After kiss〜夏side〜


よく考えたら、唇だったなと思ったのは帰り道だった。
ほのかは真っ赤になってばかと叫んで「帰れー!」と怒った。
それはそれで結構見ものだったんだが、その反応に少し驚いた。
いつもアイツは好き勝手にオレに触れてきたりするくせして。
けど・・ほのかの唇は思った以上に柔らかくて、頬や額とは違った。
とにかくなれなれしい男がほのかを呼んでいたのが気に入らなくて
そいつのところへ戻ろうとするほのかにどうしても言ってやりたかった。
オレのなんだからな、と。そう・・・よく考えたら・・ヤバイな・・
買い物の途中の出来事で、家にたどり着く頃には相当落ち込んだ。
かなりヤバイことを言ったんだよな。本音と言われれば・・そうだ。

ほのかにオレ以外の男を選ばせないと宣言してしまったことを
もう取り消すことはできない。それどころか、満足感すらある。
しかしほのかを怒らせた。そういえば唇にはまだしたことがなかった。
ちょっと押し付けた程度でキスなんて呼べるほどのもんでもない。
けどアイツが嫌がるなら仕方ない。あの快感はお預けってことか。
少々それもダメージだ。いつものキスとどう違うんだと思うんだが。
どうにも落ち込み気味の気分を拭うため、少し身体を動かした。
「アイツ・・今日はウチに来るかな・・?」
もしかしたら避けられるかもしれないという予感もオレを落ち込ませた。
それでも期待を捨てきれず、好きそうなオヤツまで作ってしまった。
訓練後にシャワーを浴びて戻ると、台所にいつものアイツが居た。

「はー・・美味しー・・生き返るー!」
「・・どこの親父だよ、オマエは。」
「うぎゃっ!?びっくりしたっ!」
「ここはオレんちだ。・・来たのか。」
「え、う・ウン、そりゃ・・来るよ。悪い!?」
「悪かねぇけど・・」

ほのかはいつも通りだった。オレの顔を見て少し慌ててはいたが。
しかしいつもならオレの風呂上りにタオルを奪うようにして拭きにくるのに
遠慮しているような仕草が見えると”あぁ、やっぱいつもとは違う”と感じた。

「オヤツ食うか?冷やしといたのがあっただろ?」
「えっホント!?気がつかなかった。食べる食べる!」

オレの予感は半分当たり、オヤツは功を奏したようで一安心した。
今日はもう近寄るのはやめようと思った。触れられたらヤバイかもしれない。
”オレの”とはっきり意識してしまうと、どうにも落ち着かなかった。
オヤツを食ってる顔を眺めながら、これからどうしたもんかと考えた。

「おいしいー!冷たくてイケルよ、このトライフル。」
「そっか。」
「なっつんパティシエになれるんじゃないかな!?」
「アホ・・」

いつものように食ってる顔はオレをほっとさせることに役に立った。
そうしている間はオレが見ていてもほのかはほとんど気づくこともない。
うまそうに食う口元は冷たさに触れて赤く色づいていてうまそうだ。
さっきちょいと触れたくらいでは物足りないと思えた。マズイな・・
オレのやましい視線に珍しく気づいたほのかが途惑ったような顔をした。
何を勘違いしたのか、オレに向かって自分の咥えていたスプーンを差し出した。

「なっなに見てんの?!これ、欲しいの?」
「はぁ?いや、別に・・」

無邪気なもんだなと呆れつつ、オレは眉をしかめてしまった。
そんなところも可愛いとは思うが、さっきの怒りはどうしたとも思う。

「こういうことは平気なのか?あんなにさっきは怒ったくせして。」
「え?・・あ・・!」

ほのかはまた顔を真っ赤にすると、慌ててスプーンを引っ込めた。

「そ・そりゃ怒るよ!だってあれは・・」
「・・・・・・悪かったな。」

あんなキスくらいで怒るくせに、そういうことはどうして躊躇しないんだろう。
いっそ舐めてやろうかと思ったが、当然そんな考えは頭の隅に追いやった。

「・・・早く食っちまえよ、オレはいらん。」
「えっ・・?あ、ウン。そだね・・」

少し寂しいような表情を浮かべながらも、ほのかはまたオヤツを食べ始めた。
手を伸ばせばすぐそこにいるのに、何故だかほのかが遠く感じられた。
オヤツなんかよりよほどうまそうだと思うほのかに、つい手を伸ばしそうになる。

ふいにほのかは何かを思い出すかして、考え込むような表情になった。
もしオレがしたことを責めるつもりなら謝る以外に答えがわからない。
オレから初めてほのかの額に触れたのは痛いと泣いているときだった。
呑気に寝込むほのかの頬にこっそり触れたのはすぐにバレて気まずかった。
どちらのときもほのかは怒らなかった。それどころか喜んでいるようだった。
許されたような気になっていたのはオレの思い込みだったんだろうか?
呆れるほど向けてくれている信頼の他には何も存在していなかったのか。
何度も「好き」だとオレに囁き、甘えてくる温もりを受け取ってはいけなかったのだろうか。
オマエなら、いやほのかだからこそ許せるのだろうと思った。そしてオレ自身も
オマエでなければダメだろうと、選択の余地はどこにも見つからなかった。
これからはもう、オレに触れてはくれないのだろうか、もしそうだとしたら・・

「どうした?急にぼーっとして。」
「へ・・?」

抑えることができるだろうか、オマエの全部を望むことを。

「・・ちょっと・・考え事。」
「・・・そうかよ。」

二人の間にある距離の重さを感じて、身体を深くソファに沈めるようにした。
ほのかは何かを決心したような目をして、持っていた器をテーブルに置いた。

「さっきのは・・今までのとやっぱり違うでしょ?なっつん。」

まっすぐにほのかはオレに向かってそう問い正した。避けられないと思った。
認める外はない。唇が欲しくてしたことではないと言い訳しても仕様がない。
ほのかもオレを責めたいのでもないようで、欲しがっているのは理由のようだ。
何故「特別」なのか、どうしてオレとオマエじゃなければならないかという理由。
オレはゆっくりと肯いた。ほのかが尋ねていることの本質を確かめるように。

「・・・そうだな。そうだ。」

オレの答えをじっとききながら、ほのかは大きな瞳を揺らめかせた。
やがてそこに確信と安堵を浮かべたかと思うと、答えは微笑みで返された。

「ありがと、なっつん。」

間違っていなかったかと、オレは内心胸を撫で下ろすような思いだった。

「なんだよ、それ・・嫌だったんじゃないのか?」
「あーいうとこでいきなりは普通怒るよ!そうじゃないの!!」
「あーそうですか。」

今度こそ罪を断罪されたのではなく、赦しを得たように思えて面映かった。
自然と笑いがこみ上げそうになって弱ったが、なんとか顔が緩むのを堪えた。
ほのかの顔が直視できなかった。すぐにでも抱きしめてしまいそうで。

「ねぇ、なっつん。」
「なんだ?」
「またしてね?」
「・・・・・・・・・・あぁ・・」

”おいおい”とオレは自分で突っ込んだ。拍車を掛けてどうするんだと。
嬉しそうな顔だけでもたまらないのに、今確かに・・いいって言ったよな?

「美味しかった。ごちそうさまっ!」

しばらく抑えなければと思っていたことと真逆の気持ちが押し寄せる。
どうしようもなく、今度こそ唇に触れたかった。確かめて抱きしめたい。

「またって・・いつでもいいってことか?」
「え!?・・えっ・・えっと〜?」

ほのかは意外そうに驚き、迷うように視線を伏せたが、顔は赤らめていた。
嫌じゃなく、恥ずかしい、そんな顔だ。そんな顔はストッパーにならない。
寧ろ期待させられる。本人はそんなつもりはないのかもしれないが・・・
テーブルの上に身体を乗り出すと、二人の距離はあっという間に縮まった。

オレが目の前に迫るとほのかははっとして顔を上げた。何もかもが愛しい。

「ちょっ!ちょっと!?していいなんて言ってないよ!?」
「なんだよ、やっぱり怒るのかよ!?」
「だって!だって・・・心の準備とかさぁ!?」
「どんな準備だよ?予告すりゃいいのか?じゃあ、するぞ。」
「えっ・また!?何回するの!?どうして何度もするの!?」
「オマエが慣れるまで・・?」
「えええっ!?!?」
「嘘だよ。今まで抑えてた分、ちょっと元を取ろうかと・・」
「そっそんなの知らないよ!待ってよ、なっつん。」


身体の力が抜けて、ほのかはオレに柔らかく全体を押し付ける。
一応遠慮というか、純粋に唇だけを味わって舌は入れずにいた。

「もう今日はこれでおしまいっ!」とほのかがやや乱暴に返してきた。

上気した頬と潤んだ目元に色気を感じながら「じゃあまた明日な。」と言った。
すると一層気の抜けたような身体を揺らめかせてオレに凭れ掛かってくる。
その髪を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じた。幸福感に満たされる。
熱くなったのは頬だけではないらしく、触れている手も何もかもが熱かった。
零れるように囁かれる甘い「好き」という言葉を聞き逃したりはしない。
負けないほど熱くなっている唇をもう一度だけと自分に言い聞かせながら重ねた。
深く味わいたい気持ちと闘っていると、ほのかは抵抗を見せて身を捩った。

「おっおしまい・・って・・いったでしょお!」
「気にするな、おまけだ。」
「お、おまけが・・一番・・長かったじゃないかぁ・・!」
「ごちそうさん。」


何故か悔しそうにオレの頬を熱い指先で抓ってきた。誘ってんのか、コラ。
そう思ったが残念ながら違うようだった。・・しかしオレには同じことだ。
髪を撫で、温もりを味わいながら、オレは自問した。”明日は耐えられるかな・・?”







夏さんとほのかの違いを書いてみようと思いまして・・^^;
ほのかの一挙一動が彼に影響を及ぼしてるんですよね。
嫌じゃないんだと喜んでる夏くんに乙女心は届いてないようです。(笑)
お互いにまだまだですね。これからこれから!(楽しみ)