「11・11」 


ほのかが今年もそうくるだろうと予想はしていた。
何故なら昨年も、そのまた前の年も襲撃にあった。
菓子会社だけでなく諸説由来のある日付であるらしい。
しかしそんなことはどうでもいいと夏は首を振る。

「ねぇねぇ、カタイコト言わずにお願い!」
「・・その要求、ちゃんと意味わかってるのか?」
「あ、そうそれ!知らなかったというか勘違いしてたのさ。」
「聞きたくない気もするが・・・どこで誰に教わったんだ。」

嫌な予感が的中し、夏は眉間に深い皴を刻み片手でそこを抱え込む。
騙されるほのかもほのかだが、やはり諸悪の根源は悪友、新島だ。

一昨年ほのかが教わったのは「ポッ○ーを食べる日」というもの。
その年は夏と一緒に食べようと押しかけられ、渋々一緒に食べた。
次の年、友人に吹き込まれて「好きな人と食べる日」に変化した。
そして無理矢理夏に食べさせて勝利のポーズだったのが昨年のこと。
とうとう今年は正解にたどり着いたかと思ったがそうではなかった。
それにしたって・・・と夏は深い溜息を吐かずにはいられない。

「なっちは知ってた?!」
「知るわけないだろう、全部アイツ(新島)のデタラメだ・・」
「なななんとっ!?!?」

ここまで単純で騙されやすいと心配にもなる。親にも同情が芽生える。
いっそ教えておいた方が良いのではないかと夏は短絡に思ってしまう。
そこでほのかの持ってきたポッ○ーを口に咥えてみろと言ってみた。
するとあっさりと素直に端を咥えて見せる。夏の眉が情けなく下がる。

「・・・そんで俺が反対から食う。そしたらどうなる?」

実際に咥えたりはせず、ここまで言えば理解するだろうと期待する。
ところがほのかはしばし考えた後、明後日の方向へと話を滑らせた。

「わかった!そんで先にいっぱい食べた方が勝ちだ!」
「・・・そ・・うじゃねぇ!!」

全身を襲うやるせなさに耐え、肩を落としつつも夏は根気よく続けた。

「・・わかっててボケてるんじゃねぇだろうな?!」
「?」
「勝ち負けじゃない。お互いに食っていったら当然無くなるだろうが!」
「そうだねぇ。関係ないって、ゲームなのに?!?」
「あーもー・・・めんどくせぇな!」

先のポッ○ーは一口だけ齧った状態でほのかの片手にまだ存在していた。
手首を掴んでそれを口に運んでやる。そしてほのかの肩に手を伸ばした。
夏にいきなり抱き寄せられ、顔が近付いてもほのかはポカンとしたままだ。
眼の前で夏が反対の端に齧りついても未だに不思議そうな表情をしている。
めずらしく真面目、というかどちらかというと不機嫌な夏に首を捻っている。
夏が食いついたので棒が揺らぎ、ほのかは反射的に咥えなおして対抗した。

あっという間に距離は縮まり二人の顔と顔が間近に迫る。

落ちてしまいそうな最後の一口をほのかは少し焦りながらぱくりと口に含むと
もしや自分の勝利かと一瞬笑顔を浮かべかけた。だがそれは直ぐに掻き消される。
ほのかはともすればこのまま自分までもが夏に齧られそうな気がして身構えた。
そしてそうなのだろうか?とぼんやりとたどり着いた正解の目前で目蓋を下ろす。
ところがしばらくしてそっと目を開けた。何も起きず回答が得られなかったからだ。


「やっとわかったか・・・このバカ・・」

夏の小さな呟きは口惜しそうにも悲しそうにも、ほっとしたようにも見えた。

「つまり、そういうことするための”ゲーム”だ。」

懇切丁寧な、ダメ押しとも取れる説明が付け加わる。ほのかは苦い顔をした。

「・・・そうなんだ・・・それでなっちはどうして途中でやめちゃったの?」
「は?」
「やめなくてもいいのに。最後まで教えてくれてもよかったよ。嫌だった?」

言葉に詰まり僅かに目を瞠る夏をじっとほのかは見据えていて、
先に続く言葉を失い新たに言い訳を探していると丸解りの状態の夏。

”教えようとしてた?!・・・そうだ、何を?どこまで?”

ほのかに突っ込まれるまでそんなことにさえ気付いていなかった。
誤魔化して言い繕おうとしている自分が格好悪過ぎて信じられない。
対してほのかは寂しそうに俯くと、夏に打ち明けるように話し始めた。

「ごめん、なっち・・会長に言われたこととかホントはどうでもよくて・・」
「ほのか・・なっちに・・さっきの”続き”を期待しちゃってたみたい・・」

ほのかはもじもじと俯き加減に服の裾を弄りながらそう告げた。
昨年までとは確かに違う。ほのかは期待していたとはっきり言ったのだ。
気付いていなかったことにもショックだったが、気付かせようと躍起になっていた
ことにも呆れてしまう。なんと己の鈍いことかと。ほのかをバカにできなくなった。

「・・んだよ、俺に黙って勝手に成長してんなよ!」
「?!今ものすごく理不尽なこと言わなかった?!」
「ポッ○ーもう一本よこせ。やり直しだ。」
「えっ・・え!?う・・ええ!?」
「いやもういいか、甘ったるいしな。」
「ん?んと・・あのさ?なんでまた近付いてんの?」
「俺の詰めが甘いと言ったのはお前じゃねぇかよ。」
「っ・・そ・そう・・?あ、あぁやっぱりそういう」

夏の手が自分の頬を包み込むようにした途端、ほのかは急に喚きだす。
わああと意味不明の声と共に、要は抵抗した。夏がまた眉間に皴を作る。

「なんだよ、もう待たなくていいんだろ?!」
「いいいい!?いやちみねっ・・・と、突然にその変わり身はどうなのさ?!」
「突然?冗談だろ、お前とっくに気付いてたって態度だったくせして・・」
「してないよ、そんな態度!最後まで教えてくれてもよかったとはいっ・・!」

ほのかは焦って今度こそ間違えた。明らかに肯定の意に取れる発言だ。
あまりにあっけなく奪われた唇に目を閉じていても動揺で目蓋の裏は白い。
寧ろ火花がスパークしたように明るい。眩しさすら感じて更にぎゅっと閉じる。
その動作が身体全体をも強張らせる。夏は覆っていた唇を一ミリ離す。そして
近すぎて離れていても振動してほのかを波打たせた。気が遠くなりそうになる。

「力抜けよ・・なにガチガチに固まってるんだ。」
「そ・そ・・そんな・・むり・・」

湯上りのように火照っているほのかだが実は夏の顔も負けず劣らず赤い。
しかし互いに焦っていて気付く余裕が無く、ほのかは溺れたように息を乱した。
過呼吸になりそうな勢いでさすがに可哀想になった夏は少し体を離してやった。

「・・ちょっと触れた程度でそれか!?」
「え?え?!まだ・・もしかしてまだ?」
「あぁ、本番はこれからだが・・大丈夫か?!」
「ま・まさかの!・・えっとほのかもう充分ですって言うのは反則?!」
「教えるなら最後まで、じゃねぇのかよ。俺は充分どころか寸止めだ。」
「なんか!?なっちが・・なんとなく身の危険を感じるよう・・」
「そりゃ間違ってない。ごく正しい反応だろうな。けどここで終わりとかないぞ。」
「いっいつからそんな意地悪っ子キャラに!?ねぇ、おかしいよ、なっちぃ・・!」
「そういうお前だって相当おかしいことになってる。それにさっきからそれなんだ」
「え?・・あ!」

夏が指差したのはほのかの手がぎゅっと夏の服を掴んで引き寄せている所だ。
驚いたが手は意思に関わり無く夏にしがみついて離れない。ほのかはまた焦った。

「どどど・・どうしよ!はなれない・・はなれないよ、なっちー!」
「ならそのまま離すな。終わるまで。」

ほのかは胸が大きく振動したような気がした。それくらい心音が響き渡ったのだ。
言われるままにすがりついて頭を空にして目を閉じた。目の裏はやはり光っていた。
やがて再開されて繋がった箇所から温もりが伝わり全身に広がっていくのを感じた。
望み通りになったのだから怖れることはないと開き直るに至るまでにはまだ掛かる。
息継ぎを強請った時に見た夏も結構余裕の無い様子だったことにようやく気付いた。

「きょうが・・なんの日かとか・・なんかもう・・」
「どうでもいいだろ、そんなこと・・・」
「うん・・苦しいよう・・なっちぃ・・」
「俺もだ。いい加減にしろよな、お前。」
「え・・なに・・?」
「どこで止めりゃいいんだよ・・この・・」

なんと言いたかったんだろう?ほのかは飲み込んだ言葉を想像できなかった。
熱くてキリの無い想いに溺れ、痺れた指の感触と一緒に何もわからなくなる。

”・・・そうだ・・・今日・・は・・・”

記念日だとほのかは思う。二人の。何かの日ではなくて。
ただ毎年思い出すのに都合はいい。この日だったね、と。
そうしてこれからずっと更新していけるだろうか、そうだといい。
ほのかは雨のように降ったキスに打たれてすっかり大人しくなり
夏はそんなほのかを抱えながら柄にも無く悪友にこっそり感謝した。







盛大にあまあま!で提供してみました!!(相当開き直ってます、夏君同様)