恋をしている 



「まさに狂い咲きじゃな、・・愉快なこと。」
「そんな呑気な、傍に居る身にはたまったものじゃございませんよ?!」
「あれも器用とは言えぬ。二度は無いであろうから貴重な時を楽しむが良いぞ、小妖怪。」
「あのー、いい加減覚えてくださいよ。邪見ですってば。」

あれを産んだのは確かに私だが、私とは似ても似付かぬ可愛げの無い息子。
西国一の大妖だった父に憧れ、その父を超えることを望みとしていた幼い頃。
父の死とその原因となった人間をずっと嫌い、憎んでいたあの息子が・・
どういう運命の徒か、人間の小娘の命を救い、守り育てるうちに変わっていった。
予感はあった。以前刀の成長のために訪ねてきた際、息子には変化があった。
親子だなと妙な感慨を抱いたものだ。あれから数年、あれは今新たな苦悩を知った。
小娘の成長である。慈しんできた大切な命を持つ娘の器はあっという間に育った。
成長が早いのは寿命が極端に短い種族のこと、致し方ないといったところ。
これまで浮いた噂の微塵も臭わさなかった息子にとっては途惑うのも無理はない。
息子が娘との逢瀬の際、愚痴を零しにくる小妖怪から聞かされる話はどれも興味深い。

「あのーご母堂様は殺生丸さまとりんのことは・・」
「あぁたまに覗いておる。あまりにおまえの報告が愉快なものだから。」
「わっわしのせい!?そんなことが知れたら大変なことになるのでは?!」
「ほんの束の間のことよ、私とてはしたない真似まではしたくない。先日などは・・」
「わーん!殺生丸さまお許しを〜!!」
「煩い。あれは気付いておらぬわ、何せ娘のことで頭がいっぱいじゃからな。」



「殺生丸さま、この頃お顔の色が・・何か悩んでいるの?」
「・・・」
「ごめんなさい・・・あっあの、この着物似合うと誉めてもらえたの!」
「前回の土産か。」
「ええ、ちょっと大人っぽいかなと思ったんだけど、皆が誉めてくれて嬉しかった。」
「皆とは。」
「楓さまと、かごめさまと、珊瑚さまと弥勒さまと・・あ、遊びにきていた琥珀も。」
「・・・来ていたのか。」
「随分綺麗になっただなんて言われてびっくりしちゃって。」
「・・琥珀に誉められるのがそれほど嬉しかったのか。」
「え?えっと・・殺生丸さま?」
「もう着物は送らぬ。」
「たまたまお会いしたのよ?見せに行ったのではなくて。」
「・・・・」
「ごめんなさい・・りんったら調子に乗ってお世辞に喜んだりして・・」
「お前が大人びてきたのは事実だ。謝ることはない。」
「じゃあどうしてそんなお顔なさるの?」
「私はいつもこんな顔だ。」
「りんには怒っておられるように見えます。」
「私を怒らせるようなことをしたということか。」
「・・・どうしてそんな意地悪い言い方するの?・・・」



「ほほ・・莫迦息子が嫉妬なぞして、可笑しすぎるであろう、のう小妖怪?!」
「は、はぁ・・・ちょっとばかしりんも気の毒ですなぁ・・」
「それは仕方あるまい、あんな息子に惚れられたのだから。」
「ご母堂様はしょっちゅうそんな覗きのようなことを・・?」
「人聞きの悪い。息子の成長を気にするのは母ならば当然だろう。」
「さようで・・面白がっとるようにしか見えないですが・・・」
「さぞかしあの世で父親も喜んでいるであろう、親莫迦ぶりも西国一であったからな。」
「そうですか・・・”もしかして似たもの夫婦なのか・・?”」
「で、いつ頃堪えきれずに手を出すか・・一つ賭けぬか、小妖怪?」
「やっぱし面白がっておられませんか!?ご母堂様〜!」





「殺生丸さま、もう帰ってしまうの?今度はいつ来てくれますか!?」
「・・わからぬ。・・・りん、寂しいか?」
「はい・・殺生丸さまのお傍が一番だもの・・」
「ならばすぐに来る。そんな顔をするな。」
「はい、殺生丸さま。待っています。」
「・・・」
「殺生丸さま」


心を抑えきれぬ頃、息子は娘の元を去る。本当は連れて行きたいのであろう。
何せ愛しい娘の顔には”名残惜しい”とありありと浮かんでいるのだから。
あやつも自分を抑えれば抑えるほどに愛しさは増し、苦しみは深まるのだ。
殺生丸よ、もっともっと苦しむが良い。深く愛すればこその苦しみだ。
その苦しみがやがて無償の喜びを迎え入れてくれる日も来るであろうからな。
たとえ種族が違えど、想いは通じているのだから、なんの憂いもあるものか。
いつか堂々と父親のように私に告げにくるだろうか、もしかしたらそうかもしれぬ。

”私は恋をした。一生に一度のだ。”あれの父親が言った科白だ。

ふふ・・仮にも妻の私に・・・憎い奴じゃ。しかし・・潔く男前であった。
息子は今恋をしている。おそらく一生に一度の。あの方と同じ幸せな眼をしている。
そのうち以前より美しく成長した娘を連れてくるか、或いは報告のみかはわからぬが・・
楽しみなことよ、来ないつもりならこちらから出向いてやっても良いな。

”殺生丸よ、おまえは『恋』を知っているか?”そう尋ねてやっても構わぬ。
昔ならば”くだらん”と切り捨てたような問いにおまえはきっと押し黙るだろう。
しかしりんの命を戻してやったことで私に対し借りを感じているから、いずれ答えるのは必至。
その辺は妙に生真面目で可愛いと言えなくも無い。

”知っている”と言うのかもしれぬ。”知れたこと”とでも?

隣にはやはり娘が居た方がいい。うん、そうしよう。そのときを狙って尋ねるとしよう。
あやつが困ろうと、恥ずかしがろうとそれはそれで面白い。楽しませておくれ、この母を。
恋を知り、恋に苦しみ、大切な娘を愛することを知れ。おまえの苦しみなどすぐに報われる。
殺生丸、おまえの瞳には父と同じく愛するものを見つめる輝きが宿っている。
娘の瞳からもまた同じ光がおまえに向けられていることに気付いてしまえば簡単なことよ。

「小妖怪。」
「はい、なんでしょう?・・邪見ですが。」
「・・春じゃの。」
「はぁ?まぁ確かに温かくなりましたなぁ。」
「であるから多少は浮かれるのも仕方ないというもの。」
「あのう、なんのことで・・?」
「殺生丸の言動のおかしいのも許しておやり。」
「それは・・もちろん私は殺生丸さまに一生お仕えする身でございますからして。」
「ならばまた報告に来るが良いぞ。」
「はい・・ご母堂様の方はほどほどになさった方がよろしいのでは?覗き・・」
「失礼な、息子が心配だからこそじゃ。まぁそのうち見ておられぬようになるだろう。」
「わしなんかもう二人っきりになりたいばっかりに邪魔っけにされてばかりです・・」
「捕まって惚気られるよりマシと思え。」
「えっ・・せっ殺生丸さまの・・惚気!?おおおそろしや〜!!」
「ほほほ・・・そのときはまたそれで楽しもうぞ、小妖怪。」
「まっまさかあの殺生丸さまがそんな。それだけは勘弁していただきたいです〜!」

わからぬぞ、あれの入れ込みようは父に似て半端ではないからな。
人間の小娘などに興味はないが、あのりんという娘だけは別。
あの息子をここまで骨抜きにしたのだから、頼もしいと言う他はない。
孫でも生まれたらあの世からあの方も堪らずに覗きに来られるやもしれぬな。
そのときは一晩だけでも息子夫婦を肴に飲みたいものよ・・・ほんに楽しみなこと・・










ご母堂さまが覗きをなさるかどうかは賛否ございますでしょうが・・
すいません、私はあると思います!(どこかの芸人みたいだ)^^