あいこでしょ 


 「やったー!連続勝利だじょーっ!!」

コロコロと笑いながら飛び跳ねるようにして腕を取る。
その腕は逞しくほのかをヒョイと担ぎ上げると肩に乗せた。
ほのかはそこでグンと広がった視界に満足気な表情だった。

 「なっちってばじゃんけん弱いじゃん!」

僅かに眉が上がったが夏はその酷評に無視を決め込んだ。
高校生男子と中学生女子の二人が興じているのは、一般に
小学生男児などが下校時によくするじゃんけん遊びである。
負けた者が勝った者の鞄などを全部持たなければならないという
割合ポピュラーな下校時の光景。但しそれらは小学生に限られる。
じゃんけんをして勝ったほのかを夏が抱えている様子などは
すれ違っただけならば遊んでいるというよりは仲の良すぎる兄妹
のような雰囲気だ。事実似通った関係性は見るまでもなかった。

ほのかと夏のは変則バージョンで限定ルール。体格などを考慮し
夏は荷物のみならずほのか自身を担ぎ上げるというハンデ付きだ。
ほのかが負けた時は夏の鞄だけを持つのであるが、その鞄は夏の
配慮により、極力中身を省略して軽くしてもあるのだった。

更に夏は裏事情も抱えていた。荷物を持たせたくない為に
なるべく負けるように仕向けた。ほのかは知らずに弱いと評したが
そこは得意のポーカーフェイスでまんまと成功を収めている。

 裏事情の内訳は様々だ。ほのかの負担を減らすのが第一だが
パソコン等の荷だと破壊されたり見られたりするのを回避したい。
傍目にもほのかに荷物を持たせるというのは格好がよろしくない。
それに夏が負けてほのかを担ぐことで、うろちょろされることがなく
歩く速度も夏のペースにできる。裏の裏にはほのかとの接触もある。
修行のハンデにするには軽すぎる素材でもあるほのかは至極柔らかい。
女子との接触を一般男子程には願望していない夏であろうとも
やはり生の足腰、尻やその他の感触を不愉快とは断じ得なかった。
しかしそこは夏である。疚しさは押し隠し平常心を保ってはいる。


 「・・暴れんなよ。どうした?」
 「カワイイわんこがいた!ねえねえ公園寄って行こうよ。」
 「あそこか。お気に入りだな。」

 少々帰路を反れはするが、ほのかお気に入りの公園は広く、
ドッグラン宜しく飼い犬が集まり、植樹された緑に野鳥が集う。
季候に合わせた花々も彩り豊かで、当に皆の憩いの場所だった。

 「あ・じゃんけん忘れてた!ごめんよ、なっちい。」
 「横断歩道渡るまでこうしてろ。」
 「サービス満点じゃのう。よきにはからえ。」
 「脚をブラブラさせるんじゃねえ。・・見えるぞ。」
 「え?なっちに見えるはずないよ?そこからじゃ。」
 「対抗してくる奴等に見えるだろ。」
 「あーなんだ。いいじゃん、別に。」
 「言うこと聞かねえなら下ろすぞ。」
 「わかったじょ〜・・面倒なお兄さんだねえ。」
 「・・・(怒)」 

 公園に着くと直ぐにほのかは夏から飛び降りて駆け出した。
荷物は夏に預けたままおそらくは忘却の彼方だ。急ぐ先にある
お目当ては公園の中に開かれた屋台。一目散に駆けて行くと
屋台の店主が顔を覗かせ、常連のほのかを見つけて微笑んだ。

 「オニイサン!いつもの。ふたつちょうだい!!」
 「いつも元気だねえ。オマケしておくからね。」
 「わーい!ありがとう!」

小さな屋台で受け取ったクレープにはアイスがたっぷりだった。

 「見て見てなっち!たくさんにしてくれたじょ!?」
 「見てたっての。・・先にベンチ行ってろよ。」

ほのかは素直に返事して近くのベンチへ向かい、夏は屋台の店主に
軽く礼をしてお代を支払うといつも二人で食べている場所へ向かう。
お行儀よく待っていたと言わんばかりのほのかが夏が腰を下ろす前に
鼻先へとクレープの包みを差し出した。お代もじゃんけん勝負である。
そして何故かいつも夏が負けて支払うことになっていた。

 「早く早くう!いただきますしよっ!」
 「慌てるな。・・こんなもの家でも作ってやるのに・・」
 「でもわざわざここまで持ってくるの大変じゃないか。」
 「・・・ここで食いたいってことか。」

クレープの出来より場所が大事と言われ夏も仕方なく引き下がる。
差し出された包みをなかなか受け取らない夏にほのかがじりじりして
今にもヨダレを落としそうにしているのを横目に態とゆっくりと座る。
意地悪されていると察した頃、夏は差し出された方の包みを除けて
ほのかが自分用に脇に携えていたクレープに顔を近付けて噛り付いた。

 「あっ!それほのかのだよ!なっちのはこっちでしょ!?」
 「今日はこっちが食いたかったんだ。」
 「それなら二つおんなじの頼めばよかったのだ。」
 「俺のを食えばいいだろ。こっちは嫌いなのか?」
 「嫌いじゃないけど・・なっちはこれが好きだと思ってたじょ。」
 「どっちも特にってわけじゃねえよ。好きならどっちでも食え。」
 「二つも食べられない。じゃあ今日はこっちね。」
 「食べたい方を食えばいいじゃねえか。残りは俺が食うから。」
 「でもこれ食べかけ・・なっち一口齧ったけどもらっていい?」
 「いいぞ。」
 「そっか。じゃあもらおっと。あ、そうだ・・!」

ほのかはぱっとひらめいた顔つきでまだ齧られていないクレープを
ぱくりと口に含んで食べた。それぞれのクレープを一口齧ったわけだ。
そのお互いに一口ずつ齧りかけのクレープを元通り持ち直して食す。
ほのかも夏も何も気に留めないまま、それぞれのクレープを頬張った。

 「んふーっ・・やっぱりほのかこっちのが好きー!」
 「まあそれも悪くないが、俺もやっぱこっちかな。」
 「でもたまに人のが美味しそうに見えるもんねえ?」
 「そうだな。そっちのもうまかった。」
 「でしょでしょ〜!たまには交換するのもいいね。」
 「たまにはな。早く食わないとアイスが落ちるぞ。」
 「あ・あわわわ?!」

オマケで増量してくれたせいかアイスがこぼれてほのかの手を伝い
スカートに落ちてしまった。もったいないとほのかはそれをすくった。
指でぺろりと舐めてから夏にお行儀が悪いと叱られるかとはっとした。
ところが夏は咎めるどころかほのかの片手を汚したアイスを舐め取った。
夏の舌の感触にぞわっとしてほのかが猫のように背を伸ばし髪を逆立てた。

 「びっ・・くりしたあ!こっちのがもっと食べたかったの?」
 「いや・・ここのが落ちてまた汚しそうなんで気になった。」
 「そうか、ありがと。おいしかったね!今度は一緒のにしようよ。」
 「ちょっとでいいから別々にしろ。」
 「う〜ん、交換できないもんねえ?」
 「だろ?一口くらいでいい。」
 「ほのかも。やっぱ別個にしよう!」

 二人の結論が出た後、じゃんけん遊びは再開された。
またもや夏が負けたのでほのかは「弱いなあ!」と追い討ちのように
呆れた顔を見せたが、少しも夏の意図に気付く気配はないようだった。
公園を出る前に一度だけほのかが負けて荷物を持った。偶にはそうして
夏も勝ってみせなくては疑われてしまうからだ。オセロ勝負に関しても
近頃は腕を上げた夏が手加減を多少加えるようになったのも秘密である。
ともあれオセロと異なりじゃんけんに勝つのは実は簡単だったりする。
ほのかは何を出すかがわかりやすいのだ。クセを飲み込んでしまった夏は
要するにじゃんけんの勝負は自由自在。きっとそれを知ったらほのかは
かんかんに怒ってクセを改めようとするだろうがそれはそのときのこと。

 「あーまた勝った!なっち今度はどっちの肩?」
 「そうだな、じゃあ右で。」
 「らじゃっ!ねえ、ほんとに全然重たくない?」
 「はっきり言ってハンデとは言えねえな。」
 「そうなのか・・じゃあルール追加するかい。」
 「もっと太ってブタになるのか?」
 「こらっ!ちみそれせくはらだじょっ!?うーむ・・」

 「よし、ほのかが勝ったらなっちに頭撫でてもらう。」
 「どこがハンデなんだかわからんが・・俺が勝ったら?」
 「どこでもちゅーしてあげる!」
 「・・・どこでも、ねえ・・?」
 「んん?めずらしくイヤラシイ顔・・どこがイイのさ。」
 「お前がどこでもっつったんだろ。そうだな、指とか。」
 「あ、さっきなっちがほのかにしたみたいに?」
 「あれはアイスを舐めたんだ。」
 「だってあれほのか背中がぞくぞくってしたんだもん。」
 「へえ。じゃあやっぱ俺も指。」
 「ええっ!ホントにやらしー・・ぞくぞくしたいの・・?」
 「俺はお前じゃないからな。どうだろうな。」
 「それもそうか。よっし、じゃあ早速いくじょっ!?」


 『じゃーんけーん・・・ポィッ! アイコでしょっ!・・』



 その勝負はどういうわけかなかなか決着がつかなかった。
公園を出て、帰宅中ずっとだ。人通りの絶えた夏の自宅前でようやく
勝負が着くとほのかは近来稀に見る闘いだったと吐息を落とすほどに
白熱を見せた。要するに言ってはみたものの夏が怖気づいたのである。
果たしてこの要求はほのかの保護者としてはあるまじき行為か否か。
躊躇し、悩みに悩んだ道中であった。(外では人目につくことも考慮)
そうして長い熱戦の末、グーとパーによって勝敗は下されたのだ。

 「わーい!ほのかが勝ったじょーっ!!ツライ闘いだったのだー!」
 「はあ・・俺もちょっとばかり疲れたぜ。頭をなでればいいんだな。」
 「この長い闘いの記念にちゅーでもいいよ!指なめなめするかい?!」
 「は!?い・いやいやいや・・しねえよ!何もないのに舐めるかよ!」
 「もいっかいぞくぞくってさせてよ、なっちー!」
 「ばっ・・か!だ・めっ・だっ!!アホウ!頭出せ、このガキっ・・」
 「ちぇ〜・・じゃあさあ、今度の勝負でそれ賭けよう。」
 「舐めるのはなしっ俺が悪かった!もうしないからカンベンしろっ!」
 「変ななっち。なんでそんな真っ赤になってるの??!」
 「うるせえっ!!!」

 この勝負は決着とは未だ言えなかったようである。








じゃんけん遊びからいけない遊びにスライドしてしまったですよ!(^^)