粉雪 



幼子は無邪気そのもので冷たさをものともせず、
容赦なく体温を奪う風雪を福音のごとく歓待した。
まるで祈るかのように空を仰ぎ見、手を差し出す。
きらきらと息を結晶のように吐き出して歓喜した。
もし私が結界を解けばどれほどの間生きていられるのか。
人について詳しくはないが、小さな身体は忽ち凍えるだろう。
私の庇護を充てにしているわけではない。
体温を失う結果のことなど念頭にないのだから。
つもる雪にはさくさくと音を立て歩いたり、
宙を舞う雪とともにくるくると廻り踊る。
手を翳したり、すくうようにもたげてみたり。
雪そのものも、その世界を覆う不思議も、
なにもかもに魅入られ、体感し楽しんでいる。
人が白魔と呼ぶ厳寒への畏れは我らへの怖れと似ている。
ともに抗い難いからであろうが、幼子は解さず、
りんは魔に魅入られやすい性質なのだろうかと思う。
私の妖気に吸い寄せられたのか、或いは私が吸い寄せたのか。
りんは命を呼び覚ました私から離れようとはしない。
そしてまた私もりんの命を傍へと留めようとしている。
呆気なく凍えるであろう身体とその纏う空気ごと包んでやる。
はしゃぐまでなら許そう、それ以上魅入られることは許さない。
どれほどの魅力で降りかかろうと渡すわけにはいかぬ。
この幼子の命は私の見つけた命。
どこの何者にも渡すわけにはいかぬ。
天空に向かいそう言い渡す。
走り寄ったりんを毛皮でくるむ。
やはりもう随分冷えている、忌々しい。
「しばらくここに居ろ。」
「はーい。ああ、あったかーい!」
気で温めてやるとすぐに頬は元通りに赤みを持った。
「雪って殺生丸さまみたい。」
「綺麗で、冷たいのにあったかくて、」
「白くて、軽くて、夢みたいで」
「雪ってほんと素適。大好き・・・」
腹が立ったので抱き上げて少しきつく縛めた。
「うわあ、りん、殺生丸さまに雪みたいに溶けちゃいそう。」
私が眉を顰めたのを面白そうに見遣ってりんは目を丸くした。
「殺生丸さま? りん、いけないこと言った?!」
「おまえは雪などではない。」
「うん、でもこうして雪のなかにいると幸せだから・・・」
「殺生丸さまと一緒に居るときもおんなじなの。」
「溶けちゃうと一つになれるみたいな気がするし。」
「一つになどならぬ。」
「うん・・・」
「それでも大好き!」
蕩ける笑顔が不愉快だった。
りんが笑い転げる様がではない。
己を雪に例えたことがだ。
「雪のように溶けたいと言った。」
「え?それがダメなの?!」
「おまえはおまえだ、溶けて消えることはない。」
「そりゃそうだよね?」
「おまえはここにこうして居る。」
「はい。」
「いくら抱いていても溶けたりはせぬ。」
「はい・・」
「おまえの形も声もなにもかも・・・消えてなくなったりはしない。」
「はい。殺生丸さま。」
「わかったか?」
「はい、ごめんなさい。殺生丸さま・・」
りんは突然泣き出した。
「もう怒ってはいない、泣くな。」
「はい、殺生丸さま。ごめんなさい。」
涙をぐいと拭うと、りんは微笑んだ。
その顔は鮮烈で妙に美しかった。
とても幸せそうに笑っていた。
「ありがとう、殺生丸さま。」
「りん、雪になれなくていい。」
「殺生丸さま、りんを覚えててね。」
私の首に縋りつき、甘い声とともに溜息をついた。
「殺生丸さまは雪が嫌い?」
「・・・・だが雪を見ておまえが喜ぶ。だから雪も良い。」
「殺生丸さま・・・嬉しいのに涙が出るよ?」
「哀しい訳でないなら泣くがいい。」
粉雪が舞う中、りんは笑っている。そして泣いている。
今おまえは私と共に居るのだ。そしてこれからも。
粉雪はおまえではない。
だがこの幸せそうな笑顔を連れて来てくれる。いつも。



「お父さまーあ!見て見て、こんなに積もったよー!」
「・・・そうだな。」
「お母さまも雪大好きだったよね。」
「今も好きだろう。」
「あのね、内緒って言ってたけどね・・・」
「何だ?」
「お母さまね、雪が大好きだけど、ほんとはね?!」
「私が一番だと言ったか?」
「なんだ、知ってたの!」
「知っている。」
「もう、お父さまったら、嬉しそう!」
「あれの一番は私に決まっている。」
「じゃあ、私と兄さまは?!」
「一番だ。」
「あれ?!おかしくない?」
「いいのだ、あれはそう言うだろう。」
「ふうん、なんかお母さまらしいね。」
「お父さまもお母さまが一番好き?」
「ああ」
「えへへ・・聞かなくたって、知ってるけどね。」


雪景色のなか、子がはしゃいでいる。
幸せそうに、あの頃のおまえのように。
私も幸せだった。粉雪に舞うおまえを見るのも楽しかった。
おまえがくれたものは全て今もここにある。
再び逢いにゆくまでしまっておく。
雪は追憶を伴って降る。
だが寂しさはない。


「あったかいね、殺生丸さま・・・こうしていると」
「雪が降るとこうして抱いてくれるでしょう?」
「だから雪って大好きなの。」
粉雪が囁いたようだった。おまえの代わりに。
いつまでも覚えている。儚く消える雪とは違う、おまえの笑顔を。