夏祭り



夏の日差し眩しく、暑さ厳しい毎日のとある日曜日。
りんは邪見の買い物に付き合って百貨店に来ていた。
荷物持ちの役目があったとしてもりんにとって楽しい用事。
すっかり夏の装いのショウウィンドウの展示物に見惚れる。
りんが見つめる先に浴衣を着たマネキンがポーズを取っている。
「なんじゃ、りん。浴衣が欲しいのか?」
「ううん、綺麗だなって見てるだけ。着ていくとこないし。」
「近くの神社でもうじき縁日じゃったぞ?確か。」
「えっ?ホント!?いいなぁ、行きたいなぁ。」
「行ったら良いではないか。夜だと殺生丸さまが心配なさるかのぉ?」
「殺生丸さまが一緒だったらいいんじゃないかな?」
「うーむ、そういうものに興味はないじゃろうが・・」
「そっか・・いいよ、りんは行かなくても。」
邪見は腕を組んで少し考え込んだ。確かに興味はないであろうが。
「りん、浴衣見て行くか?何、殺生丸さまなら大丈夫じゃ。」
「え?いいの・・?!」
「浴衣なら仕立てろくらい言いそうじゃし。わしに任せとけ。」
「わぁー、嬉しい。邪見さま、ありがとう!」」
二人して色んな生地を見てあれこれ悩んだ結果、
りんの気に入った素朴な金魚の柄に落ち着いた。
「嬉しいなぁ!ほんとにありがとう、邪見さま。」
りんの歓びようにおそらく養い親の殺生丸も何も言うまいと核心する邪見だった。
案の定、帰宅して嬉々として報告を受ける殺生丸は咎めることなどなかった。
その予想は勿論、行ったこともない縁日にりんを連れて行くとさえ約束したのだ。
りんは文字通り飛び上がって歓び、その様子に邪見も胸を撫で下ろした。

そして縁日の当日、「おう、似合っとる!可愛い可愛い。」と邪見はご満悦。
なんとりんの勧めで同じく浴衣を着ることとなった殺生丸の元へとりんは急いだ。
「殺生丸さまー!見て見て!!」
先に支度を済ませた殺生丸はりんの浴衣姿に満足そうにほんの少し目を細めた。
「殺生丸さま、浴衣すごく似合うね!・・あの・・りんは似合ってるかな?」
「ああ。」
実に素っ気無い返答にも関わらず、りんは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとう、殺生丸さま。りんとっても嬉しい!」
「りんね、死んだお兄ちゃんと一回だけお祭り行ったことあるの。でも浴衣は初めて!」
そんな言葉をりんを追いかけてきた邪見は耳にして、胸を痛めた。
”そうか、りんは浴衣も初めてだったか・・”
「きっとお空から皆見てくれてるよね?!殺生丸さま。」
「・・そうだな。」
りんを思いやった言葉に驚きつつ、邪見はそっと目頭を拭った。
「さぁ、行って来い。殺生丸さま、りんをよろしくお願いします。」
頭を下げる邪見に頷くと殺生丸はりんに「行くぞ」と促した。

それほど大きくない神社の祭りは素朴な雰囲気に包まれていた。
殺生丸は興奮気味のりんが人ごみで逸れたり転ばぬよう手を引いてやった。
「こんなにお祭りが楽しいなんて知らなかった!殺生丸さま、また来たいな。」
「そうすればいい。」
優しい言葉と温かい視線はりんの心と身体全部を幸せに包み込む。
「ありがとう、ありがとう殺生丸さま。」
りんが何度も感謝を込めて言うのを快く聞きながら、殺生丸は思う。
お互いに思い思われる、そんなことが思い出となって記憶になるのだろう。
そんな記憶の積み重ねがりんの心を満たすのならばなんでもしようと。
死んでいったりんの実の親兄弟に代わってできる限りを尽くして。
りんは今殺生丸の家族であり、同じ時を重ねていく者だということが心を和ませる。
またそんなことを自然に受け入れられるほど自分は変ったのだなと思う。
孤独を好んだ頃が遠い昔に思えるほどりんのいない生活はもう考えられなかった。
いつの間にか大切な存在になった少女は今夜まるで小さな赤い金魚のようだ。
浴衣の袖を揺らして泳ぎ回るように軽やかにはしゃぐ様がそう思わせる。
こんな満ち足りた顔を見られるのならば次の祭りが楽しみなことだ。

夏の祭りの夜、殺生丸は心深くにりんの笑顔を留めた。