「6月の花嫁」 


ショウウインドウの前で立ち止まったほのかはうっとりと溜息を吐いた。
何かと思えば白いドレスを纏った派手なマネキンが3体展示されていた。

「ああ、6月だもんね!?そういえば。」
「梅雨時とこの展示と関係があるのか?」
「えっ!?信じられない!ジューンブライドって知らない!?」
「・・聞いたことくらいはある。」
「まったくちみは・・見かけだけの男だねぇ・・!」
「中身がないみたいに言うな。」
「みーんな見かけに騙されてるよ〜!!」
「見掛け倒しとでも言いたいのかよ!?」
「はは、何突っかかってんの?違うよ。」
「だったらなんなんだよ、さっきから。」
「そういうことに疎いとこも好きだよ。」
「っ・・なに言って・・」

人をけなしているのかと思ったら藪から棒の告白で、オレは面食らう。
根拠は知らないが6月に式を挙げたら良いとかいう話かと思い出した。
そんな幻想をどこにでもいそうな女みたいにほのかは憧れているのか?
ちらと確認したウインドウの派手な衣装はほのかにはちぐはぐに思えた。
口には出さずにそんなことを考えていると、その答えのようなものが返った。

「ほのかさぁ、憧れるんだけどこういうのって似合いそうもないよね?」
「・・珍しく謙虚だな?」
「こんな長くてびろーんとしたのってさ、チビにはキツイと思うんだ・・」
「オマエいつも将来は母親似の美人になるって言ってるじゃねぇかよ?」
「身長はあんまし期待してないのさ。」
「・・もう少しは伸びるだろ?!」
「ありがと、なっちは優しいね。でもいいんだよ、動きにくそうだしさ。」
「動き回る必要ないんじゃねぇ?要は着たいけど着ないと言いたいのか?」
「う〜ん・・そうだねぇ・・なっちに言っても仕方ないよねぇ・・」
「・・・・それってどういう・・」

意味を問いかけたオレをすいっとかわして、ほのかがショウウインドウから離れた。
そのことが『オレには関係ない』と切り捨てられたように感じられて面白くなかった。
ほのかは生意気に将来のビジョンを持っていて、それはオレには関係してないというんだな。
腕に擦り寄るくすぐったさも、甘く蕩ける笑顔や仕草も未来にはオレのものでなくなる、
はっきりとそう言われた気がして思いのほかショックだった。そう、思った以上に・・。

その日白浜家で晩飯を食った後でそんな話題が出たとき、オレは不覚にも動揺してしまった。
知らぬ振りで母子の会話に耳を凝らした。どうやら父親も冷静を装っているように見えた。

「白無垢も素敵だよね!?」
「迷っちゃうわよねぇ、そういうことって。」
「お母さんならどっちでも似合ったよね!?ねっお父さん!」
「そうだな、母さんはそれはそれは美しかったぞ!?」
「まぁありがとう。もうこの話は今度にしましょうか、谷本くんが困ってるわ。」
「え?なっちが困る話じゃないじゃん。」
「それより・・ほのかにはまだ早いだろう、そんな話は。」
「お父さんたら、ほのかもう結婚できる歳だよ?!」
「まだ両親の承諾が要るわよ、ほのか。」
「そっか。なっちとなら結婚してもいい!?おとうさん。」

オレと父親の二人してほぼ同時にお茶を喉に詰まらせて吹き出しそうになった。
驚いたオレとほのかを探るように見比べると、父親は真剣な面持ちで尋ねた。

「そ、そういう約束を・・もうしているのかね、谷本くん・・!?」
「いっいえっ!!・・してません、まだ・・」
「あら二人とも深刻になって・・そんな具体的なこと言ってないわよね?ほのか。」
「うん・・そんな真面目な話じゃ・・どうしたの?二人して・・」
「はははは・・そうか!お父さん慌ててしまったな。すまないね、谷本くん。」
「・・いえ・・」

答える笑顔が引きつった。母親は呆れ顔だったが、ほのかは・・妙に真顔だった。
帰る間際にちょっとだけ公園に寄りたいと言い出したほのかと近所のそこへ寄り道した。

「・・ごめんね、なっち。お父さんたら心配しいでさ。」
「別に・・当たり前だろ、娘が心配なのは。」
「まだお嫁になんか行かないのにねぇ!?ははっ!」
「けど、いつかはいくだろ?・・・だからだよ。」
「変なの。まだそんなのわかんないのに。」
「えらく自信ないんだな?」
「・・・綺麗になれたとしてもそんなのは関係ないでしょ。」
「意外だな。以前はもっと・・言ってなかったか?そういうことを。」
「好きな人となら、そうなりたいと思うよ。」
「・・まだ・・いないんだろ?そんな奴。」
「へへへ・・なっちには内緒だよーだ。」
「約束・・覚えてないのか?」
「え?どの約束?」
「・・・オレの嫁になるって・・言ってたじゃねぇか。オマエ・・」

ほのかはブランコに乗っていたのだが、こぐのを止めてオレを驚いた目で見た。
鎖を握った両方の手をオレの手が覆ったのをぼんやりと座ったまま眺めていた。
オレの覗き込んだ瞳は暗い夜の公園の月明かりだけでも十分に輝いて見えた。

「わ・なっちの手、冷たい。」
「・・・悪かったな。」
「なんか・・なっちしか見えないよ、今。」
「見えなくしたんだ。なぁ、オマエ好きな男ができたのか・・?」

思わずオレの両手に力が入ったらしく、ほのかが小さな声で「痛っ」と顔を顰めた。

「ほのかがこのまま好きな人ができなかったら、って約束だったよね。」
「覚えてたのか。なら、どこのどいつだ。学校の奴なのか?!」
「ええっと・・なっちには言わないとダメか。約束だもんね。」
「オレの質問に答えろよ、ほのか。」
「・・怖い顔。怒ってる?」
「イラつかせんな、はっきり言えよ!」
「ほのかやっぱり好きな人と結婚したい。だからね・・」
「あの約束は・・水に流せっていうんだな!?」

ほのかはこっくりと首を縦にした。そうか・・そりゃぁもっともなことだ。大いに正論だとも。
オレは手を放して帰ろうとした。ほのかの顔を見ていたら理不尽なことをしてしまいそうだった。
家はすぐ近くだ。問題なくほのかは帰れるだろうと向けた背中に、声が刺さった。
それは呼びかけですらなく、ほのかの声はとても冷静なものだった。

「・・なんで逃げるの?」

思わず振り向くとほのかは立ち上がっていて、ブランコが揺れて軋んだ音を立てていた。

「なっちに同情でお嫁にもらって欲しくないんだもの。」

ほのかの口調は強くきっぱりとしていた。思わず拍手を送りたいほど凛々しい決別の宣言だ。
良いことだ。ほのかは子どもっぽい約束は止めにして、当然の選択をしただけのことなのだ。

「わかった。けどもうこれからは冗談でもオレの嫁になるとか言うな。」
「冗談なんて言った覚えないよ!?」
「さっき父親にオレと結婚していいかだなんて訊いたじゃねぇかよ!?」
「ウン。訊いた。もし反対されたら、駆け落ちする!?」
「だからっ・・そういうことを言うなと言ってるんだ!」
「ほのかは駆け落ちでも構わないよ。」

むかついて再びほのかの眼の前まで脚を戻したオレは、睨むような目つきで囁いた。

「・・そいつ・・オマエの好きな男とやらをぶっ殺してやる。教えろよ、ほのか。」
「・・・!?・・やっとわかった。なっちってば・・わかってないんだね!?」
「・・?」

急に腹を抱えてほのかが笑い出した。一体全体なんだというんだ、人の気も知らないでその態度。
苦しそうに身をよじりながら、ほのかは「こ、殺さないで。なっちが死んだらお嫁にいけないよ・・」
そう聞こえた。笑いながらで聞き取りにくかったのだが、確かに耳はオレにそう伝えたのだ。

「は・・?・・オレ!?」
「なっちが好きだから・・なっちが・・死んだら困っちゃう!」
「・・・・オマエ・・それ・・」
「結婚式とか嫌そうだなぁとか、ドレスとかどうでもいいんだろうなぁって昼間思ったよ。」
「・・・それでオレに言っても仕方ないって?」
「ウン・・それにさ、なっちにも好きになって欲しかったの。約束だからだと嫌だなって。」
「オマエ・・アホすぎだろ!」
「ええっ!?なんで?!」
「オレが同情でもらうなんて言ったと思ってたのかよ!?」
「・・違うの?」
「他に目を向けるなって、オレにしとけって思・・・そうか思わないか・・ほのかだしな。」
「ああ、そういう意味だったのか。ごめん・・わかってなかった。」
「・・・・約束しときゃいいかって安心してたオレが悪いんだよ。」
「安心してたの?わりと自信家だねぇ。」
「オレよりオマエのこと甘やかす奴がそうそう見つかると思ってないだろうな?」
「それは・・確かにそうかも。なるほどだね!?」
「安心しすぎてた。やっぱアホなのはオレだな。」
「へへ・・そんなとこも好きだから。安心していいよ。」
「安心させたいなら、オレにしとけ。それ以外は不許可だ。」
「なんだぁ・・ウン。ほのか安心しちゃった。」
「よし、なら・・いい。心配させやがって・・」
「・・・一つ訊いていい?」
「なんだよ。」
「さっき急に帰ろうとしたから驚いたよ。やっぱりほのかじゃ嫌なのかと思って・・」
「なんでそうなる。そうじゃなくて・・オマエに・・無茶しそうだから、頭冷やそうと・・」
「ふぅん・・?で、頭冷やしてどうするつもりだったの?」
「明日にでも兄役撤回宣言し返してやろうと思ったんだよ。男のことも殴りに行くつもりだった。」
「おお・・そうだったのか。」
「ったく・・間抜けな話だ。」
「ぷぷ・・いいじゃないか。」
「うっせぇ。とにかくオレ以外の男は全部ぶっ殺すから。浮気するなよ!」
「うわ・・思った以上にろまんちっくじゃない・・ほのか結構めげそう;」
「・・しょうがねぇだろ。とりあえず「6月」ってのは覚えといてやる。」
「あれま嬉しい。けど何月だっていいよ、なっち。ほのか別に6月に憧れてないから!」
「じゃなんで・・・昼間は・・」
「6月に憧れたんじゃなくてね、”好きな人と誓いを立てる日”を夢見るわけだよ、女って。」
「・・・ややこしいな・・なら6月とか限定するなってんだ。」
「ぷぷ・・そうだよね。それは正しいと思う!」

ほのかが同意してくれたので少し気を取り直した。単純なのはオレの方かもしれなかった。
悔しかったのと、情けなかったのとで、ほのかの頬を抓ってみるとまた「痛い」と顔を顰める。
「オレも痛かったんだよ!」とこれまたガキっぽい言い訳をした。オレはとことん格好悪い・・
「やれやれ、ろまんちっくは難しいね?!」なんてぼやくから、「お互い様だろ!」と言っておいた。
月明かりは一層ほのかのことを輝かせた。花嫁なんか目じゃないなんてオレはこっそりと思った。
ロマンチックの欠片もない笑顔のほのかにキスすると、ほんの少し大人しくなって微笑み返した。

「花嫁衣裳もあんなズルズルしたのじゃなくてオマエに似合うヤツにしろよ。」
「ウン!そうする。さすがはなっち。わかってるねぇ!?」
「よく言うな、誤解しまくってただろうが・・!」
「誤解なんかしてないよ、ほのかお嫁さんになるの。好きな人の!」
「・・それは・・確かに。」

6月か何月かはわからないが、オレの隣にいるほのかはきっと綺麗だ。
衣装はもっと軽くて走れそうなくらいのヤツがいい。それはもう遠くない未来だと実感した。







すれ違わせてみましたv何やってんだかなぁな二人。
夏くんのノロケっぷりが半端ないな、と最近思います。