「逢いたかった」 


毎日毎日見慣れた門の前にやってくる。
今日もそこは家人不在のまま閉ざされている。
兄の修行先とそのひとの棲家どちらも、である。
わかっていても顔は曇ってしまう。
「今日も逢えないんだね・・」つい口を突いて出る。
毎日来る必要があるわけではないのだけれど。
足はひとりでに向かってしまうのだから仕方ない。
帰ってきたら文句言ってやるんだ!
いっぱいわがまま言って困らせちゃう!
いつもそんなお決まりの科白で無理やり心を封じ込めた。
ほんとは ほんとに ただ逢いたいだけなんだけれど。


予想以上に長い不在となって家を空けた。
そこは単に身を隠す場所でしかなく。
だだっ広い屋敷は使用していない率の方が高く。
単に私用を済ませるだけのスペースでしかなかった。
思い出も思い入れも何も無い空間だったはずなのだ。
あいつがやって来るまでは。
毎日毎日煩いほど、誰の家かと疑うほどにやって来る。
もうそこはあいつに半分以上占拠されたと言えるほどで。
気が付くと埃を被っていた部屋には明るい日差し。
いつ来てもいいように常備されたお茶のセット。
あいつお気に入りのクッションまでもが我が物顔で。
それがそんなに懐かしいなんて、どうかしてる。
誰かがオレを待ってる感覚などどこかに忘れていた。
待っていろとも言わなかった。
なのにあいつが待ってる、いつもそんな感覚がオレを包んだ。
きっとあいつは怒るんだろう、随分待ったとオレに。
それを心待ちにしているなんて、オレはほんとにどうかしてる。



その日はなんとなくツイて無い日だった。
そんな日だってある、仕方ないって思うけど辛くて。
「ツマンナイ」と蹴った小石すら思う所へ行かず憎らしい。
駄目押しのような黙ったままの硬い門の前で溜息を吐く。
「もう・・いつになったら帰って来るの!?」
門にまで八つ当たりしたら足を痛めてうずくまってしまった。
「痛ぁ・・なっつんの馬鹿・・・足痛いじゃんか!」
足をさすりながら門扉の下に座り込んで空を見上げた。
「お天気なのに、なぁ・・」
澄んだ青い空を見ているのに涙がこみ上げそうになった。
「良いお天気だからもう少し待っていよっと!」
空元気を出してそう呟くと伸びをしてみた。
涙はなんとか引っ込んでくれたようだった。
靴音がしたような気がしてはっと顔を向けた。
ちょうど向こうに居る人も私に気付いたのか靴音が止まった。
何メートルか隔てて、二人はぼうっとお互いを見ていた。
頭が完全に空っぽになっててどれくらい呆然としてたかわからない。
足がひとりでに駆け出していて、我に返ったのは
荷物を手離して私のこと受け止めようとしてるその人を見たとき。

「なっつん!!!」

思いっきり飛んだと思う、よく覚えてないけど。
だけど心配なんてしなかった、絶対大丈夫と思って飛び込んだ。
夢中でその人を抱き寄せた、怒られても良いと思いながら。
「おまえ・・ちょっと重くなってないか?」
久し振りなのに失礼なその人の声を耳元で聞いたら堪らなくなった。
「なっつん!」
「なんだよ!」
「おかえりっ!!」
「ああ・・・待ったか?」
「待ったよ!毎日待ってたよ!!・・・ふ・うっ・・う・」
「お、おい、ちょっと待て・・」
私はとうとう堪えきれずに大声で泣き出した。近所迷惑なくらい煩かったらしい。
首根っこに捕まった私を抱えたまま大慌てて門を開けたんだって。
「恥ずかしい奴だな、まったく」って後で言ってたけどいいんだよーだ。
なっつんが抱っこしてお家に入ったのもよく覚えてないんだもん。
私はえんえん泣きながらずっとしがみついてたみたい。
懐かしいソファに座らされてもしばらく離さなかったから困ったって。
「おまえは子供かっ!」って怒ってた気がするけど気にしない。
抱っこのまま途方にくれて私の頭を撫でてたのは知ってる。
「・・・もういい加減、泣き止めよ・・」
「ひっく・・うん・・もう・・泣いて・・ない・・もん・」
「喉渇いたろ?なんか淹れてやるからちょっと離せ。」
「やだ、喉なんか渇いてないじょ!」
「嘘吐け。もうしばらくどこも行かねぇから。」
「当たり前だじょ!もう待ってらんないよ!!」
少し驚いた顔してなっつんが笑った。
ああ、その顔も久しぶりで胸がキュンてするよ。
そのときふと思い出して、言った。「あ、そうだ!」
「ん?」
「なっつんにチューしたげる。」
「は!?」
「帰ってきたらするって言ったでしょ!?ほら、こっち顔向けてよ!」
「な、何!?や、止めろって!馬鹿」
「約束したじゃんか!ほのかは覚えてたよ、偉いでしょ?」
「そんなもんしなくていいって!こら、離せよ。」
「やだもん、するもん!なっつん約束破る気?!」
「いや、だから・・いいって!!」
「そんなに照れることないじゃん。誰も居ないし。」
「て!?う、うるせー!離せってば、こら!」
「いや〜!するのーっ!!」
「止めろって!」

しばらく攻防は続いたんだけどどうして嫌がるかなぁ?!
結局したよ!ほのかの勝ちさ。ほっぺにちゃんとね。
なっつんてば顔真っ赤で可笑しいよね?!ほっぺチューくらいでさ?
「まったく・・・おまえは・・」
「だって、したかったんだもん。いっぱい我慢してたんだからね!?」
「我慢・・?」
「なっつんとあれしてこれしてって、いーっぱい!だからもう我慢しないの。」
なっつんの淹れてくれたお茶も久しぶりでとっても美味しかった。
困ったような顔してたけどなっつんはまた笑ってくれたの、嬉しかった。
「・・・だってさ、逢いたかったんだよ・・」
「・・・そうか・・」
なっつんは真面目な顔して小さな声で付け足した。
「・・オレも待ってたのかもな・・」
「うん?なっつんもほのかに逢いたかった?!」
「ちょっとだけな、煩いだろうと思ってたら案の定だ。」
「何それ〜!?なんか失礼しちゃうなぁ!」
「あんなぴーぴー大声で泣いてよく言うな。」
「む、それはその・・・いいんだい、ちょっとくらい・・」



うっかり本音が出そうになって誤魔化した。
おまえに出逢うのをずっと待ってたのかもしれないなんて
久しぶりでオレも舞い上がってんのかなと思った。
もちろんそんなことは口に出さない。
ほのかの懐かしい笑顔にこみ上げるものを隠して
猫っ毛の髪をくしゃくしゃとかきまぜる。
前髪ごしに口付けた。本人に気付かれないほどそっと。
懐かしい感覚が蘇る。オレの何処かへ置いてきた感覚。
待っていてくれてありがとうなと心の中で呟く。

逢いたかった ずっと おまえに出逢う前
おまえが待っていてくれて  よかった







なっつんに逢いたい病が高じましてこんなの書いてしまいました。
マジで原作に出てきて欲しいです。なんとかしてくれ、作者さま!
原作モードでしたので大人バージョンでもう一作書くつもりですv