Mother's day



「はいっ殺生丸さま!」
りんはとびっきりの笑顔で一本の紅いカーネーションを差し出した。
「なんだ、これは?」
「あ、そうそう、これも!」
「・・・お手伝い券?」
「うんっ!いつもありがとう、殺生丸さま。」
「・・・・」
それは5月の第2日曜日のことだった。りんの感謝に満ちた眼差しに、
無表情な彼にしては珍しく困惑と重量感に蒼ざめるのが見てとれた。


誰が考案したのか知らない。興味がない。
一応その日が「母の日」で、日頃の感謝を示す日であるくらいのことは知っていた。
だが、その日がまさか自分に関わる日がこようとは夢にも思ってはいなかった。
父の日だったら納得したかというと、それもまた違うのだが。
「・・何故母の日なんだ・・・?」
「だって邪見さまがお母さんじゃおかしいと思って。」
勇気を出して尋ねてみると、更に頭が痛くなりそうな答え。
「殺生丸さまは綺麗だから、父というより母かなと思うの。」
「どちらでもない・・・」
「それはそうなんだけど。」
「邪見がなんだと?」
「邪見さまがお父さんで、殺生丸さまがお母さん。」
先ほどから蒼ざめている顔がどんどんと曇っていくのがわかる。
りんは不思議そうな表情で小首を傾げている。
「?どうしたの、殺生丸さま。気分でも良くないの?!」
「おまえが我らの子供だと?!」
「うん。」
悪びれずに頷くりんは喜んでくれない彼に少し不安になってきた。
「殺生丸さま、大丈夫?・・・嬉しくなかった・・?」
「・・・いや・・・」
「ホントに具合悪い?お熱は?!」
りんは心配になって小さな手を彼のおでこへ伸ばした。
「?んー、わかんないな・・・」
自分の手の温かみで判じられなかったのでりんはうんしょと背伸びをした。
「殺生丸さま、ちょっと屈んでくれる?」
殺生丸の前髪を手で持ち上げ、また自分のおでこも上げて、
こつんと彼の額と重ね、体温の違いを測ろうとした。
真剣な大きな瞳が彼にまっすぐ飛び込んで来る。
「熱くない気がするけど・・・」
「熱などない。」
「でも今日はもうお休みして?!何か冷たいものを作ろうか?」
「りんごは?食べたいものある?」
「・・・アイスティー」
「わかった。すぐお部屋に持っていくから休んでてね。」
ぱたぱたと台所へ向かうりんを見送りながら
「・・・まあ、いい。」
先ほど触れ合った額をそっと手で覆い、呟いた。


「お待たせ、殺生丸さま。」
りんは手にトレイを持って部屋へと入ってきた。
「殺生丸さま、横になってないの?」
彼はいつもの椅子に腰掛け、りんに貰った「お手伝い券」を眺めていた。
「これはどんなことにでも有効なのか。」
「モチロン!りんに出来ることなら何でもいいよ。」
「・・・そうか。」
「さ、殺生丸さま。アイスティーよ。うさぎりんごもどうぞ。」
「ああ。」
彼は可愛いうさぎのりんごをフォークに刺すとりんの方へ差し出した。
「なあに?」
「こんなに食えない。口を開けろ。」
「はあい。」
りんが素直に口をぱかりと開けるとうさぎは口に押し込まれた。
「むぐ・・」
しゃくっと音を立てて一口齧られるとフォークを受け取った。
「・・美味しいよ、殺生丸さま。」
「富士か。」
「殺生丸さまはそれが好きでしょ?!」
「まあな。」
にっこりと笑うとりんは殺生丸にもうひとつのうさぎりんごを差し出し、
さっき食べさせてもらったお返しに「はい、あーん?!」と促した。
するとりんの差し出した方は素通りしてりんの反対の手首を掴み、引き寄せた。
そしてりんの食べかけのりんごに齧りついた。
「?それ、りんの食べかけなのに。」りんは驚いたように言った。
「・・・まあまあだな。」
美味しいときはそう言うのを知っているりんはくすりと笑った。
「はい、もう一口どうぞ。」
彼は黙って口を開け、りんは齧られたうさぎを口元へ運ぶ。
”おまえは食わんのか”と眼で訴える彼に微笑むと
「りんも食べるね。」と初めに彼に差し出したりんごをほおばろうとした。
ところがそのりんごはぽとりと落としてしまい、りんの口に入らなかった。
ちゃんと落ちたりんごは殺生丸が受け止めたのだが、りんは気付かなかった。
口元を彼に封じられてしまって、驚いていたからだ。
”自分で食べられるよ!”と眼で抗議仕返した。
抗議は受け入れられず、りんはりんごではなく殺生丸を味わう羽目になった。
密かに”母の日なんぞ認められん。誰が母だ。”という想いが込められていたようであった。






もえ子さんへお礼の捧げ物です。
素適絵をありがとうございました。
絵はGIFTに展示させていただいてます。