「逢えない時間」 


その日は少し早目に学校が終わったから
驚かせたくてその人の学校までお迎えに行った。
なんでだかいつも逢いたくなって逢いに行く毎日。
素直じゃないとこあるけどすごく良い奴で、
なんかほっとけないんだよね、大きいなりして寂しがりで。
ほのかがついててあげないとって思っちゃうんだ。
あれだ、ぼせいほんのーを刺激するタイプ?ってゆうのかな。
とにかく気になる奴なんだよ、仕方ないなぁ・・
学校にたどり着いたけど思ったより時間かかっちゃった。
だけどツイてるって思ったよ、すぐに見つかったんだもん。
入れ違いにならなくてよかったってほっとした。
声を掛けて駆け寄ろうとしたのにふと足が止まった。
よく知った顔は穏やかにとても綺麗な笑顔を浮かべている。
普段よく一緒に居るというのに見たことの無い顔だった。
たくさんの人に囲まれて楽しそうに笑いながら何か話している。
知り合ってそれほど経ってないから知らない顔だってあるよね。
なのになんだか寂しいみたいに胸がきゅって縮まった。
あそこで楽しそうにしてるのは私の知ってるあの人、だよね?
よく似た別人?・・ううん、そうじゃないよ。でも・・
声を掛けそびれて立ち竦むような私にその人は気付いたみたいだった。
私を見つけて驚いたように少し目を瞠ると一瞬だけ顔を曇らせた。
二言三言周囲の皆に何かを告げると囲いの中から抜けて来てくれた。
なんだか気まずいとお互いの顔に書いてあるかもしれない。
逢いたかった人は憮然とした表情で私の方へやって来る。
どうして私は声を掛けそびれたんだろう?
逢いたくてここまでやって来て、望み通り逢えたというのに。
知らないその人の一面に戸惑ったんだろうか。
妙に沈んだ表情で向き合う二人はまるで知らないもの同士みたいだった。
ぼんやりしていると重たい口調の声が掛かり、顔を上げた。
そういえば結構な身長の差があるんだったと今更ながらに感じた。
そんなことも忘れてた。逢えない時間もたくさんあるってことも。


「・・おまえ、何しに来てんだ。」
「あ、やっぱりなっつんだった。あのね・・」
「学校へは来るなよ。」
「・・お兄ちゃんに用事があったんだよ。」
咄嗟に出た言葉は思いつきのでまかせだった。
どうしてそんな嘘を吐いてしまったんだろう。
彼は思い違いに眉を顰め、忌々しそうに舌打ちした。
実際は思い違いなどではなく、兄に用などはなかったのに。
「・・奴ならもう帰ったぞ。」
「そっか、ならいいや。なっつん、一緒に帰ろ?」
心の中で謝りながら彼に向かって手を差し出す。
「何だよ、この手は?」
「手繋いで帰ろ。」
「馬鹿言うな。」
「ふーん・・・じゃあいいよ。帰ろ!」
彼はとても不機嫌そうに「帰るってオレんちにかよ?」と尋ねた。
「うん、遊びに行くつもりだったんだけど早く学校終わってさ。」
「兄キに用ってのは?」
「ほんとにたいしたことじゃないからもういいよ。」
「ふーん・・・」
疑わしそうな目を向けられたけどそれ以上追求されなかった。
家に来るなとは最近言われなくなった。この日もそうだ。
だからきっと行っていいんだと私は思った。
手を繋ぎたいという提案は却下されたけれど、彼は自宅に向かって歩き出した。
私はその後を追うように歩き出した。少し歩く速度が速いと感じた。
彼は鞄を片方の肩に提げ、もう片方の手はポケットに突っ込んでいた。
そういえば学校の制服で逢ったことがなかったと気が付いた。
こうして学校帰りに待ち合わせたわけではないが逢って歩くのも初めてだ。
彼はこんな風に歩くのかと思った。歩く速度も一人のときはこんなに早いのだろうか。
今日は知らないことがたくさん見つかる日だ。


「なっつん、ちょっと歩くの早いよ。」
「おまえが遅いんだろ。」
まだ不機嫌そうな声だが返事はしてくれたので少しほっとした。
「ねぇ、なっつん。待ってよ。ちょびっと足が痛いんだよ。」
「・・どうかしたのか?」
「うん、さっきすごい勢いの自転車が通り過ぎてさ。避けたとき捻ったのかなぁ。」
「・・・早く言えよ、そういうことは。」
「さっさと歩き出しちゃうんだもん。」
「見せてみろ。」
「たいしたことないよ、だけどゆっくり歩いて欲しいんだ。」
「・・・だから手を繋げって言ったのか?」
彼は素適な勘違いをしてくれて私はそれを嬉しい提案と受け止めた。
「うん、正解ー!」笑顔でその勘違いを肯定する。
「ちっ」
彼は忌々しそうに舌打ちしつつも手をポケットから出してくれたのだ。
ポケットに手を入れるのは心を隠したいからだとどこかで訊いた。
彼はときどき独りで殻に籠もろうとするかに見えるけれど。
決して優しさを隠しきれてはいないこと私は知ってる。
いつもの自分のよく知る彼であることを確認して嬉しくなった。
「なっつんは優しいね。」と言ってみると
「ふん・・」と顔を反らせるのが可笑しい。
結局私の手をとって歩調も緩めて歩いてくれたのだ。
ぶっきらぼうに繋いだ手はポケットにあったにしては冷たかった。
わざとかどうか目を合わさない彼は前ばかり向いて歩いた。
「家についたら足見せろよ。」ぼそりと呟く。
「うん。」元気に返事を返して彼の手を強く握った。
ああ、よかった、知らない人じゃない、私のよく知ってる人だと思った。
そして彼のことをなんでも知ったつもりになっていたんだなと気付く。
もっともっと彼のことを知りたいと思った。

「・・おまえさっきから何にやにやしてんだよ?」
「え、笑ってた?いつ見てたの?!だって嬉しいもん。」
「何がだよ。」
「なっつんと手を繋いでるのが。」
「恥ずかしいこと言うな。」
彼の気恥ずかしそうな横顔を見ると余計に嬉しかった。
「なっつんも嬉しいときに笑いなよ。無理に笑ったりしないでさ。」
「・・無理なんてしてねー・・」
「そう?ならいんだけどさ。」
「ちっ・・」
また不機嫌にしてしまったかなと思ったけど言ってしまった。
それでも手を離さないでいてくれる。
「ね、なっつん。」
「んだよ?」
「またお迎え来ていい?」
「用もないのに来んなよ。」
「あるよ!なっつんに早く逢いたいもん。」
「・・・どうせダメだっつっても来るンだろ。」
「うん!」
「好きにしろよ。」
「うん。ありがと!」「それからね、浮気したらやだよ?」
「はぁ!?何言ってんだ。」
「えへへ、だって女の子に囲まれて笑ってたじゃん。なんかやだった。」
「笑ってねぇよ、あれは・・」
「ふうん・・やっぱり・・」
彼はまたしまった、みたいな顔をしてちらっと私を見た。
「だけど、すれ違いにならなくて良かった〜!」
「・・ふん。どうせウチに来るんだろうが。」
「・・早く逢えたらそれだけ嬉しいじゃん!」
「・・ホント恥ずかしい奴・・」
呆れたように言う顔をやっと私に向けてくれた。
その顔は困ったようにも見えるけど嬉しそうにも思える。
「だってなんでかなっつんに逢いたいんだ。逢えないときはいつでもさ。」
「おまえ・・・」
今度こそほんとうに困ったような顔をした彼に私は笑顔を返した。
彼の手と私の手は同じ温度になっていてもう不安はどこにもない。
自分でも不思議だと思うほど毎日逢いたくて逢いたくて。
逢えない時間も考えてる。思うと胸が痛いときもある。・・・なんでだろう?
「ホントになんでこんなに逢いたいんだろうね?・・なっつん、わかる?」
「・・知らん・・」と言った彼はまた顔を前へと反らしてしまった。
そのうちわかるかもしれない。今日たくさん発見したみたいに。
彼が私を握る手を強めた。嬉しくて私も握り返した。
もしかしたら、知ってるのに知らない振りしてるのかな?と思った。
だけどね、いいんだよ。自分で見つけるから。
そしてそのときはあなたにちゃんと伝えるから。
きっときっとわかるそのときを思うと胸が高鳴るのを感じた。







PCを触ろうとするとジャマが入り、やたら時間がかかりました。
おまけに気に入らなくて2度ほど書き直してますので更に遅くなったりして。
まだ恋人になる前なんですけど、既にらぶらぶな感が否めません。(苦笑)
ちなみに「初めて手を繋いだ日」がテーマ(笑)