは夏に飛びついた。すると腰から持ち上げられ
ほのかは少し驚いて声をあげる。しかし構わずに夏はほのかを抱えて移動する。
それまで居た窓辺からいつものソファへ向い、ほのかをそこへ下ろした。
すると何か言おうとしていたほのかはやや乱暴な夏の口付けで黙らされる。
座るほのかに夏が覆いかぶさると夏の背中からほのかの体はほぼ隠れてしまう。
ほのかが仕掛けた口付けとは正反対の大人向けのそれに隠れた体がわなないた。
しがみつくようにして夏に止まるか弛めて欲しくて小さな体目一杯に主張する。
悲しいかな、そんな主張を無視して夏の報復めいた口付けは弛むことがなかった。
ようやく離されたときにはほのかはぐったりとして火照った顔に荒い息をしていた。

「・・・か・構って・・って言った・・けどお・・!」
「わかってるよ。俺が腹いせしたんだ。思い知ったか」
「腹いせって・・そんなに読みたい本だったの?」
「違う。あんなキスでその気になった俺にむかついたんだ。」
「その腹いせ!?なんだそんなのほのか悪くないじゃん!」
「ああ、悪いなんて言ってねぇし?」
「うわぁ・・開き直ってるし。まぁいいけどさ」
「・・・なぁ、おまえはここまでしてもその気になんねぇのか?」
「もしかして出かけるよりほのかといちゃいちゃしたいのかね?」
「悪ぃのかよ」
「困ったねぇ・・どうしようかな・・ってこらあっ!!」

口では思案しているようだが、ほのかはしっかり夏を掴んだままだったため
OKと判断した夏はほのかの首筋に唇を這わした。それもかなりねっとりと。

「続きって・・なっちの言ってるのってその・・長引きそうなんだけど!?」
「おまえ次第だ。延長なら歓迎するけどな。」
「嘘だ嘘だ!その顔は全く手加減する気ナシだあああっ!」
「おまえから仕掛けたくせに」
「なっちはねぇ・・立ってると遠いんだから、座ってなよ」
「はぁ?」

唐突なほのかの言葉に夏は怪訝な顔を向けた。止まってくれたことにほっとして
ほのかは眼の前の夏の首に腕を廻し抱き締めると耳元で囁くように言った。

「一緒にいるとき立ってると遠いのやなんだ・・・だから」
「それなら座れって言えばいいじゃねぇか」
「なっちはほのかをひょいひょい抱えることができるからわかんないんだよ」
「・・・・どういう・・抱き上げたらダメなのか?」
「ほのかそうされると・・小さいって更にダメージ食らうんだぞ」
「ええっと・・つまり、なんだ・・悔しいのか?」
「なっちに甘えてもらうにはどうしたらいいの?」
「別にそんなこと・・いつでも甘えさせてもらってるが」
「ええ〜!?」
「あんなキスじゃ物足りないとかな。あと抱き上げるのは軽んじてるんじゃない」
「・・どーゆうこと?」
「これも甘えてるみたいなもんだ。俺の場合こうして腕の中に抱え込めるからな」
「小さい方がいいっての?!ほのかやなんだけどっ!」
「たまたまおまえが小柄だからそうできるって意味だ。なに僻んでんだよ!?」
「じゃあさ、もしほのかがなっちよりおっきくなっても抱き上げたい?」
「片手、両腕失くしてもおまえを抱き上げたい。」
「抱っこしたいからしてるんだね」
「当たり前だろ」
「へへ・・・そうか。よかったあ!」

意外に劣等感の強いほのかは体格のことや胸の発育とかそういうことに拘る。
今回もそんな気持ちが働いたらしい。夏にとってはかなり馬鹿馬鹿しい類だ。
けれどほのかが気にしているのだから仕方無い。その都度安心させてやるしかない。
逆に夏の困った部分はほのかが大らかに許してくれるのだから実にうまくいっている。

「・・・で、どうするんだ?」
「なっちに甘えさせたげる!」

ほのかがそう呟くと夏は返事をせずに抱き締める。腕を弛めさせ再び口付けた。
今度は抵抗もなく、ほのかは目蓋を下ろし夏に身を任せた。甘い空気が張り詰める。

「じゃ・・延長は30分までね?」
「ムード盛り下げるよなぁおまえ」
「だってさ・・」

”恥ずかしいじゃないか”と唇を尖らせる恋人があまりに可愛すぎて
「あーもうどんなに盛り下げてもいいぞ。じゃないと・・」

”終わらないからな”と何気なく口にする彼に小さな恋人は頬を染める。
張り詰めた空気は甘さに蕩ける。二人はそれに流され幸せに浸るのだ。
愛は一すくいするだけで、劣等感も何もかもを無効にするらしい。








すっかりできあがってる二人。珍しいですねv