「あげないよっ!!」 


随分寒くなってきて外はすぐに暗くなってしまう。
なんだか一緒に居られる時間が短いとぼやくのは隣のほのか。
昔こいつを成り行きで拾い上げてしまったときから(猫じゃないんだが;)
懐かれてはいたものの、なんだか最近妙にそれが烈しい気がする。
自慢じゃないが女には好かれる方だ、しかしコイツの場合ちょっと違う。
何が違うってコイツはまず普通の女じゃない。・・ガキだしな。
図々しいしわがままだし手のかかる子供ってのがオレの意見だったが、
いつのまにが付き合いも長くなって多少女らしくなったかもしれない。
とはいえ、同年代とは比べるまでもなく幼いのは紛れも無い事実で。
立ち位置は変らない。オセロ勝負では敗北を続けていて適わない。
だがそれ以外は兄と妹のような間柄だ、と思っている。
いつものようにオレの家にほのかが押しかけて一緒に過ごした後家へと送る。
帰り道ほのかは「寒い!」と言って小さな手をオレのポケットに押し込んできた。

「ほわ〜・・・vあったかいじょ!」
「コラ、歩きにくいだろ!?」
「まぁまぁ、カタイこと言わずに。お兄さん!」
怒ってみたものの確かに冷たい手をしていたのでそのまま黙認した。
そんな帰り道、珍しく道で呼び止める声があった。
「谷本君!偶然ねー!?」
「あ、永田先生。今晩は。」
教育実習を2日前に終えたばかりの教師だった。
「今晩は。こちらは妹さん?可愛いわねー!」
話が長引くのが面倒で適当に相槌を打つとほのかがむっとしていた。
世間話はご免だったので早々と会話を切り上げて別れた。
ほのかは隣でずっとむくれたように黙っていた。
すると今度はまたクラスメイト数人に出くわした。
「へー、白浜君の妹さん?!」
急ぐからとそいつらともなんとかやり過ごしてしばらくすると
「きゃーっvv谷本様とこんなところでお会いできるなんて!」
どういうわけでその日に限って色んな奴と出会うのかと思ったがそれもそのはず、
ほのかがコンビニに寄りたいといつもと違う道を選んだことを思い出した。
当の本人はどんどん不機嫌になってオレの片方の腕を掴む手に力が篭っていた。
「おまえ、どうしたんだよ、さっきから黙ったままで・・」
「別になんでもない。」と言う声は明らかにトーンが数倍低かった。
住宅街が近くなりもういくらなんでも誰にも会わないだろうと思った頃、
「おやぁ?お安くないねぇ!お二人さんでv」
聞き覚えのある声はロードワーク中らしい武田先輩だった。
「あ、そうそう!後輩君。あのね、実は今度・・・」
何か用を思い出したように話し出した武田の顔が突然固まった。
驚いた視線の先をたどると、オレの隣でほのかが武田を睨んでいた。
「えっと・・また明日学校で話すよ。悪かったねぇ、お邪魔しちゃって・・」
「別にイイです。どうぞお話してて!」と豹変したほのかがオレの手を離して言った。
「なっつんもうここでいいじょ!すぐそこだからほのか一人で帰るね?」
ほのかは作ったような満面の笑みを浮かべた後、だっと走り出した。
「いやー彼女ご機嫌悪かったみだいだね?!あ、いいから行って行って!」
目配せしながら気を悪くした風でもない武田にほっとしつつ別れるとほのかの後を追った。
家の方向にもう姿はなく、ふと思いついて少し離れた小さな公園へ足を向けた。
予想通り、ほのかはちっぽけな公園の壊れかけたブランコに座っていた。
「やっぱここか。おまえ何だよ?今日は・・」
説教するつもりはなかったが、オレを睨みつけるとほのかはぷいとそっぽ向く。
「何子供みたいに拗ねてんだよ。帰らないと寒いんだろ?」
「・・少し頭冷やしてるんだよ、ほっといて!」
「ここ、おまえがよく怒られると逃げ込むって言ってた所だろ?」
「・・・よく覚えてたね、そんなこと。」
「前に通ったときに聞いた。最近はあまり来ないっつってたけどな。」
「どうせ子供だもん!しばらくしたら帰るからもう行ってよ、なっつん。」
オレは少し溜息を吐くと「手、冷たいんじゃないのか?」と尋ねた。
「・・・すごく・・つめ・!?」
ほのかの目がまん丸になるのを見てこっそり微笑んだ。
小さな手はとても冷えていて包んだオレの手に心地よかった。
はーっと息を吹きかけてやると今度は慌て出した。
「いいよっ!そんな子供みたいにしないで!!」
「子供じゃないなら普通照れるとこだろ?」
やっぱ子供みたいだと思うがそのことに何故だかほっとする。
ほのかがオレの手を振り解いてタックルするかのごとくぶつかってきた。
「なっつんなんてキライだ・・・ほのかばっかり・・ズルイ、悔しい!むかつく!!」
嫌いなわりにオレにぎゅっとしがみついてくるほのかの頭を撫でるとまた怒らせた。
「イヤっ!なでたりしないでっ!!」
「じゃあどーすりゃいいんだよ?」
「・・・なんで怒らないの?なっつん。」
「怒って欲しいのか?」
「ヤキモチ妬いたり拗ねたりしたのに・・・ごめん・・」
恥ずかしいらしく、ほのかは顔をオレの胸に押し付けてぼそりとそう呟いた。
「ふーん・・ヤキモチね・・」
オレがそう口にすると俯いたほのかの耳が赤くなっていくのが見えた。
「だからっ!ごめんって言ってるじゃ・・」
顔を上げたほのかは耳にも負けない赤い顔をしていた。
あんまり予想通りだったのが可笑しくてつい調子に乗ってほのかの額にキスをした。
おでこを抑えて何かを言いかけていたのも忘れてほのかはぼうっとしていた。
「なんだよ、そんくらい・・いいだろ?!」
ほのかは戸惑うような、不可思議な表情でオレを見つめると首を傾げながら
「なっつん・・ほのかのこと呆れてないの?」と尋ねた。
「別に?」
「あのさ、どっちかっていうと嬉しそうに見えるんだけど・・?」
「・・・そうか?」
オレは明後日の方向を見て恍けた。
「あのさ、明日さっきの人に謝っておいてね?!悪いことしたじょ。」
「ああ、でもあの人別に気にしてねぇよ。」
「そお?あ、でもあの最初に会った女の先生には謝らなくていいじょ!」
「もう会わねぇよ実習終わったし・・でもなんでだ?」
「あの人なっつん狙ってたもん。」
「ハァ?!まさか・・」
「妹だってなっつんがいったらめっちゃ安心してたよ!感じ悪いー!!」
「ぷっ!へぇ、そんなの気付かなかった。」
「第一妹ってなんだい!?ウソばっかり!!」
「面倒だろ、説明するの。学校の奴らだって好き勝手言いやがるし。」
「・・・きっとなっつん狙いは学校にもわんさか居るよね・・?!」
「なんつう顔してんだ。どうでもいいだろ、オレは誰のものでもねぇよ。」
「ほのかのだもん!絶対誰にもあげないよっ!!」
面食らった。大声で怒鳴るようにそう告げると挑むようにほのかが見ていた。
「だ・誰がおまえのだよ!?」言い返すが顔が紅潮して迫力に欠けた。
「負けないんだから!」
「おまえ・・」
おまえがオレを・・?!いやまぁ、嫌われてるとは思ってなかったけどな?
胸が騒ぎ出して、妙な気分がオレを襲ってきた。
コイツは妹みたいなもんだ、懐かれてる猫みたいなそんな感じだって、思って・・
だからこんなに動揺することないし、今ちょっとヤキモチ妬いてたって
しばらくしたら熱も冷めて、他の誰かを好きになったりするんだろう。
そこまで考えて不愉快になる。コイツがオレ以外の誰を好きになるって?!
・・・・いや、待て。オレは何に焦ってんだ・・?
「なっつん。手、やっぱりあっためて?」
「へ・・?あ、ああ・・手ぇ貸せ。」
「うん。また冷たくなっちゃった。」
「しょうがねぇな。ホラ・・」
差し出された手を包むとオレは安心した様にほっと息を吐いた。
息を掛けるとほのかも安心したような柔らかな顔で微笑んだ。
うっかりそれに見惚れてしまい、ほのかが少し驚いていた。
「なっつん・・?どしたの?!」
「い、いや別に・・」
この手の中の小さな両手を握り締めて頬を寄せたい感情に駆られて弱った。
気の迷いっつうか・・・なんでそんなこと・・!?
そう、そんなことを言うつもりはなかった。
けど、気付いたときはもう口から飛び出していたのだ。
「まぁ・・おまえのもので居てやるよ、当分・・」
ほのかはまたも目を大きく見開き、口までぽかんと開けていた。
「なんだよ、文句あんのかっ!?」
言ったオレ自身が恥ずかしくてやりきれないので叫ぶように言った。
「ううん!ほのかも!ほのかもなっつんのだよ。あげるからね、ぜんぶ!!」
オレに負けず劣らずの大声で叫びやがった。近所に聞えたんじゃねーのか!?と焦る。
真っ赤に染まったオレの顔と嬉しそうなほのかの顔を澄んだ夜の星だけが見ていた。