道行



”さぁいきましょう 殺生丸さま”

変わらない声で あたたかな眼差しで
差し出される手を 待ち続けている


「子供たちをよろしくね・・」
りんはとても旅立つとは思えぬ顔をしていた。
幸せそうに微笑みさえ浮かべ 私に向けた。
二人きりの部屋であったが、連れ出して欲しいとねだった。
だから抱きかかえて空へと舞ったのだ、高く。

「私、待っていていいですか?」
りんは私にそう言った。私は頷けず言葉も出でず。
「だめ・・?」
私がりんの願いを違えることなど無かった。
だから無言でも伝わるとそのときまでは思っていた。
「最期のお願い。」
しかしそうでなく、私はそれが聞きたくなかったのだった。
言葉はこんなにも役に立たない。いつもいつも私にとっては。

「じゃあ・・お願いはやめます。」
りんは悲しい顔など見せなかった。私は振り絞る思いで口を動かした。

「私が・・行く。」
「え・・?」
「私がおまえの元へ行く。だから待たなくても良い・・」
「殺生丸さま・・」
りんの顔がほころび、笑顔の端から雫が零れ落ちた。
細い腕を震わせて私の頬を摩るように撫でた。
「こんなに幸せなりんを覚えていてください。」
小さく、甘く、私の耳をくすぐるりんの声。
「りんも行きます。きっと・・・」
声は小さくなり、もう空気を振るわせることはできなかった。
私には聞こえた。おまえは迎に来ると言ったのだと。
まだりんの命が旅立った後も私の腕は温かかった。
抱いて夜を過ごした。月明かりに照らされ、よくそうしたように。
共に生きてくれた間、どれほどおまえを待たせただろう。
今度は私が待つのも仕方なかろう、おまえは待たなくても良いのだ。
父に頼んでおいた、りんは花が好きだと、そんな場所へと導いて欲しいと。
楽しく過ごしていれば良い。私を好きに待たせておけば良い。
待つ楽しみはおまえが教えてくれた。くだらないことだと思っていたが
どんなにくだらなかろうと、おまえにはどうでも良かったのだな。
いつもどんなときも私を待っていてくれた。どれほど・・
礼などは言わない。そんなもので報いることはできない。
気が遠くなるほど待たせるといい、りんそれでもおまえを忘れはしない。

おまえの笑顔を待って待って待ち続ける。
でなければおまえを抱くための腕が泣くだろう。
役に立たぬと、嘆くであろう。おまえを抱けぬならば。


りんは穏やかに微笑んでいた。夜が明けるうちにりんの体は軽くなった。
私の着物に包み、亡骸を邪見に引き渡すと、その目から涙が溢れた。
邪見も長いことりんの傍を離れず、ただひたすら「りん」と呼んだ。
繰り返し、返事をするはずもないものを何度も呼ぶことを止めはしなかった。
魂とは重いものなのだなと感じた。りんの抜けた後の軽さは無に等しかった。


「邪見」
「・・・っは・・」
「りんは先立っただけだ。我らもいずれはそこへ向かう。」
「はっはい・・・」
「泣くな、待てば良い、いつかその日まで。」
「はいっ待ちます!殺生丸さま、ずっとずっとお供いたします!」
「連れて行ってください・・いつかきっとりんの居るところへわしも・・・」
邪見はそう言うと、また泣いた。おいおいとりんに縋りつきながら。

邪見がりんを愛していたことを知っている。りんも知っていただろう。
だからもう放っておいた。もう何も聞いてはいまい。今は許してやる。
いつとはわからぬものをりん、おまえのように笑って待つのは難しいな。
だが、いつか必ず行く。待つなと言っても待つであろうおまえの元へ。
寂しがるな、りん。この腕が疼くであろうから。私は泣かぬ、泣けぬから。
おまえを求めて魂は泣き叫んでいようとも 私は待っている そのときを





”殺生丸さま おかえりなさい”


あの笑顔をこの腕に抱く日が 待ち遠しい