こうしていたい 



初めて殺生丸さまのうっとりするような毛並みに触れたのは
旅をするようになって何日経った頃だっただろう?
冷ややかさと滑らかさに指はさらさらと雲に触れたようで
目や口をぽかんと開けて驚いている様を邪見さまは笑った。

殺生丸さまは何もおっしゃらなかった。
私は咎められなかったことがとても嬉しかった。
肌はずっとそのときの感触を覚えていてよく思い出した。

初めて殺生丸さまの指に触れたのはもう随分旅慣れた頃。
私からではなくて頬を労るようにその指が触れてきたのだ。
驚いたけれどすぐに安心感に変り、その指に思わず自分の指を重ねた。
じんわりと温かいと感じた。幸せが波紋のように身体に広がった。

初めて殺生丸さまの瞳に見つめられたのは生まれ変わったとき。
狼に噛まれて意識のなかった私の目に飛び込んできた。
痛みも苦しみもまるで嘘のようで、呆気に取られたように見つめた。
おまけに抱き寄せられていたことに離されてようやく気付いた。
足は勝手に殺生丸さまに引き寄せられ、そのままずっとついて行った。

置いていかれまいと必死だった。
やがて待っていてくれるとわかったときの驚き。
嬉しくてそのときからずっと離れないと心に決めた。
そしてその想いに応えるかのように傍に居ることを許された。



「殺生丸さま、どうしてこうするのですか?」
「・・・わからんか。」
「はい・・聞いてはいけなかった?」
「・・・顔が赤いな。」
「どういうわけかどきどきするんです。」
「軽く触れているだけだ。」
「そうなんだけど・・・」



初めて殺生丸さまの唇が私のと重なったとき何かが弾けたと思った。
ぱちんと音を立てたような気がした。花が咲いたときのような音だ。
もちろん気のせいで、なんにも聞えてなかったんだと思うけれど。
傍には花など咲いてはいなかったし、誰も居なくて二人っきりだった。
柔らかいなと思ったら、同じことを殺生丸さまもおっしゃったので驚いた。
その夜は何故だか眠れなかった。その瞬間が何度も頭に蘇ってきたから。


初めは触れるだけだったけれど、押し付けるようにだんだん長くなった。
目を伏せるように言われてそうしたら、身体が心元なく震えてしまった。
困っていたら、支えてくださった。とても頼もしいなと感じていた。
ひんやりするなぁと思ったら、離れたあと私の唇は湿っていたっけ。
不思議そうな顔をする私にほんの少し微笑まれたような気がして胸が鳴った。
殺生丸さまの舌が私を辿ったのだとわかるとなんだか恥ずかしかった。


「・・・殺生丸さま・・」
「・・そんな声を出すな」
「りんの声・・変ですか?」


熱くなった頬に手を添えて、身を捩ると抱きしめられて動けなくなった。
まるで逃げないように掴まえられてしまったみただなと思った。
私が殺生丸さまから逃げるわけなんてないのにおかしいなぁと笑った。

「何を笑う?」
「え・・あの・・りんは逃げないのにと思って・・」
「ふん・・では試してみるか?」
「?・・何を・・」

息ができないほど繋がったのは初めてで、何が何だかよく覚えていない。
苦しくて、無意識に縋っていたと思う。後で指が痺れていたから。
自分が自分でなくなりそうな・・意識が遠くなりそうな・・あやふやな時間。
気付いたら荒い息で肩を揺らしているのを殺生丸さまが眺めていた。

「息を止めるな」
「は・・は・・い・・ごめ・・な・さ・・」

きっと私はヘマをしたんだろうと思って少し悲しかった。
まるで叱られでもしたように顔を俯けて悲しみに耐えた。
嫌われたらどうしよう、そう思い勇気を振り絞って訴えた。

「ごめんなさい、殺生丸さま。りん・・次はちゃんとしますから・・」
「何を慌てている。何も失敗などしていない。」
「そう・・なんですか?・・・どうしていいのかわからなくなって・・」
「逃げなかったな」
「はい?」

殺生丸さまのおっしゃる意味が汲み取れず、間の抜けた返事をしてしまった。
けれど、怒っているようでもなく、寧ろ楽しそうに見えたのでほっとした。
そのせいでつい気がゆるんで、私は正直な感想を漏らした。

「・・・・りん、殺生丸さまに食べられるのかなと思っちゃった・・」

言ってしまってから後悔した。驚かれたような表情をされたからだ。
私は焦って訂正したかったけれど、上手く言える自信もなくおろおろした。

「・・・まだ食わぬ、案ずるな。」
「えっ!!ホントに食べるの!?」

殺生丸さまの答えがあまりに意外で私は飛び上がったんじゃないかと思う。
そりゃあ殺生丸さまなのだから、りんを食べてもいいけれど・・・
でもそうなったら寂しい気がしてお願いをしてみた。

「・・・食べてもいいんですけど・・やっぱりまだこうしてて欲しいです・・!」

私は殺生丸さまの胸に手を添えて、初めて甘えるように身体を預けた。
そしたら殺生丸さまは私の髪を優しく撫でてくれたのがわかった。
そのことが嬉しくて今度は意識しながら殺生丸さまに縋りついた。
優しい殺生丸さまは、「・・・そうだな、そうしよう・・」とおっしゃった。
あまりの幸せでこのままこの胸の中で溶けて消えてもいいと思えた。







殺りんで甘いのは久しぶりです、なんだか感慨深いものがありました。
りんちゃん天然で誘いまくっております。兄も大変だけど嬉しそうです。
大切なコに甘えられるのって男にとってタマラナイ喜びだと思います。