待ち人 



幼子を遠く見守り待つはわが身
夢に描き思い待つ人はなぜか見知らぬ貌
焦らされた想い果てぬその愛しき人
惑わされたは誰 触れる指先の熱さよ



「ほんにいつまでも子供じゃのお」
「そんなことないもん、邪見さまの意地悪」
「殺生丸さまも言ってやってくださいませ。こやつときたら・・・」
”ぎゃっ”
「あ、邪見さまあー」
例によって蹴り飛ばされた小妖怪よ哀れ
少女は慕わしげに主を見上げ無邪気に擦り寄る
少しも変らぬ所作に軽き溜息を吐く
「どうしたの?殺生丸さま」不可思議な面持ち
黙る主に構わず話掛ける少女はもう十と五
男の眼差しも解さず怖れも抱かず心幼きまま
人の子の成長が早いなどと抜かした奴の息の音を止めたい
幼き頃より大事に育てた少女をいずれ我がものと決め
人界より離れ古巣に連れ帰って幾歳
すべらかに伸びた髪や身体は恋する男を誘いつつ
飽くまでも主を保護者然と慕う少女は恋をいまだ知らない
「ね、殺生丸さまお願い」
「・・・好きにしろ」
「わあっありがとう!殺生丸さま」



少女に強請られ城下へ下りることになった
今宵は祭り、妖怪の世界であれ人の世界であれ
少女を夢中にさせる魅力には十分
人ごみを嫌う主も少女のおねだりには負け
身仕度をするを待つこと何時か
少々の苛立ちを忘れ、現れた少女に見惚れる
結い上げた髪、白い項を露にし
大人びた色合いの浴衣、艶やかに着こなし
薄くひかれた紅と微かな白粉
何より眼を惹いたのは 上気した頬に浮かぶ微笑
何故かいつもより大人しく 夢見るような瞳は潤んでいる
「お待たせしてごめんなさい。殺生丸さま」
「ああ・・・」
「・・・りん、変じゃない?」
「歳相応に見えるな」
「・・・それっていつもは子供っぽいってこと?!」
頬を紅くし、拗ねて見せる少女は上目で睨む
「褒めているのだ、りん」
「・・・ほんと?」
「ああ」
再び浮かべた微笑もまた常の無邪気さ無く
大人びて艶めき、香りまで違うように感じる
”美しいな”と認めておきながら
”だが中身はいつものりんであろう”
そう自身に言い聞かせる
ざわざわと沸き起こる後ろめたき想い
そっと腕に手を回されて更に焦る
少女は愛するその人に少しでも美しく見て欲しい
その想い込めて着飾り、いつもより背伸びして見せた 
心はまだ幼さを残しながらもやんわりと大人へと近づいてはいた
ゆらゆらと揺れて想いはお互いを行き来する
”なぜ急にそんな眼をする”
”それとも気づかなかったのか”

”どうしよう、どきどきが止まらない”
”思い切って腕に手を掛けたら、殺生丸さまそのまま腕につかまらせてくれた”
”私、ほんとにおかしくないかな? お化粧なんていつもはしないから”

大人しいりんに主も途惑い声を掛けづらい
沈黙のうちに歩き出し寄り添う恋人たち
ただ二人ともあまりに不慣れな恋心
ぎこちなく繋いだ腕からは緊張が伝わる

”何も知らぬ無邪気な顔はどこへいった”
”ここにいるのはりん、おまえなのか”


”なんだか何を話していいかわからない”
”こうして腕を繋いで歩いているだけでふわふわと身体が浮きそう”
”大好きなお顔を見れない””なんだか恥ずかしくて”


「あ」唐突にりんが声を発した
眼の前を光るものが横切ったのだ
「蛍?」でもここは人界にあらず
「螢雪」「ここ妖界の蛍のようなものだ」
「すごく綺麗」「ね、殺生丸さま」顔をあげ優しい瞳を捜した
しかし思いがけない強い光を秘めた瞳に出遭う
少女は途惑い言葉を失くして見つめた
ふと伸ばされた指先が少女の額に後れ毛を見つけ元へと戻した
その指先の熱さ
少女は視線を外し俯く 
紅く染まる頬を見られまいとして
だが紅く染まる頬のみならず
その額も項も色づいて男を惑わす
時間が止まる
殺生丸は愛しい少女のなかに女を見出し
見逃していた己の愚鈍さに歯噛みした
何を話すでもなく二人のその夜は過ぎていった





「二人羽織」やこさんへの捧げ物です。いただいたリクエストは
『幼いと思っていたりんの女らしさに気づき、戸惑う殺生丸』でした。
ありがとうございました。