長い夜



ああ、またあの夢・・・
私、殺生丸さまを探してる
息がはずむ、目が眩む、それでも
あなたの元へと辿る夢
長い長い道のりを


「殺生丸の野郎、またどっか行ってんのか?」 
義弟の犬夜叉が呆れたような口調で言う。
案の定その妻のかごめが「おすわり」で黙らせた。
「もう帰って来ると思うよ。」りんは笑ってそう言った。
「そうよね、可愛い妻をそうそう放っておけないわよ。」
痛ぇなあと顎をさすりながら義弟も「そうかよ」と付け足した。
「今晩はバレンタインだしね、帰ってもらわないと。」
「ばれん・・・?」
「向こうの世界で女から男に愛の告白をする日なの。」
「へえ・・」りんは関心を示し、かごめはあれこれと補足説明したが
結局りんの心に残ったのは「気持ちを打ち明ける日」ということだった。
”もし今晩帰って来たら・・・どうしよう?”
”なんて言えばいいのかな?だって好きっていつも言ってるし・・・”
りんは夫の姿を思い浮かべ、あれこれと楽しくもくすぐったい気持ちで夜を迎えた。


「お帰りなさい、殺生丸さま。」
少しいつものりんとは違うものを感じたのか夫は妻を見つめると
「何があった?」と帰るなり問いただした。
「え?ううん、特に何も・・・」
りんはきょとんとして隠し事のない目で夫を見つめ返す。
引き寄せて見るといつもより心拍数が多いのがやはり少々気になった。
「あの、どうしたの?殺生丸さま。心配事?」
りんは殺生丸を気遣うが、”心配事ならばおまえだ”とひとりごちた。


数日家を空けた後は必ず殺生丸はりんを求める。
りんはそれを拒んだことなどかつて無かったが、その夜は意外な抵抗があった。
「やはり何かあったのか?」
夫の険しくなった顔にりんは慌てて否定を口にした。
「そうではなくて、私殺生丸さまに言いたいことが・・」
「私に飽いたか。」
「ち・違います!あの、その・・・」
りんの途惑う姿に珍しく乱暴な手つきで押さえつけようとした。
着物の合わせ目を緩まされ、りんは慌てて胸元を押さえた。
「ちょっと待って、殺生丸さま、そんな乱暴にしないで?」
りんは伝えようとするがうまくいかず、殺生丸は益々不機嫌になっていく。
いつもより激しい愛撫に翻弄されてりんはその後の言葉を失ってしまった。


嵐のような時が去ったが、りんは瞳に涙を滲ませてまだ荒い息をしていた。
「私から逃れると思うな。おまえは私のものだ。」
りんは夫の呟きに目を見開き、誤解させてしまった自分を責めた。
「殺生丸さま・・・りんは・・殺生丸さまにいつも逢いたいの・・」
「傍に居ないと必ず長い夢を見るの。あなたを探す夢を。」
りんがあお向けに独り言のように囁くのをもちろん殺生丸は聞いていた。
「子供のとき森で殺生丸さまに出会ったときのように走って走って・・・」
「長い、長い夢なの。息が詰まるように苦しくて、でも逢いたくて・・」
ゆっくりと身を起こすりんを殺生丸はそっと片手で支えてやった。
「殺生丸さま、りんはあなたが居ないとだめなの。」
りんは殺生丸の目を見つめてそう言った。
りんの両の眼は偽り無くどこまでも深く澄んでいた。
やっと誤解で愛する妻を泣かせたことに気付き、殺生丸はひどく胸を痛めた。
「言えた・・ごめんなさい、恥ずかしかったの。なんて言えばよいかわからなくて・・」
頬を染めて俯く初々しい妻の顎を夫は優しく持ち上げた。
「そんな夢はもう見るな。」
「おまえを置いて行く私を責めても良い、だが私は必ずおまえの元に帰る。」
「はい、帰って来てくれて嬉しい。殺生丸さま。」
夫の真摯な告白にりんは熱い涙を一粒零すとそっと瞼を下ろした。
柔らかく優しく癒し溶かすような長い口付けだった。
「私はおまえの匂いを探す癖がある。」
眼を開けると唐突な言葉が降ってきてりんは少し驚いた。
「そうなの?」
「おまえが居ないと落ち着かない。」
りんは探しているのはお互いになのかと思うとおかしくなって微笑んだ。
「今日はやっぱり告白の日なのね。」くすくすと嬉しそうなりんを殺生丸は抱きしめた。
「何を言ってる?」拗ねるような夫が可愛く思えてさらに笑顔が綻んでいく。
「どちらからしても良いよね。こんな幸せになれるなら。」
妻の明るい笑い声に夫もそれ以上追求せずに黙ることにした。
その代わり、乱暴の代償にもう一度優しい愛撫を施すことにする。
りんと殺生丸はいつものように長く短い一夜を過ごした。