「愛してるとはいわない」 


「どうしてだよ、もう〜・・ゆるさないじょ・・!」
「じゃ、どうするんだ?」
「むー・・いいよ、もう!なっちなんて。」

「だいキライ!」と言っておきながらオレに両腕を広げる。
飛び込んでくる体を受け止めると、どちらの手も首に巻きついた。

「オマエ、キライなヤツになにしてんだ?」
「いいんだもん。なっちはほのかのなんだから。」
「誰がオマエのだ。」
「絶対ゼッタイ誰にもあげないっ!」

怒って顔を赤く染めながら、ぎゅうぎゅうとしがみつく。
勢いでキツクしめすぎないように両の拳を握り締めた。
腕だけでほのかの体を引き寄せた。押し付けられる甘い香り。
目の前に映ったほのかの片耳がうまそうで、つい唇を寄せた。
あっと声をあげるとくすぐったそうに身を竦め、体全部を震わせた。
そんなつもりじゃなかったのに、誘惑に負けてグラっときた。

「・・泣いてるのか?」

小声で耳に直接尋ねる。すると今度は更に大きく体が揺れた。
緩やかな動きで頭を左右に揺らす。違う、といいたいらしい。
さっきから吸血鬼になった気分だ。首筋ばかり見ているから。
吸ってくれとでもいうように差し出されている細い首。見えない顔。
こちらへ向かせるか、それともこのままいただきますと吸い付くか。
迷う。どっちもうまそうだ。ならばどちらもいただくかと結論付ける。
音を立てて吸ったから、悲鳴と共にほのかがこちらを振り向いた。
一石二鳥とはこのことだな、なんて思っていると怒っている眼が睨んだ。

「なにすんの!?ヤラシイ!!」
「オマエこそ、誘ってんじゃ・・」
「ナイよっ!」

怒るとほのかの頬も瞳も火が点いたように燃え上がる。
その瞬間が可愛いからつい、怒らせたくなる。泣かれると弱いのだが。

「ねぇ・・キスして」
「誘ってないって言ったくせして?」
「慰めてよ、悲しいんだから。」
「ちょっとだけだろ、今回は。」
「・・いっつもおいてけぼり。」
「・・そうか?」
「そうだよ」
「黙って行ってないぜ?いつだって・・」
「・・手紙とかはまだとってあるよ。」
「捨てろよ、んなもん。」
「イヤ。なっちからのラブレターだもん。」
「そんなもの書いた覚えねぇ。」
「そうなの!」
「アホか。」
「・・帰ってきてくれた。」
「?そりゃ・・」
「ほのかのところに。」
「・・・」
「今度もちゃんと帰ってくるんだよ。」
「言われなくたって・・帰るさ。」
「ほのかが寂しくて死んじゃう前にだよ?」
「へーえ、いつもそんなに寂しがってんのか?」
「なっちだって寂しいくせに。」
「オレは忙しいんだよ。誰かのせいで色々と。」
「ちょっとくらい寂しがってよ。」
「やだね。」
「むおう!どうして怒らせることばっか言うのかなっ!?」
「歯の浮くようなこと言いたくない。」
「お芝居でもいいよ、たまには。」
「なんでオマエに・・やなこった。」
「どうして?」
「どうしてもだ。」

少しきつく抱き寄せると、ほのかは微かな吐息を漏らした。
言いたくない。何を言ってもしっくりこない。ウソくさくなる。
ほのかは正直になんでも言えて、尊敬はしても真似はできない。
こんな風に抱きしめるのはオマエだけだってなんでわかんねぇんだろ。
帰ってくると告げる相手もオマエ一人。帰る場所もオマエのところだ。
言わないとわかんねぇかな。そうなのかもしれない。けど・・言わない。
ほのかだって、怒ったり拗ねたりするが、それはただ素直なだけで、
オレをいつだって待ってる。会えばオレに手を伸ばす、迷わずに。
「おかえり」と言う。目の前で微笑む。蕩けそうになる、あの顔で。
伝わってるんだろ?ほんとうは。そうでなきゃ納得いかない、何もかも。
預けてくる体も、涙も怒りもどれだって、オレに真直ぐ向けられている。


「・・ほんとはね、ほのかって贅沢者だって思ってるよ。」
「珍しいこと言ってどうしたんだ!?雨が降るぞ!」
「なっちが言わないってわかっててきくのって意地悪?」
「言わせたいからきいてんじゃないからだろ。意地悪いとは思わねぇよ。」
「そうか。でも困ってほしいんだよ?もっとほのかのことで。」
「知ってる。」
「やっぱり・・つまんないの。」

ほのかは口をへの字にして溜息を吐いた。どんな顔しても可愛い。
拳をぐっと握る。顔がにやつかないように。ブレーキの代わりに。
流されてしまわないように。いつでも見護っていられるようにと。

「しょうがねぇな。帰ったらまた遊んでやるから。」
「当たり前だよ、そんなの。それともっと女扱いもしてくんない!?」
「遊ぶの前提でそのセリフっておかしくねぇか!?」
「だって、なっちってケチなんだもん。」
「ケチとはなんだ。失礼な!」
「たまには狼さんになってよ、なっちv」
「・・また今度な。」
「ちぇ〜っ・・」
「キスくらいで目ぇ廻すくせして。」
「んなっ・・だったらもっと慣らすとか努力してみれば!?」
「フン。まだまだ・・」
「そんなこといってて浮気してもしらないじょ!?」
「へー・・できるもんならしてみろよ。」
「うう・・口惜しや。生憎相手が・・」
「オマエは家のぬいぐるみでも抱いてろ。」
「・・・ほのかなっちのがいい・・」
「・・・・」
「ぬいぐるみじゃあ抱きしめてくれないよう!」
「だから・・ホラ。」
「ウン・・もっと。」

甘えた声でオレに再び身を預けて、満足気な猫のように喉を鳴らす。
抱きしめるだけですっかり心地良さそうな顔して、まったく・・・

「ん?なっち今溜息吐いた?」
「いいや。」
「そお?・・ま、いっか。」

そっと憎らしい顔をこちらに向けて、甘ったるいキスをした。
おまけで首にも一つだけ痕を付けてやった。生え際ギリギリの場所。
目に映る確立は・・そうだな、五分もない。帰る頃は消えてるはず。

「たまになっちが吸血鬼になる。」
「血は吸ってねぇけど?」
「魂が吸い取られるよ!?」
「ホント性質悪いな、オマエ。」
「は!?どこが?」
「天然でそういうセリフ言えるから。」
「どんな?変なこと言った?」
「いつも言ってる。・・だからオレは言わないんだ。」
「???」

たとえオレが包み隠さず思ってることを口に出したとしても、
ほのかに伝わるのはほんの少しだろう。オレにはわかる。
オマエは頭で考えない。感じる方が鋭い、だから示すのは言葉でなくて
視線で、腕で、唇で。それでも全部届くわけじゃない。手強いヤツだ。
オレの想いに気付くまで、言わない。愛なんて言葉がどれだけくだらないか
思い知らせてやるまでは。オマエの誘惑という攻撃に耐えながら。

”ねぇ・・すきだよ”
”ねぇ・・キスして”
”お願い、帰りたくない”
”ほのかのこと・・すき?”

わからない方がどうかしてる。ヒドイヤツだ。どうしようもねぇ。
一つだって言葉で言い返してはやらない。知ってるだろう、そんなこと。
知ってるクセしてきくんだ。それでもいい、口惜しくても、腹が立っても。

この世でただひとりオマエだけ、ゆるしてやる。
このオレに何してもいいのはオマエだけなんだから。