光華 



木漏れ日の舞いを辿り、少女は踊るように跳ねた。
美しき輝きは細く白い足を飾り、あどけない少女の笑顔を煌かせた。
其処に在るは人の子であらず、妖の魂を引き寄せて奪う幻かと思えた。
静かな森の奥、鬱蒼と茂る木々の合い間から日の光が零れていただけであるのに。


初夏の日差し強く、暑い日であったため少女がふと何気ない溜息を漏らした。
使いの従者を待つひととき、汗など知らぬ風に見える少女の主はおもむろに腰を上げた。
「?どこへ行くの、殺生丸さま。もう邪見さまお帰り?!」
無言で移動を始めた主に少女は尋ねたが答えは無かった。
珍しいことでもなく、後を素直に付いていく少女は嬉しそうでさえあった。
白銀の髪長く垂らす麗姿、冷然な態度風格、彼はまさに人ならぬ者である。
しかしながら少女にとってはただ慕わしく頼もしい者であるに過ぎない。
おそらくそんな他意なき思慕で彼を想う人間なぞ他には存在しない。
語らぬ胸の内に妖怪もそう了解していることは間違いないようであった。
なぜなら、彼がその高い矜持を崩すのは少女においてのみ。
自覚ないままに妖怪は少女をずっと愛してきた。幾年も傍で護ってきた。
たかが人間の少女ひとりに恋をしている。そして欲していると知った。
恋を恋と知らぬ頃は、苦しみに少女を手にかけようとしたことさえ何度かあった。
対象である少女は眼の前で成長して行き、彼を庇護欲と征服欲の狭間で苛んだ。
深く静かに妖怪の想いは積もり、行き場を無くして長い事迷路をさ迷っていた。
少女が己しか見ないことを望み、他と隔てて己にのみ恋することを願ってみたりもした。
父のことが思い出された。すると己の抱く愚かな想いの名に辿りついた。
自覚すれば容易く父の気持ちが理解できた。命かけた意味もわかり過ぎて辛かった。
父のように愚か者になってしまえば充たされると思いつつそうなることを怖れてもいた。


木々は遠くで見るより高く、蒼々と初夏の清清しい緑を茂らせていた。
少女は感嘆の声を発し、引かれるように主の前へと踊り出た。
「わあ、立派な森!ここで休むの?殺生丸さま。」
妖怪が暑さを凌ぐために近くに見えたここへ連れて来てくれたことが嬉しかった。
「ありがとう、殺生丸さま。」感動と感謝の篭った笑顔に妖怪は満足した。
「わあ、木漏れ日が綺麗!」
森の中を少女はひらひらと舞い踊るようにはしゃぎ、誘うように見あげては微笑む。
幼い頃の無邪気さを残し、しなやかに伸びて柔らかな曲線の腕や足は目を惑わせた。
少女の表情はくるくると変わり、木漏れ日のように妖艶さまでが見え隠れしていた。
このまま、森に抱かれて木々に隠されてしまうかもしれないと思えた。
それほど美しいと感じた。光は少女を彩るが、輝いているのは少女自身なのだ。
降り注ぐ細い日の光りは少女の引きたて役に過ぎなかった。
いつもと違って少し怖いような表情の主にふと気付いて少女は立ち止まった。
しかしその姿は陰になってしまって、目を凝らしても顔がよく見えない。
木漏れ日がゆっくりと近づく銀の妖怪に反射するように煌いた。
眩しくて目を細めるとあっという間に目の前に刺すような金の瞳があった。
「?殺生・・・」
小さな少女の身体は突然覆い隠すように妖怪に抱きこまれていた。
上向かせた顔は初めは驚きで黒い大きな目が見開かれていた。
妖怪がまるで仕置きでもするような乱暴さで少女の唇を自身の唇で塞ぐ。
驚く少女が息も継げないほど荒々しく。そして深く貪られていく。
何をされているのかわからないと見開いていた目はやがて閉じられた。
離そうとしない妖怪の背には木漏れ日が落ちていたが、気に止めることなどない。
彼にとって光とは少女そのものであり、その他には意味をなさない。
日の光にも、森の木々にも、少女の周りのどんなものにも触れさせたくないと思った。
彼は今の今まで堪えて来た想いを思い知らせるかのように少女を抱きしめている。
苦しくて身を捩る少女を捕らえて離さず、ただ口付けてはうわごとのように繰り返した。
「りん」と。その少女の名を呪縛を解く言葉であるかのように何度も呼び続けた。
愚かだと思った。それでもひたすらに少女を呼び腕に抱く。そうせずに居られなかった。
そのことが、ただただそうしていることにこれほど充たされ、心休まるとは。
妖怪は少女が大人しく身を預け、己を見つめていることにしばらくしてから気付いた。
「りん」
「はい。殺生丸さま。」
「こんなことをする私を嫌うか?」
「ううん。りんもぎゅってしていい?」
少女は腕を廻してしがみ付き、顔を妖怪の広い胸に押し当てた。
「りんは殺生丸さまが好き。どんな殺生丸さまも好き。大好き。」
今度は愛しいその名を呼ぼうとして妖怪の方が息を詰まらせた。
再びその身を抱き、泣いているかのような掠れ声で少女の名を耳元で呼んだ。
少女もまた妖怪の名を呼ぶとその笑顔はやはり光り輝いて眩しかった。
「愛している。」と囁いた声は少女の身体に直接染み込むように響いた。
妖怪の顔を少女の抱きすくめた胸元に埋めたまま囁かれたからだ。
森は穏やかな光りの華に染められて、いつまでも抱き合う妖怪と少女を包んでいた。






「連理ノ枝」の玲さんへお礼の捧げ物です。
いただいた絵はGIFTに置かせていただいております。